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第二十三話 クロケ村

「ああ、なんか気が重いわ」


 アスモデウスはぼやいていた。彼女はベルゼブブとマモンと共にノストラゴメス退治へ旅立った。

 その際にもう一人同行者が増えたのだ。それは人面犬であった。巨大な白い犬の身体に、赤い髪に銀色の顔に目には青いシャドーをつけてある。


 名前はズルタンだ。かつては毬林まりばやし満村みつむらという日本共和国出身の会社員であった。

 今はチャールズ・モンローによって改造メタニカル人間アニマルに変えられている。


「あんまりやる気がないな。そんなに面倒なのか?」


 ズルタンが訊ねると、アスモデウスはそっけなく答えた。


「うるさいわね。悪魔ウモの化身なんかに心配される筋合いはないわ」


 アスモデウスはズルタンを蛇蝎の如く嫌っていた。彼はアスモデウスが崇拝するロン英雄インシオンを殺害した張本人なのである。しかも英雄の孫であるロン金剛ジンガンを助けた人造人間ディーヴァの父親だという。

 ディーヴァはかつてハワイと呼ばれた地を海賊バッドガイアイランドと名付け、海賊たちの拠点として支配している。アスモデウスはよく顔を合わせていたが、彼女の過去を知ると何とも言えない気持ちになった。


「そんなにズルタンが嫌いなのですか?」


 ベルゼブブが訊ねた。


「ええ、嫌いよ。こいつは英雄神を殺したんだから。例え百年過ぎても許さないんだから」


「お前さん、なんかうざいな。そもそも百年も前の事をなんで引っ張るのか理解できないな」


 こちらはマモンだ。二人ともズルタンに対して負の感情はない。なんでアスモデウスがイライラしているのか理解できないくらいだ。


「なんであんたたちはこいつを忌み嫌わないのよ。私が嫌っているんだから、同じようにしなさいよ」


「嫌ですよ。私たちにとって英雄神より、偉大なる指導者である龍金剛様の言葉が大事ですね」


「そうだな。金剛様が協力しろというなら俺たちは従うぜ」


「もう一人の私はチャールズ・モンローと一体化しているが、そちらはどうなのかね?」


 ベルゼブブとマモンの会話に、ズルタンが口を挟んだ。


「正直、私たちはモンローにしろ、毬林にしろ知りません。物心ついたときには金剛様が各部族を指導していましたからね。出会ったことのない英雄神より、生きている金剛様が大事ですよ」


「まったくだ。その金剛様があんたらに従えと命じていたから、俺たちは従っているんだ。まあ、個人的な恨みは全くないがね」


 なぜアスモデウスとベルゼブブたちの考えが違うのか。それはアスモデウスは長年、海賊ハイダオ王国ワンダオで暮らしてきたからだ。海賊王国は大頭船ビッグヘッドシップで世界中の海を巡ってきた。初代船長である龍虎鳳ロン フーフォンの話を語り継がれてきた。虎鳳は英雄の実弟なのだ。

 アスモデウスの父親であるパンダの亜人、海男ハイナンからは英雄と毬林満村の死闘が語り継がれてきたのだ。


 逆にベルゼブブたちは鳳凰フォングァン大国の龍京ロンキンで過ごしてきた。龍京でも英雄神は語り継がれているが、あまり重要視されない。自然災害や巨大化したアライグマたちの対処に追われていたからだ。川には巨大ヌートリアが港を荒らしたりするので、

龍金剛が軍を率いて対処していたのである。


 彼等はあまり神を信じない。英雄神を信仰しているが、実際は生きている金剛を重要視している。そんな彼がズルタンたちと協力しろと言われたらすぐ従う。

 英雄を神格化させたアスモデウスと、金剛を偉大なる指導者とするベルゼブブたちでは空気が違うのである。


「ああ、むかつくわ。なんで金剛様は自分の祖父を殺した悪魔と協力させるのかしら。人民の気持ちを蔑ろにしているわ」


 アスモデウスのイライラは止まらない。ベルゼブブたちは呆れていた。金剛にとって英雄は過去の人であった。百年前に死んだ人間の事など口に出されても困るという姿勢である。

 その態度にアスモデウスは苛立っていた。


 さて彼女たちは森の中を歩いているが、道は舗装されている。エビルヘッドが地面を食べて砂利を牽き詰めて作ったものだ。そうやって首都フィガロと各村を繋げていく。街道は攻められる危険性が高いが、交流するのに最適でもある。

 もちろん各村でも反発があったが、アスモデウスたちが対処していた。


「じゃあ、あんた。ノストラゴメスが出てきたら、真っ先に立ち向かいなさいよ。私たちはあんたが死んだら動くから」


「馬鹿ですかあなたは。倒せるときは全力で倒します。私情を挟まれては困りますね」


 ベルゼブブがアスモデウスを窘めた。彼女は普段世話好きであるが、ズルタンが絡むと辛らつになる。そもそもズルタンに対して面当てをするのは彼女くらいなもので、それがアスモデウスをますます不機嫌になるのであった。


