第二十一話 カーミラとロサ
カーミラは一人ガローテの広場でアコースティックギターを弾いていた。
彼女の格好は紫色の上着と黄緑色のミニスカートを履いている。緑色の靴を履いていた。
銀髪を肩まで切り揃え、赤い瞳を持ち、すらっとした顔立ちだがどこか冷たい印象を持つ。
彼女は吸血鬼だ。本来吸血鬼はフィクションの世界の怪物だが、彼女は本物の吸血鬼である。
小説に出てくる吸血鬼は鋭い牙で美女の首筋に噛みつくが、カーミラはネズミなどの小動物から直接生気を吸い取ることができた。
カーミラは箱舟の住人から教わった曲を弾いている。ウディ・ガスリーが一九四五年に発表した我が祖国というフォークソングだ。
何度も練習しているので上手に弾けている。だがカーミラの心は空っぽであった。
ビリーから勧められたが、面白いと思っていない。
そもそも彼女の人生は痛めつけられるだけで碌な思い出がない。もっとも昔の記憶など片っ端から消えていくので過去を引きずっていない。それだけが救いであった。
自分はなぜ生まれてきたのかさっぱりわからない。人間の住む集落は彼女を拒み続けた。すべての不幸はすべて彼女の責任であり、彼女を痛めつければ自分たちは幸せになれると思い込んでいたのだ。
世界はキノコ戦争によって狂っていた。いや、元々狂っていたのだ。人間は狂気の中で過ごしていたのだ。狂人と思われる英雄こそ正常だったのかもしれない。
自分の父親はヴラド・ドラキュラだと言われ続けていた。実のところ父親が誰かはわからない。そもそもドラキュラはブラム・ストーカーの創作なのに、まるで実在する人物扱いされていた。現実と空想の区別がつかない人間が増えていたのだ。
ドラキュラは実在したヴラド・ツェペリがモデルなので、彼女はその娘という扱いであった。カーミラを作った作者とは別人なのだが、創作の世界ではドラキュラとカーミラは親子扱いされていた。正しい情報は必要ない、自分たちの理想が大事なのである。
「自分は、何をすれば、いいのだろう……」
カーミラはつぶやいた。すると背後から音がした。振り向くとそこには巨大な赤いバラが咲いていた。
実際のところ、花びらの部分は髪の毛であり、肌は緑色であった。胸と下半身だけ毛皮を巻いている。裸足であった。恐らくバラの亜人であろう。年齢は十代後半といったところか。胸と尻は突き出ており、腰は引き締まっている。
「あっ、ああ……」
「あなた、誰?」
カーミラは無関心そうにつぶやいた。赤バラの亜人はあたふたしている。
「あっ、あたし、ロサっていうんだ!! 人間の村に住んでいたけど、殺されそうになったから逃げてきたんだよ!!」
「そう」
カーミラはそっぽ向いてギターを弾き始める。ロサは呆気に取られていた。あまりの反応のなさに茫然としていた。
「あっ、あたしを助けてほしいんだ!! 村の連中はアトレビドがいなくなったから、狂っちまったんだよ!! 世話役だったあたしを殺して憂さを晴らすつもりなんだ!! だから逃げてきたわけなんだ!!」
「だから、私に言っても無駄。別の誰かに言って」
ロサの訴えも、カーミラはけんもほろろに対応している。段々ロサはイライラしてきた。目の前にいる人間は見たこともない楽器を弾いているが、本当に人間なのだろうか。どこか作り物のような印象を受けた。
この世界の住人とは思えなかった。
「ヒャッハッハー!! 見つけたぞぉ、ロサッ!! こんなところまで逃げやがって!!」
そこに数人の男たちが現れた。全員棍棒を手に持ち、皮の鎧を着ている。凶暴な顔つきで盗賊と言われても違和感はない。
ロサはそれを見て、驚いた。慌ててカーミラの後ろに隠れる。
「ロサァ!! 何てめぇは逃げ出してんだよぉ!! お前は俺たちに犯された後、殺す予定だったんだぞぉ!!」
「そうだ!! ただ殺すのはつまらん!! たっぷり楽しんだ後、手足を一本ずつ切断し、最後は腰を真っ二つにしてやる!!」
「アトレビドに殺された家族の仇だ!! 精々俺たちを喜ばせるように死ねよ!!」
男たちは怒りながら嗤っていた。完全にくるっていた。目は虚ろで口から涎をだらしなく垂らしている。彼等は覚醒する前のアトレビドをいじめて楽しんでいたのだ。それなのにアトレビドによって痛めつけられて支配されていた。
彼等は自分たちが豚に飼育されることに対して屈辱を受けていた。そのアトレビドはもういない。自分たちの思い通りになる世界へ戻ったのだ。その喜びを村人たちと共に分かち合い、世話役のロサを殺して遊ぶつもりでいた。
それなのにロサは逃げ出した。彼等は彼女を追いかけてここまで来たのだ。
「なんだぁ、お前!! よく見るとお前は吸血鬼のカーミラだな!!」
