第二十話 アモルのその後
「……さぁ、飯だ。食え」
コミエンソにある家の中で龍羅漢は顔をしかめながら椅子に座りながら命じる。床に皿が置かれてあり炒めた飯が盛られていた。
それをアモルが四つん這いになりながら、食べていた。
彼女は羅漢に負けたのでペットにされたのだ。もっとも彼女に悲壮感はなく、むしろ血色がよい。
アモルは風呂に無理やり入れられた後、衣服も新調された。胸と腰だけ隠している。
野性味あふれる彼女も、きちんと化粧をすれば美女であった。
「ご主人様、食べ終わりました」
今まで片言だった喋りが、ここ数日で修正されている。地頭がよく、すぐ学習できたようだ。
「そうか。後は好きにしろ」
だがアモルは動かない。じっと羅漢を見る。鬱陶しいと言わんばかりに羅漢は彼女をにらみつけた。
「どうした。次の食事まで好きに遊んでいろ」
「ご主人様は、あたいとやらないのか?」
「なんだと?」
「金剛様がおっしゃりました。男が強い女を屈服させたら常にバスバスシッコシッコと励むものだと聞きました」
羅漢のこめかみに血管が浮かんだ。祖父はろくなことを言わない。にやにやしたり顔で笑う金剛の姿が思い浮かぶ。
「それにご主人様は生ぬるい。毎日三食食事をくれるし、もっと命じてくれたらいいのに」
「今、四つん這いになっているだろうが」
「私としてはむしろ楽だ。二本足は疲れる。こちらの方がずっといい」
「じゃあ、お前はなぜ武器を持って戦ったんだ?」
「じいさまに命じられた。自分たちは人を食べたが、もう時代遅れだ。戦って人を喰らうことは獣であると、天から降りた翼を持つデカ頭に命じられたそうだ」
答えになっていないが、おそらくは獣ではなく、人間として生きる決断をしたのだろう。なので四本脚にならないよう武器を使うことで人になろうとしたのかもしれない。
「ルイという女性に矢を放ったのはなぜだ?」
「あの女には危険な臭いがした。確実に射止めるべきだと判断した。でも倒せなかった」
羅漢も話を聞いただけだが、矢が刺さった瞬間、身体をしならせることで衝撃を殺したという。普通の人間では不可能だ。神応石がなせる能力だろうか。
「おう、羅漢。入るぜ!!」
いきなりノックもしないでビリーが入ってきた。目の前の光景を見ても平然としている。
「おっ、これからお楽しみだったか。邪魔したな」
「していない。勘違いするな」
「そうだぞ。これからご主人様の調教が始まるのだ。お前は邪魔だ」
羅漢は頭を悩ませている。そもそもアモルの面倒をなぜ自分が押し付けられたのか。
アモルは羅漢以外の世話を受けるつもりはなかった。自分に命令を下せるのは羅漢だけだと突っぱねた。
例え羅漢が命じても彼女は頑として受け付けなかった。なので金剛の提案で羅漢が面倒を見る羽目になったのだ。
もちろん身だしなみや風呂の入り方は女性陣の仕事である。
「まあ、そこの女はまだまだ常識が欠けているからな。羅漢にたっぷり教えてもらうといいぞ」
「俺はお前さんも同じく勉強してもらいたいもんだ」
ビリーの言葉に羅漢が皮肉を込めた。
「ところで何の用だ?」
「そうだ。アモル、お前にお客さんだぞ。お前の家族だと名乗っていたな」
それはアモルの一族、パポ・レアルの部族であろう。アモルの顔が曇る。
☆
パポ・レアルの部族は全部で五十名ほどである。全員毛皮を着ており、額に緑色の鳥の形をした刺青を入れていた。
さらに年配と思われる老人はインドクジャクの髪飾りをしていた。首には赤ん坊の頭蓋骨で作られた首飾りをつけている。
羅漢とアモル、ビリーにサビオと金剛、エビルヘッドも来ていた。キャブたちは獣臭い相手と話をしたくないし、怖がっていたのだ。
「我らはパポ・レアルの部族で、族長のデスピアダドございます。この度は孫娘がご迷惑をかけ、申し訳ございません」
どうやら彼が一番偉い人らしい。そしてアモルの祖父の様だ。そこにサビオが声をかけた。
「おお、デスピアダドなのか。随分年を取ったものだ」
「お前は、サビオか? 五十年も昔の事なのになんとなくわかるものだな」
二人は旧知の中の様だ。五十年前では容姿は変わっているだろうに、互いに本人と気づくのは大したものだ。
「この娘ははぐれ者だな。本来は額に部族の刺青をいれるものだが、この娘にはない」
「その通りだ。こいつは部族の中でも異質、いや先祖返りなのだ。かつて我々の先祖は人を喰らった。空は黒く覆われ、大地は凍った時代、人を食べることでしのいだ。それは長い冬が終わり、春が訪れても終わらなかった。なぜなら私もアモルと同じく、人を襲って食べていたのだからな。だが天から来たミカエルヘッド様と、キングヘッド様たちによって制圧された。そして人として躾けられたのだ」
デスピアダドが説明した。ミカエルヘッドは家畜、家禽を提供し、猛毒の山に住むキングヘッドが指導しているという。
それを聞いてエビルヘッドが納得する。
