第12話 アトレビド大爆破
「でぶふふふ!! このボクの脂肪の畑の力を思い知るブゥ!!」
肉塊であるアトレビドが高笑いしている。あまりに肥満化しすぎて自分では立ち上がることのできない身体だが、この男にとって全く問題はないようだ。
アトレビトの腹部から植物の芽が出た。それは急激に成長して蔓を作る。合計八本の蔓が生えていた。そいつを蜘蛛の足のように自在に動かしている。
シャカシャカと素早く動いてくるのだ。さすがのビリー・アームストロングもその速さに付いていけずにいた。
「脂肪の畑か。さしずめ自分の脂肪に植物の種を植えて、そいつを自在に操る能力というわけだな!!」
「正解でブゥ。ホビアルを倒したときは猛牛かと思ったでブゥが、なかなか知恵が回るでブゥ」
「猛牛は余計だぜ!!」
アトレビドはあざ笑っている。こいつは巧みにビリーの攻撃をかわしていた。八本脚を器用に操るその力は、見事である。
さらにアトレビドは両腕を前に出す。腕からぷつぷつと花が咲いた。真っ赤な花だ。
それは蕾のまま、ビリーに向けている。するとぺっぺと何かを吐き出した。真正面にぶつかるのはまずい。ビリーは横転した。
ぐえぇぇぇ!!
犬の亜人が倒れた。胸に三つほどの小さな穴が開き、血が噴き出る。亜人が倒れると、げっげっげと身体を痙攣させた。すると目や耳、口から花が生えてくる。
倒れた亜人は起き上がると、周りにいた仲間たちに攻撃し始めたのだ。
「デブフフフ。ボクの魔法でブゥ。ボクは素敵な魔法使いなのでブゥ」
アトレビドはゲラゲラ笑い始めた。赤い花から何かを発射している。それに当たると植物に寄生されてしまうようだ。ビリーも当たったらただでは済まないだろう。
一体アトレビドの魔法は何だろうか。見当もつかない。
それでもビリーは逃げるわけにはいかなかった。逃げれば醜悪な豚男が亜人たちを撃ちまくり、自分の兵士を生み出すだろう。例え勝利しても亜人たちとの間にしこりは残る。人間と関わったために仲間が死んでしまったと。
なのでビリーは真正面から挑むことにした。仁王立ちとなり、アトレビドを睨む。ものすごく睨んだ。
「でぶふふふ。ボクの魔法は誰にも避けられないでブゥ。正面から挑むなど、愚の骨頂でブゥ」
「……やらなきゃわからないだろう。俺は何もしないで決めつけるのが嫌いなんだよ」
そう、ビリーは思い出す。幼少時の頃を。今では屈強な肉体を得ているが、五歳までの彼女は車いすがないと移動できない病弱な身体だった。流動食しか口にできず、十五歳まで生きられないと医者に宣告されたくらいだ。
今の自分がいるのは亡き母親のおかげだ。自分ががんばることを否定したから、母親は……。
「現実を認められない女は惨めでブゥ。いいや、女だからこそ現状を満足することができないのでブゥ。哀れな生き物でブゥ」
「お前に同情される筋合いはないぜ。さっさとかかってこいよ」
「……お前はもう考えなくて済む世界へ連れて行ってあげるブゥ」
アトレビドの眼が細くなる。アトレビドの態度が癪に障ったか、ビリーの覚悟に心を惹かれたか。アトレビドは両腕を前に出す。赤い花が一斉に何かを吹き出した。
ビリーは両拳で飛んできたものを叩きつぶす。まるで蜂のように飛来し、ぺちぺちと落としていった。その様子を見た亜人たちは驚愕している。自分たちでもあんな動きをする奴はいないと。箱舟の人間は引きこもりだから身体が弱いと思い込んでいたのだ。
ラタ三世だけは当然のような表情である。何せビエドラグリスの村で悪漢ホビアルを倒したのを目撃していたのだから。
ビリーの拳には軽い衝撃が走る。両手は特殊な手甲を身に付けているが、なんとなく嫌な感覚であった。アトレビドの赤い花はしおれていく。どうやらネタ切れの様だ。地面の下を見ると、何やらべったりとしたものが落ちている。それは植物の種だ。赤い花が発射したのは種なのだ。そいつが人間の体内に入ると、急激に成長してそいつを乗っ取ってしまうに違いない。
「こいつが魔法の正体か。ちゃちな手品だぜ」
「いやいや、ボクのサンテ=カゼリオアタックを拳一つで種明かしした人なんか初めてみたブゥ。さすがは箱舟の子孫、突然変異した亜人共とは比べ物にならないブゥ」
アトレビドは感心していた。だがビリーは嬉しくない。どうもこの男は箱舟に関して詳しすぎるのが気になる。
「お前さぁ、なんで箱舟の事を嫌うんだ? お前には関係ないだろう?」
「確かにそう思うのが普通でブゥ。でもボクにはわかるのでブゥ。かつて百年まえに世界を崩壊に追いやったアメリカ人のチャールズ・ヒュー・モンロー。こいつはまだ生きているのでブゥ。自分の身体に金属細胞を移植に、悠々自適に暮らしているのでブゥ。あいつのせいで多くの人間は不幸になったのでブゥ。特にフランスの女優シュザンヌ・ウェバーは結婚して子供に恵まれ、数々の賞を受賞したのに、キノコ戦争のせいですべてが灰になったのでブゥ。こんなことは許されてはいけないのでブゥ」
