第十八話 フエルテ対アモル
今回はかなりグロいです。気を付けてください。
「くっくっく、さっそく箱舟の人間どもを殺しに行きますよ」
岩のような筋肉の持ち主が笑う。ナダ村のフエルテだ。彼は村人に武装させて箱舟の人間が棲むコミエンソを滅ぼしに行くことにした。
村の男たちは顔をしかめている。全員、戦いに行かされることに不満を抱いていた。戦いが嫌いなわけではない、村から外れた人間を集団でなぶり殺しにする気概はある。
嫌なのはフエルテに命じられるのが嫌いなだけである。村同士で戦争をする気はなかった。自分たちが確実に勝てなければ、戦いに挑むことはない。
「くっくっく、チャールズ・モンローと関わる者は徹底的に不幸になってもらわないと困ります。なぜなら私たちは被害者です、加害者は未来永劫、子々孫々まで謝罪してもらわないとねぇ」
フエルテはいやらしく嗤う。この男は人の不幸が大好きなのだ、他人の幸福は我が身の不幸という性格なのである。
ナダ村では彼等の嫌がることを率先として行っていた。理知的ではなく、感情剝き出しで行動しているのだ。
彼は悪魔である。箱舟の人間を狙うのはなんてことはない。彼等が不幸になることを望んでいるだけである。それだけがフエルテの望みであった。
ナダ村においてフエルテは生きている大岩であった。産みの親も見捨てるほどのぼんくらであった。犬や豚の方がまだ言うことを聞くほどだ。
ところが去年からフエルテが変貌した。自分の筋肉を使い、自分に逆らうものは殴り殺すという按排であった。
そこに一人の女性が現れた。黒髪で肌が黒く、獣の臭いを漂わせている。腰には獣の骨で作られたナイフを刺していた。
「なんですか、あの女は? 邪魔くさいですね。早く殺しなさい」
フエルテが命じるので、村人は弓矢を構えた。同じ人間だが、他所の村の人間を殺すことに躊躇はない。フエルテに頭越しで命令されるのは気に喰わないが、人を殺して楽しむのは好きだ。
矢は女をはりねずみにするはずであった。だが女は駆け出して矢をすべて避ける。草食動物のような俊敏さだ。ジグザクに跳び、相手が狙えないようにしている。
そして矢を放った男たちの喉笛をナイフで切り裂いた。血の花が咲き乱れ、恐怖の混じった声が上がる。
「なっ、なんですと!!」
「……向けた、武器。ならば、敵、お前たち。食べる、後で」
言葉を覚えたての幼女のような語りである。体つきは乳牛のようだ。腰の周りだけひょうたんのようにくびれている。
顔つきもエキゾチックで色気があった。この女の手足の健を切断し、村人に楽しませてもいいとフエルテは思った。
「こいつ……、ベスティアだ!! 人食い族の女だ!!」
村人の一人が叫んだ。ベスティアとはスペイン語で獣を意味する。まさに人間をやめた者たちに相応しい蔑称であった。
「ほっほっほ、私の邪魔をするとは大変腹が立ちますね。私はフエルテ、あなたのお名前は何ですか?」
「パポ・レアル、アモル、戦士……」
アモルはナイフを二本構えている。目はフエルテを捉えて離さない。他の村人たちの動きも視ている。
村人の一人が地面の石を拾おうとしたら、アモルが突如石を蹴り上げた。その石は村人の頭に当たり、眼球が飛び出た挙句、倒れて血を吐いて死んだ。
「ひっ、ひぃぃぃぃ!!」
「べっ、ベスティアの女に目を付けられちまった!!」
「村は人食い族に目を付けられちまった! もうおしまいだぁ!!」
村人は大慌てだ。ベスティアとはそれほど恐ろしいものらしい。フエルテはあまりベスティアに関してよく知らない。なんでもかんでも知っているわけではないのだ。
「ふん、私よりも恐ろしいのですかね。腹が立ちますね。あなたのような獣臭い女などあっさり殺して見せますよ」
フエルテは怒っていた。アモルのせいだ。あの女が目の前に現れただけで村人たちは浮足立っている。自分が恐怖の対象なのに、それがアモルに移った。フエルテはそれが気に喰わない。自分の思い通りにならないことが一番許せないのだ。
フエルテの頭にはアモルを殺すことで頭がいっぱいになった。この女を一度は痛めつけ、手足を折り、家畜のように扱ってやる。その後、獣にしては美しい顔立ちに木槌を振り下ろしてぐちゃぐちゃにしてやるのだ。
自分を少しでも不快にさせる人間は生かしては置けない。すべてその命を絶たなければ気が済まぬ。想像するだけでも気持ちがいいので、実際にやったらもっと最高だろう。
フエルテは右こぶしを握る。そして左にねじった。フエルテの身体はゴムのように柔らかい。筋肉だけでなく骨も耳の骨のように柔軟なのだ。
突きを放つとき、右へ回す。同時に捩じった腕も元に戻った。
左右同時に回転させるときに生み出される力はすさまじい。
アモル目掛けて殴り掛かるが、彼女はひらりと躱してしまった。代わりに木の幹を叩く。べりべりと嫌な音を立てた。幹に穴が開く。
「危ない、拳。死ぬ、触れたら」