 そうこうしているうちに村にたどり着いた。木造の家が目立っている。外にはこおろぎの亜人が歩いていた。昆虫型の亜人は人間と手足は同じだ。体毛が硬質化しており、昆虫のような見た目になっている。

 街道が整備されているのでエビルヘッド教団と関わりのある村だ。

 アスモデウスたちが村に入ると、年老いたコオロギの亜人がやってきた。杖を突いている。


「初めまして私は司祭のアスモデウスです」


「よろしくお願いします。私はクリケ村の長老です。エビルヘッド様のおかげで村の暮らしは楽になりました」

 

 長老は頭を下げる。よく見ると村の中央にはビッグヘッドが埋まっていた。ガスを使うスルトヘッドに、水を浄化するフレイヤヘッドがいる。

 薪を割る手間と、水を運ぶ手間が省けるだけでも労力が違う。彼等はエビルヘッドに感謝していた。


「今夜はここで宿を取ります。教会に案内してください。あとこの犬には家畜の糞でも与えてくださいな」


 アスモデウスはそう指示すると村の教会へ向かった。長老はズルタンを見てぎょっとなったが、すぐに戻った。

 エビルヘッド教団の教会は石造りであった。これはエビルヘッドが自ら作ったものである。ここにはアリの亜人の神父とシスターたちが住んでいた。

 エビルヘッド教団は結婚を禁止していない。将来はこの村の人間と結婚することになっている。

 ほとんどの村では同じ村の人間同士で結婚している。ほぼ親戚同士になっていた。

 

 教会の中はフィガロから持ち込まれた椅子とテーブルが置かれてある。さらに色とりどりの飾り布が壁に描かれていた。エビルヘッドを象った石像も置かれている。無骨な教会だが内装は立派なものであった。


「おお、これはアスモデウス様にベルゼブブ様、それにマモン様も一緒とは驚きです」


 蟻の神父が挨拶してきた。若い神父だが彼女たちとは顔見知りである。名前はアルベールという。


「アルベール師。今日はここで泊まらせてもらいます。私たちはノストラゴメス退治に来ているのです」


「そうですか。ノストラゴメスの被害は徐々に広がっております。このクロケ村ではまだ被害はありませんが、いつ襲撃されるかわかりませんね」


 アルベールがやれやれと首を振った。恐らくノストラゴメスの襲撃は頻繁に起きているのだろう。エビルヘッド教団も戦う者は多い。武器を持って戦わなければ、他所の村に略奪されるからだ。女子供でも槍を扱うし、ボウガンも使う。ボウガンは素人でも弓使い並みに扱えるからだ。


「ところでノストラゴメスはどんな力を持っているんだ?」


 ズルタンが訊ねた。アルベールは人面犬を見て驚いたが、すぐ咳払いすると説明した。


「目撃者によれば、ノストラゴメスはかなりの巨漢らしいですね。上半身が異様なまでに盛り上がっているそうです。さらに肩や胸に人面が浮かんでいるとのことです。そして口から人の怨念を吐き出すそうですよ」


 アルベールが説明してくれた。ズルタンはそれを聞いて納得する。するとアスモデウスが烈火の如く怒りだした。


「ちょっとお前! なんで勝手に質問するのよ、あんたは黙って私たちの言うとおりにすればいいのよ。今度余計なことをしたら殺すわよ!!」


「ふぅ、ズルタン。彼女の話など聞かなくていいですよ。仕事に私情を挟むような人間にまともに任務などこなせません」


 ベルゼブブが言うと、アスモデウスは切れた。


「なんでよ! あんたたちは腹が立たないの!! こいつは英雄神を殺した悪魔なのよ!! 普通に会話するだけでもはらわたが煮えくり返る思いなのよ!!」


 もうアスモデウスは感情を抑えきれずにいた。今まで海の上で暮らしていたので、生活の変化に耐えきれなくなったのだ。

 さらにベルゼブブたちは自分と同調せず反発されていた。そのため彼女は追い詰められていたのだ。


「わかりましたよ。ズルタンさん、あなたはすぐ偵察に行ってください。それでノストラゴメスを見つけたら報告に戻ってください。いいですね?」


 ベルゼブブがズルタンに命じた。彼自身、毬林満村に含むものはない。だがアスモデウスのヒステリーを放置すれば状況が悪化してしまう。

 ここはズルタンを生贄にすることで、怒りの矛先を変えるべきだと判断したのだ。

 

 ズルタンもそれを察し、教会を走り去った。アスモデウスはそれを見て満足する。

 ベルゼブブとマモンは不安になってきた。このままノストラゴメスと戦って、無事で済むとは思えない。そんな悪い予感を覚えた。


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