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第十七話 人食い族

「ふぅ、いい朝だな」


 ビリーは腕を伸ばした。今は朝日が昇り、空気に湿気が混じっている。温度も低く、肌寒い。だが彼女には心地の良い朝であった。

 他の人間はちらほら見える。主に亜人たちだ。彼等は朝が早いのだろう。それに見張り番を終えたものもおり、彼等のための食事作りも行われていた。


「夜通しでつらかったろう。たっぷり飯と酒を与えないとな」


 本来なら自分たちでやる仕事を亜人たちに任せている。あくまで亜人たちはリーダーのラタに従っているのだ。本来なら箱舟の人間はおろか、他の人間とも交流などしたくないに違いない。

 だからビリーは感謝の意を込める。食事は自分たちと同じものを亜人たちにも与えるようにしていた。キャブたちは難色を示していたが、ビリーに命令されたら従うまでだ。

 逆にキャブは任務を与えられると、それを全うする性格である。自分たちの食料と、亜人たちの食糧事情を計算し、配布する。事務処理能力に秀でているのだ。

 この時だけは人と亜人は関係なく、仕事に没頭できる。机上の空論でもすぐに状況を報告されれば軌道修正できるのだ。

 彼が命令すればギスギスしていただろうが、裏方に回れば頼もしい人間なのである。


「おはようビリー。いい天気ね」


 話しかけてきたのはルイだ。彼女は寝起きで顔をタオルで拭いている。


「ようルイ。おはようさん。今日も仕事で忙しくなるな」


「忙しくなるのはいいけど、今は私たちとこの世界の住民が話し合わなければならないわ。人にとって一番恐ろしいことは、知らない相手と対峙するときよ。でもお互い理解を深めたらわかりあえる気がしない?」


「そうかなぁ? 逆に相手の弱みを付け込んでマウントを取ると思うがなぁ」


「うん、私もそう思う。話を進めるにはある程度強引な手段が必要になるわ。それこそ私たちは銃火器の類を持っている。それで集落にいる体格がよくて偉そうな人間の頭を吹き飛ばせば、もうこちらのものだわ」


 おとなしそうに見えるが、ルイの思考も意外と過激である。この世界は安全な箱舟と違うのだ。話し合いで分かり合えるなど考えていない。もちろん同期にはそのような性質の持ち主もいるが、そいつらはすぐに殺されてしまうだろう。そもそも快適な箱舟から離れて、化学が衰退した野蛮な世界で暮らすなどありえない話である。

 そう言った点ではビリーはもちろんの事、ルイやアラナ、キャブも同類であった。

 面倒事は嫌いと言っても実際に経験するとでは話が別だ。好奇心旺盛で石器時代か中世ヨーロッパ風になった世界に科学の力を取り戻したいという気持ちが強い。


「ただ神応石スピリットストーンの力がどうなっているか不明ね」 

 

 ルイが空に顔を向けながら言った。


亜人全書によれば彼等のご先祖様はキノコ戦争が起きた直前に亜人に化している。ところがきちんとヤギかキツネに変化したという。ごちゃまぜの種族は見たことがないそうだ。

 それになぜかアカギツネや金華豚きんかとんと区別がつくのも妙である。普通なら動物学者くらいしか詳しい人間はいないはずだ。それなのにアカギツネとわかる容貌になるのも不思議である。

 もっともごく一部の地域でしか調べておらず、全世界ではどうなっているかわからない。これは今後調べなければならないことである。


「私たちの神応石は特別製よ。だって未知なる世界に飛び込んだのだから。小説などでは異世界転生とか転移の話があるけど、大昔では山を越えたり海を越えた先にある国でも異世界扱いされていたそうよ。文化が違うからね。文明レベルは国によって違うわ。だから―――」


 突如、ルイの左のこめかみに矢が突き刺さった。彼女はそのまま横へ吹き飛んだ。そして地面に倒れこむ。

 ビリーは突然の事に思考が停止した。数秒後、すぐに現実へ引き戻される。


「ルイ!!」


 ビリーが叫んだ。目を見開き、口を大きく開けている。だがルイはすぐに起き上がった。


「とまあ、いきなり相手が矢を放つ可能性もあるから気を付けないといけないね」


 ルイは平気そうである。なぜ彼女は矢が刺さっても生きていたのか?

 彼女は矢が皮膚に突き刺さる瞬間、矢と同じ方向へ飛んだのだ。そうすることで矢の衝撃を和らげたのである。矢じりも鉄ではなく石だったのが幸いした。思ったほど殺傷能力は低かったのである。


「驚かせるな!! 本気で心配したんだぞ!!」


「ごめんなさい。でも今はそれどころじゃないわ。敵がいるわよ!!」


 ルイが叫ぶ。すると矢が放たれた方角から一人の女性が現れた。

 腰まで伸びた黒髪に肌は黒く焼けている。獣の骨で作られた髪飾りとピアス、首飾りとブレスレットをしていた。

 年齢は十代後半で灰色の毛皮を身にまとっている。胸と尻は乳牛だが、腰は括れていた。手は鞭のように長い。足は槍のように鋭く見える。脂肪ではなく筋肉が太い。まるで野生の肉食獣である。彼女は弓を持っていた。


「……刺さった、矢。死んでない、すごい」


 幼子のような片言でしゃべった。だがビリーもルイも油断はしていない。彼女は危険な存在であることを理解しているのだ。


「狩る、獲物。でも人間、お前。なら殺す、堂々と」


 彼女は腰から二本のナイフを取り出した。獣の骨で作られたようだ。目はとろんとしており、どこを見ているかわからない。だが殺気だけはビンビンに伝わってくる。相手は本気でこちらを殺すつもりだ。