「ほっほっほ、私が生み出したメガトンパンチは当たれば死にます。さあ、躱せますかな?」
フエルテはにやにや笑っている。よほどメガトンパンチに自信があるのだろう。アモルは慌てることなく冷静に対応している。まるで子犬とじゃれついているように見えた。
フエルテは何度も突きを放つ。身体が柔らかいので、突きを放つとき、腕も伸びる。まるで槍のようであった。
「ほっほっほ!! 躱すだけではどうにもなりませんよ。もっともあなたは死ぬしかありませんけどね」
フエルテが嗤った。攻撃は絶えずに行われている。アモルは近づくことすらできない。石を蹴ろうにもフエルテの身体は柔らかく、石の衝撃を殺してしまうのだ。
なのでアモルは逃げた。勝てない相手は戦うべきではない。あっさりとアモルはフエルテに背を向けた。
これにはフエルテも呆気にとられた。次に怒りが湧く。
「逃げるとは何事だ!! 許せねぇ、殺してやる!!」
フエルテの頭は怒りで染まっていた。自分の事は棚に上げて、逃亡したアモルに憎しみを抱いたのだ。
フエルテはアモルを追いかけた。彼の足は伸縮性があり、地面をトランポリンのように跳ねて走っている。
アモルの足も速いが、徐々に距離を詰められていた。彼女は森の中に逃げた。
「ほっほっほ!! 森へ逃げればなんとかなると思ったのですか? まったく浅はかですねぇ!!」
フエルテは高笑いしながら森へ入っていく。だがそれが失敗であった。
フエルテはアモルの仕掛けた罠にはまったのだ。足を踏むとシーソーの原理で仕掛けたナイフが突き刺さる。さらに木の間に仕掛けられた見えない糸がフエルテを切り裂いた。
身体は柔らかいが鋭い物には抵抗できないのだ。
「ぐえぇぇぇぇぇ!! なんだ、これはぁぁぁぁぁぁ!!」
フエルテは今まで受けたことのない痛みに情けなく叫ぶ。なんで自分がこんなに傷つくのか理解できなかった。自分は最強でアモルはただの獲物のはずなのに。
こんなのは現実ではない、これは自分が見て良い現実ではないのだ。
そこにアモルが背中に張り付いた。そしてフエルテの喉笛を切り裂く。フエルテの喉から血が噴き出した。力が抜けていく中、フエルテは決して現実を見ようとしなかった。
これは夢だ、悪夢だ。目が覚めたら理想的な光景が広がっているに違いないと信じ切っていた。こうしてフエルテは死んだ。
「獲物、お前。食べる、自分」
アモルにとってフエルテは獲物でしかなかった。巨大化したアライグマやヌートリアと同じような手ごわさでしかない。もっとも彼女の部族パポ・レアルではアモルのような人間はいない。彼女は異端であった。部族の男衆でも人間を狩ることはやらない。捨て子を拾っても食べることはせず、そのまま育てるようになっていた。
アモルは先祖返りであった。人間を食し、人間を狩る。それが彼女のアイデンティティだ。
アモルは川の近くに遺体を運び、ナイフでフエルテを解体する。心臓を抜き取ると、握りつぶして血を飲み干す。そして心臓を食べる。血が調味料の代わりだ。
そしてあらかじめ用意した土器にフエルテの肉を塩漬けにした。塩はビッグヘッドが残した涙鉱石を砕いたものだ。涙鉱石の事は詳しく知らないが、彼女はビッグヘッドを神の使いと思っていた。自分の部族もそうだ。
解体を進めていると、アモルは脳を食べる。脳は腐りやすいので早めに生で食べるに限るのだ。
その際に何やらざらざらした感触に違和感を覚えた。だがこういうこともあるだろうと気にも留めなかった。
するとアモルの頭の中に何かが聴こえてきた。
チャールズ・モンローを憎め、世界を破壊した者どもを探せと。
まるで悪魔に囁かれるように甘ったるい、含みがある。それが何十万人の声だから暴風雨のようにとどろいていた。
だがアモルは無視した。彼女にとってどうでもいいことであった。大事なのは大地の声を聴くことだ。チャールズ・モンローが何かは知らないが、明日の糧こそが大切なのである。
ところが別の声が聴こえてきた。箱舟の人間を抹殺せよと、ビリーという女を殺害せよと聴こえてきたのだ。
箱舟という言葉は聞いたことがある。自分の部族でも箱舟の子孫たちが自分たちを救ってくれると口伝で継がれていたのだ。
そのビリーという女がどれほどのものか試してみたくなった。自分の血肉に相応しいかむくむくと好奇心が膨れ上がったのである。
さてアモルはフエルテの髑髏を手にした。額にはフエルテと英語で名前を書く。パポ・レアルでは殺した相手の髑髏に名前を書き、保存するのが習わしだ。アモルも幼少時から地面で文字を書く練習をしていた。
「強くなる、自分。おいしそう、ビリー」
アモルはそうつぶやくと森の奥へ消えていった。フエルテが消えた村では暴君がいなくなったので喜んでいた。余所者の女はすぐに殴り殺し、その子供たちもまとめて殺すと胸がすっとした。
おかげで子供がいなくなり、村は滅ぶ羽目になったが、彼等は知る由がなかった。