「おお、なんと幸運なんだろう。こいつも手足を切断して楽しもうぜ!!」
「まったくだ、こいつはロサと違って死なないから、思いっきり遊べるぞ。耳穴に槍を刺したり、あそこからくし刺しにしても壊れないから最高だぜ!!」
男たちは狂気の笑い声を上げていた。もう彼等は怪物になっていた。自分たちは素晴らしい人間で思い通りにならないことなどありえないと思い込んでいた。
「あっ、ああ……」
カーミラは怯えていた。人間に捕まり、拷問の日々に戻ることを恐れていた。
その時脳裏にビリーの言葉が浮かんだ。
「音楽は世界の共通言語だ! 音楽で互いに分かち合うんだ!!」
カーミラはギターを構える。弾く曲はエルヴィス・プレスリーが一九五七年に発表した監獄ロックだ。
彼女がなぜこの曲を弾こうと思ったがわからない。本能であった。
「なんだてめぇ!! わけのわからない音を立てやがって!!」
男たちは棍棒を手にカーミラに殴り掛かろうとした。
だが彼等の身体は動かなくなった。ギターの音が彼等の身体を縛り付けたのだ。
これは意識したわけではない。この曲を弾いた理由はわからないが、なんとなくだ。
「ひっ、ひぃ、身体が、身体が動かない!!」
「なっ、なんだぁ!! なんで指一つ動かせないんだ!!」
「くっ、苦しい!! ぐるじぃぃぃぃぃぃ!!」
男たちは身動きが取れない。彼等はカーミラの弾く監獄ロックによって囚われていた。
ただ身体が動かなくなったのではなく、心臓も止まりかけていたのだ。
「あわわ、あわわわわ……」
「しっ、死にたくない。死にた……」
「なっ、なんで俺が、こんな目……」
男たちは泡を吹き始める。白目を剥き、泡を吹いて倒れていったのだ。
彼らは全員死んでしまった。
ロサは平気だった。村人たちが死んでも心は晴れなかった。逆にカーミラを見て、戦慄が走った。
カーミラは目の前の光景を見ても、平然としていた。まるで夢を見ているようであった。
「なっ、なんなんだよ、あんた!! 噂の吸血鬼は魔法使いなのか!!」
「魔法? これが魔法? そうなのか」
カーミラはまるで他人事であった。自分のしたことに対して理解していなかった。
ロサは恐ろしくなった。吸血鬼という存在はもちろんだが、カーミラは正真正銘の怪物だと思った。
「ハイディホ―!! なんか不穏な空気を感じたので、やってきましたよー!!」
そこに銀髪で褐色肌の巨乳女がやってきた。アラナ・キャロウェイである。
ロサは彼女の大声に心臓が止まりかけた。
アラナはロサを無視した。目の前に広がる死体の山を見て、興味津々に眺めていた。
「ひゅー、この人たちは無傷だね。いったいどんなトリックを使ったのかな~?」
アラナは死体を調べている。目を見たりして口から溢れた泡などを真剣に見ていた。
ロサは死体をいじるアラナに嫌悪感を露わにしている。
「ところで君はバラの亜人だね。ここで起きたことを説明してもらえないかな?」
ロサはアラナに尋ねられて、早口でまくし立てた。
「この女が殺したんだ!! 楽器を弾いたら、こいつらが死んじまったんだよ!!」
「カーミラちゃんが? 具体的にはどう殺したんだい?」
「だから楽器を弾いたら、こいつら苦しみだしたんだよ!! もっとも一緒に聞いていたアタシは平気だったけどさ!!」
「ふむふむ。カーミラの弾いたギターの音は指向性があるんだね。なるほどなるほど」
アラナは一人納得していた。ロサは彼女を気味悪そうに見ていた。
人を殺したのにアラナは平然としており、嫌な感じがする。
アトレビドやカウティベリオ村の連中と同類に思えた。
「ちなみにどんな曲を弾いたんだい?」
「監獄ロック」
「そうかそうか。本来は監獄の囚人たちがロックを踊る曲だけど、君はどんな気持ちで弾いたのかな?」
「なんとなく。監獄の名が付いた曲だから」
アラナはカーミラの話を聞いて納得した。ロサは何を言っているのかわからない。
「よしよし。こいつらの遺体は解剖しよう。まずは人を呼ばないとね。そこのバラのお嬢さんも来なさいよ。亜人の仲間がいっぱいいるよ」
「亜人の仲間って、アタシと同じ花の亜人はいるのかよ」
「主にネズミかな。後は猫や犬など色々だよ」
「うえぇ……。動物型の亜人は性が合わないんだよ。亜人でも植物型とか、昆虫型同士でないと言い争いになるんだよ」
ロサが説明した。亜人にも色々あるようだ。
アラナは箱舟側の人間を呼ぶ。荷車を牽いてきた。死体を積むとそのまま解剖のために運んでいく。
「かいぼうってなんだ?」
「生き物の腹を切って、内臓を調べることだよ」
アラナがそういうと、それを聞いたロサは目を丸くした。
カーミラは我関せずとギターの練習を続けている。
そのままロサはコミエンソに住むこととなった。