「アモル、パポ・レアル、名前。誰だ、お前?」


 どうやら目の前の女性はアモルというらしい。


「俺はビリー。ビリー・アームストロングだ。お前は何者だ?」


「探していた、獲物。獣、人の形してる。死ななかった、狩ろうとしたのに。不思議、とても」


 アモルは疑問を口にしたが、ビリーと目を離さない。相手を狩るべき獲物と見据え、油断なく狩り取ろうとしている。

 ビリーもアモルの本気を察し、全力で潰すつもりでいた。


「へぇ、俺たちを食べるつもりだったのか? お前は人食い族の一員か?」


 ビリーが皮肉を交えて質問した。人食い族の話は箱舟で習ったことがある。同じ人間何になぜ食べようとするのか。答えは簡単だ、食べる人間は自分たちと文化と言葉が違うのだから。

 外国人でも言葉が通じないことが多い。言葉が理解できないなら相手は動物と同じだ。国によっては相手を奴隷にするだろうが、人食い族は食料として殺すのだろう。


「食べる、人、戦士。飼ってる、パポ・レアル。はぐれもの、アモル」


 どうも要領が得ない。彼女は人を食べるのは戦士だが、普段はパポ・レアルを飼っているようだ。パポ・レアルとはなんだ?


「パポ・レアルは孔雀のスペイン読みよ。彼女の部族は孔雀を飼っているのかもしれないわ」


 ルイが言った。言葉の意味が分かってもアモルが敵であることは間違いない。

 ビリーは突進する。右拳をアモルの腹に叩き込んだ。彼女の身体は吹き飛ばされる。

 しかし、空中でくるりと回転すると、地面に着地した。恐らくビリーの衝撃を相殺したのだろう。

 知識はないが知恵が回る性質の様だ。経験を頭ではなく身体にしみこませて学習しているようだ。こういった相手が怖い。


 ビリーはアモルに対して踏み込む。向こうは武器を持っているが、関係ない。自分の着ているピンク色のスーツは特別製だ。ナイフはもちろんのこと弾丸だって受け止める。

 もっとも彼女は自分が上だと思っていないし、スーツの性能に頼ってもいない。

 

 敵と戦う。その単純な動機で戦っているのだ。ホビアルやアトレビドのような理屈をこねた敵より断然いい。あいつらは何かちゃらちゃらしたものを着飾っていた。自分たちは悪くない、悪いのはチャールズ・モンローであると、自己弁明していた。


 なんとも女々しい奴らだ。自分が村を支配し、女をモノにするのに理由を作る。なんとも腐った連中であった。

 だがアモルは違う。彼女は純粋に自分たちを殺しに来た。ビリーはそれを嬉しく思う。

 難しく考える事より、頭を空っぽにして行動した方がいい。後始末はルイかキャブに任せればよいのだ。


 ビリーはダンスを踊る。いやダンスを踊っているように見えるのだ。彼女の渾身の突きと蹴りをアモルは易々とかわす。正確にはぎりぎりで命がけの攻防を続けているのだ。遊んでいるわけではない。

 だがアモルの方も頬が緩んでいる。なんだか楽しい。こんなことは初めてだ。そんな気持ちが表情に出ていた。


 だが彼女たちが騒げば騒ぐほど周りの人間が気付く。ついにはキャブやラタたちが人を集めてビリーの元にやってきた。アモルはそれを察しし逃げる準備を始める。さすがに複数を相手にはできないと悟ったようだ。


「手ごわい、とても。戦った、前に。フエルテ、よりも」


 アモルは気になる言葉を残して走り去った。後からキャブたちが駆け寄った。


「おい、ビリーにルイ!! ケガはなかったか!!」


「大丈夫ですよ。相手の放った矢が頭蓋骨に刺さりそうになりましたけど」


「おいおい、ルイよ。無茶はやめてくれ。お前は鉄砲玉のようなビリーより、かなり厄介だ」


 キャブは本気で心配している。普段は仲良しではないが、仲間の危機に関しては別だ。


「あの女、フエルテよりも俺が強いと言っていたぜ。ナダ村は今どうなっているか調べた方がいいかもな」


 ビリーが命令した。数人の亜人たちが調べに行く。その間、ビリーたちは住居とライフラインづくりに勤しんだ。

 サビオは箱舟の人間から知識をもらい喜んでいた。亜人たちも初めは胡散臭そうにしていたが、徐々に科学の面白さに興味を示していた。

 太陽熱温水器は電気を使わず、太陽の熱を利用してお湯を作る仕組みだ。そのおかげで薪を焚かなくても風呂に入りやすくなる。

 木製の樽を黒く塗り、泥や藁で保温するのだ。清潔にすることは衛星において重要である。


 さて一週間が過ぎると、調査隊が戻ってきた。そこで亜人たちの口から意外な言葉が出た。


「ナダ村ではすでにフエルテが殺されていました」


 本当はこの時代のアモルは気弱な美少年にする予定でした。そこでビリーと出会って結婚するはずでした。

 ですがひねりがないので今の形にしたのです。自分が面白いと思ったら即行動するのが大事だと思いました。

 自分がつまらないと感じたものを、読者が面白いわけがありません。直感というのは重要です。

 時間をおいて書くことは、アイディアを煮詰める期間でもあります。

 

 とはいえ自分しか楽しめない作品もまた、読者にとってはつまらないからさじ加減が必要ですね。

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