「なるほどな。あいつらは彼等を教育したわけか」
「彼等はお前に報告はしていないのか?」
「ああ、あいつらにはある暗示を与えている。人間の味方をすることと、儂のことを教えないことだ」
金剛の質問にエビルヘッドが答えた。
「あんたらはこいつを引き取りに来てくれたんだな。さっさと連れて行ってくれ」
羅漢が言うとデスピアダドは拒否した。
「こいつは戦いに負けた。なのでもう部族には戻れない。自由にしてくれて構わない」
「そうだ。じいさん。この方はあたいのご主人様だ。帰る気はさらさらないぞ」
アモルも同意した。羅漢は額を手で押さえて頭が痛くなる。
「これを七海が見たらどうなるかな。楽しみだ」
「そんなことをしてみろじじい。俺がお前を殺すぞ」
「だが時間の問題だ。お前はいずれフィガロに帰るんだ。その時はアモルも一緒に連れて行くんだぞ」
金剛の言葉に羅漢は頭を抱えた。七海は普段は世話好きだが自分が他所で女と関わると感情的になる傾向がある。しかも女を愛玩動物扱いすれば必ず血の雨が降るのは必至だ。
「……お前は俺以外に面倒を見てもらう相手はいないのか?」
「それはあたいに勝った相手なら文句はない」
アモルが言うと、羅漢はビリーの方を見る。
「ビリー。お前、アモルと戦って勝て。そうすればこいつはお前の言うことを聞くだろう」
「おいおい、自分の女を他人に預けるのか? 無責任な野郎だな」
「言ってろ。こういう面倒な女は嫌いだ。捨てないだけ良心があると思ってくれ」
羅漢は完全に投げ出している。よほどアモルを持て余しているのだろう。いつになく弱気だ。
「というわけでアモル。お前との決着はついてなかったな。改めて戦おうじゃないか」
「構わないよ。お前があたいに勝てばいうことは聞く。だが負けたらお前を食べるからな」
アモルの言葉を聞いてデスピアダドの顔は暗くなる。背後の人々もアモルに嫌悪感を抱いていた。もう人食いは時代遅れの様だ。
「ちなみに俺を食うということは性的な意味か?」
「? 子作りは食べるとは言わないだろう」
どうやら本気で食べるつもりの様だ。ビリーも殺されるつもりはない。
ビリーは拳を構える。アモルは四つん這いで武器を持っていない。
だがアモルは草食動物のような俊敏な動きを見せた。そして両腕を軸にして右足を伸ばし、回転する。
ビリーの右足に傷がついた。どうやらアモルの足の爪は猛禽類のように鋭いようだ。
すぐにアモルは両足をそろえると、カエルのように飛び跳ねる。ビリーに体当たりを食らわせると、そのまま地面に倒れこんだ。
そしてビリーの首を絞めようとする。人間を殺すというより、家禽の首を絞める感覚に思えた。
爪も鋭く下手をすれば首をちぎられそうになる。
だがビリーも負けてはいない。両足で彼女の腹を蹴り上げると、無理やり引き剥がした。
天高く飛ばされたアモルだが体操選手のようにくるくると回転しながら四つん這いで着地する。
衝撃を両手両足で分散させるためだ。
その後はビリーとアモルの殴り合いである。お互い美しい顔立ちだが遠慮なく顔を殴っていた。
目が腫れ、鼻が潰れ、歯が折れても、殴り合いは止めなかった。
二人は一歩も退かず、立ったまま気絶するに至った。
「男同士ならともかく、女同士は引くな」
「そうか? お前の祖母、女巫も嫁たちとよく殴り合っていたぞ」
羅漢は青ざめているが金剛はさらっと昔話を挟む。祖母の武勇伝を聞いてもやっぱりと思えるのは、女巫が相当強いという証拠であろう。
デスピアダドは羅漢に顔を向け、頭を下げた。
「我らパポ・レアルは今後皆様に危害を加えないことを、未来永劫、部族の戒めとして残しましょう。アモルは好きにして構いませぬ」
「だが、こちらはいいが、他の連中はどうだろうか? 思い切ってここで規則を作った方がいいと思うがな」
サビオが提案した。彼はパポ・レアルだけでなく、他のベスティアたちにも自分たちの規則を守ってもらうよう持ち掛けた。
まず各村にストーンサークルを作る。そして各部族の旗が刺してあれば夜のうちに穀物か捨てる赤ん坊を置く。そしてベスティアは肉や薬草などを置いていくというわけだ。物々交換である。
さらに赤ん坊は男の場合は食べた後、髑髏に名前を刻んで保管する。女はそのまま部族が引き取って育てるのだ。
実際は男より女の方が捨てられることが多い。なのでこの規則は名実、女だけを捨てることになる。そうなれば近親相姦の危険性も薄れるからだ。
「こちらはフエゴ教団が各村の長老だけに教えた方がいいな。秘密を守れる性質がなければ村は治められないしね。規則を作ることで人食いの罪悪感も薄れるだろう」
サビオがそう説明した。ビリーはよくわかっていないが、サビオがキャブに説明するだろう。
「なんかくどいな。頭のいい人は難しく考えることがかっこいいと思っているのかな?」
アモルが呆れたように呟いた。