意味が分からない。それに金属細胞とはなんだろうか。あとでルイに聞いてみるか。
それにしてもモンローが今も生きているとは驚きだ。いや、カーミラのような例もあるから珍しくはないのかもしれない。
世界が崩壊したため、今までの常識が一切通じなくなった。もうなんでもありになっている。実際はなんでもありな世界なのだが、人間が政治や宗教によって常識をはめ込み、目に見えるものしか信じなくなったため、世界は狭くなったのだ。
「ふぅ、まったくお前と話すと気が滅入るでブゥ。今日はこれでおさらばするブゥ」
アトレビドはくるりと背を向けて帰ろうとしていた。しかしビリーは見過ごさない。敵の身体が若干最初に見た時と比べて縮んでいることに気づいた。
脂肪の畑。自分の脂肪を利用して植物を操る力だが、その元となる脂肪がなければ意味がない。畑も無制限で野菜が取れるわけではない。酷使し続ければ土はやせ衰えていくのだ。恐らくアトレビドの身体は必要な脂肪を消費しすぎたのかもしれない。先ほどの力も本来ならあれで終わっていたのだろう。亜人たちを殺して自分の操り人形を増やす。そして箱舟の子孫たちを襲わせる。例え勝利しても互いを憎み合う。うまい手だ。
だがビリーの常識はずれな行動で予定が狂った。植物を育てるにも費用は必要だし、精神を酷使しているのかもしれない。
ここで逃がしてはならない。こいつを放置すれば最悪な事態が起きても不思議ではない。さっさと殺すべきだ。
「それもただ殺すだけではだめだ!!」
ホビアルの件もある。恐らく殺しても生き返るだろう。ではどうすればいいか? 相手の身体を破壊すればいいのだ。
「まてぇぇぇぇぇぇぇぇい!!」
ビリーはサーバルキャットのように高く飛んだ。そしてアトレビドの懐に飛び込む。
ビリーの右拳はアトレビドの腹部にめり込んだ。ぶよぶよの感触が気持ち悪い。だがやるしかない。
「なんなんでブゥ。まさかボクの内臓を引きずり出すつもりでブゥか? そんなことはさせないでブゥ」
アトレビドは両腕を高く上げた。すると脇から蔓が生えてくる。蔓は自分とビリーの身体に巻き付いた。めしめしと蔓を縛り上げる。さすがのビリーも骨がきしむような激痛は応えた。
だがビリーは諦めない。彼女には秘策があった。ビリーは右拳を小刻みに回転させる。すると焦げ臭くなった。何が起きているのか。
ビリーは身体を締め付けられても、動じない。骨は軋み、肉が裂け、血が流れている。
それでも彼女は離れない。なぜなのか。
「俺はがんばるのをやめるわけにはいかないんだ!!」
がんばるのをやめたから母親は死んだ。もう少しがんばれば母親は自分に絶望せず、死を選ぶこともなかった。自分の弱さが母親を殺したのだ。父親のフィニアスも協力していたが、母親の方が好きだった。
ぼわっとビリーの腕が燃えた。さすがのアトレビドも慌ててしまう。彼女は発火装置を手にしていたのだろうか。
いいや違う。彼女は無手であった。答えは彼女の手の動きにある。
彼女は原始時代、木と木をこすって火を起こす方法を実践したのだ。高速で手首をこすることでアトレビドの脂肪に火をつけたのである。ビリーの腕は燃えた。それでも彼女は離れない。
「はっ、離すブゥ!! お前まで丸焼けになるでブゥ!!」
「離さねぇよ!! 丸焼きになるのはてめぇだ!!」
アトレビドの身体が膨らんでいく。内部から脂肪を燃やされたために体内にガスがたまり始めたのだ。
アトレビドの身体は風船のように膨らみ、宙へ浮かんでいく。
でぼぉん!!
隅のように真っ黒な夜空に上がると、どかんと爆発する。
アトレビドの体内にあるガスが引火して爆発したのだ。遠くでアトレビドの頭が落ちる。上あごだけで目は見開いていた。
ビリーは吹き飛ばされて、地面に叩き付けられた。彼女の髪の毛はこげている。亜人たちは慌てて駆け付けた。ビリーは息も絶え絶えである。ラタ三世もあまりの無茶に呆れていた。
エビルヘッドは空を見上げるとアトレビドが爆発した後から何かキラキラしたモノが見えた。それは女の右足に見える。
「……あれは一体何なのだ? 神応石が集まったようなものに見えたが……」
そいつはすでに遠くの空へ消えていった。
さすがのアトレビドも身体が吹き飛んでは復活することもできない。あまりにも無茶な行為に亜人たちは茫然となった。それと同時にビリーの見る目も変化した。
エビルヘッドはその様子を見てほっとした表情になった。
サンテ=カゼリオアタックのサンテ=カゼリオは1894年にフランス第三共和国のマリー・フランソワ・サディ・カルノ大統領を暗殺しました。
シュザンヌ・ウェバーは、フランスの女優シュザンヌ・ビアンケッティと、フランスのシリアルキラー、ジャンヌ・ウェバーから取りました。




