第11話 アトレビドの過去
ここでアトレビドの過去を紹介しよう。
彼はカウティベリオの村で生まれた。両親は平凡な農夫であった。
アトレビドという名前は活発を意味する言葉だ。彼は長男として家を支える宿命にあった。
ところが彼は頭が弱かった。言葉がまるで通じず、家畜のようであった。弟たちはまともに育っているのに、アトレビドだけは豚のように徘徊するだけである。
彼が五歳になる頃には両親も愛想をつかした。このまま頭の弱い人間を養っても特にならない。さっさと殺すべきだと両親は相談していた。
それに待ったをかけたのが村長であった。彼はアトレビドをいじめて村人の憂さを晴らそうとしたのだ。いじめるだけで殺害は禁止されている。村の広場には檻が作られ、その檻の中にアトレビドは飼われていた。村人はアトレビドに蹴りを入れたり、罵詈雑言を並べ立ててはすっきりしていた。アトレビドは村人の不幸を一身に背負う運命となったのだ。
アトレビドの世話役はグラモロソという名前の赤バラの亜人であった。彼女は胸と下半身だけを隠す蛮族だと思われていた。実際は好奇心で村を出た挙句、カウティベリオの村に捕まったのである。
彼女はしゃべれないふりをしていた。本当は人間の言葉をきちんと理解していたが、それがばれると人間に殺されると思ったからだ。彼女は手ぶりでアトレビドの世話を命じられた。家畜人間の世話など村人はやりたがらない。ましてや血の繋がった家族は変わり果てた息子の姿など目にしたくなかった。あれが自分の腹から生まれてきたと思うと、はらわたが煮えくり返る思いがするという。
アトレビドとグラモロソは同じ十八歳であった。アトレビドは食事が少ないにもかかわらず異常なまでに肥満化していた。恐らくはホルモンの分泌に異常が発生したためであろう。グラモロソはろくに食事も与えられなかった。彼女の頭は赤いバラが咲いているが、実際は髪の毛であった。赤ん坊の時はまだわからないが、成長すると髪の毛が勝手にその人間に相応しい花びらの形に編むのである。
肌の色も薄緑だ。村人は花なんだから食事はいらないだろうと思い込んでいる。実際にグラモロソはわずかな水と村の外で拾った木の実などで足りていた。
アトレビドはただ生きているだけだ。豚のように潰されることはなく、村人のうっぷん晴らしに生かされている。
グラモロソは何とも思わなかった。自分の村に帰りたいとも思わない。なぜなら彼女も自分の村では奴隷扱いされたからだ。女というのはその家の家長の道具である。父親が最初に躾けて、次に長男の命令を受ける。老いたら長男の息子の世話をする。そんな人生だ。
自分の場合はそれがアトレビドというだけである。彼女の人生に自由などない。家畜の世話役で一生を終えるのだ。もっともそれが普通であり、この世界では当たり前の事であった。
☆
異変が起きたのはここ一年前であった。アトレビドの飼われている檻に一人の女が立っていた。グラモロソは檻の近くにある掘っ立て小屋で暮らしていた。一体誰だろう。村人にあんな女はいなかった。着ている服はボロボロで、顔中傷だらけである。どこかぼやけて見えるのは気のせいだろうか。
その女には両腕がなかった。女は右足を上げると、アトレビドの口の中に入っていく。
アトレビドは苦しみだし、ぜぇぜぇとのたうち回った。
「きゅふふふふ……。我が右足よ、お前に力を与えよう。そして憎きチャールズ・モンローを否定する手助けをしてもらうわ。きゅふふふふ」
女は天高く飛んでいった。グラモロソは呆気にとられたが、すぐにアトレビドを見る。
するとアトレビドの眼に光が差し込んだ。今までは濁った眼をしていたが、常人と同じ知性が宿っているように見えた。
そこに村人が三人やってきた。二十代の男で粗暴な感じがした。彼等はいつも無抵抗なアトレビドをいじめて楽しんでいたのだ。グラモロソは彼等に逆らわず、ひたすら土下座をしている。
男の一人がグラモロソの頭を踏んでいった。男たちはにやにや笑っている。ここではグラモロソもいじめの対象なのだ。反論すればリンチに遭うので黙っている。
「おい、豚君。今日も元気かね?」
男がへらへら笑っている。美男子ではあるがその表情は歪み切っていた。彼はこの村の村長の息子なのだ。
「今日も楽しく遊ぼうじゃないか。君と一緒じゃないと気分が晴れないんだよ」
男たちは檻の中に入る。こうやって殴る蹴るの暴行を楽しむのだ。村人は一切止めないし、むしろ子供たちにも勧める。止めるとすれば武器の使用を禁止にするだけだ。殺したらつまらないからである。
村長の息子がアトレビドの腹に思いっきり右足で蹴りを入れた。ここでアトレビドがぎゃふと鳴き、他の面々も参加するのが日常であった。
ところが腹に蹴りを入れると、そのまますっぽりとはまったままになる。村長の息子は懸命に抜こうとするが抜けない。異常事態に気づいたのか、取り巻きたちが足を引っ張った。
するとぺきっと音がする。骨が折れた音だ。さらにぼぎっと右足がもげた。村長の息子は絶叫を上げる。さらに足から血が噴き出ており、男たちは混乱状態になった。
「でぶふふふ。調子に乗った人間の悲鳴は何度聞いても心地よいものでブゥ……」
ここでアトレビドがしゃべった。村人にとって初めて聞くアトレビドの声だ。しかし男たちはそれどころではなかった。村長の息子の足がもぎ取られた。その事実をどう説明すればいいのかわからない。
アトレビドはのっそりと立ち上がり、村長の息子の頭を右手で掴んだ。彼の表情は恐怖で歪んでいる。
「助けて……、たしゅけて……」
「嫌でブゥ」
アトレビドが拳に力を入れると、村長の息子の頭からミシミシと音がした。彼は痛みで声を上げるが、音は止まらない。最後はぐしゃりと頭を潰されたのだ。
アトレビドはそのまま村長の息子を食べた。文字通り、砕いた頭からばりばりと齧ったのである。
他の男たちは恐怖で大便を放りだしていた。顔は涙と鼻水、涎でぐちょぐちょだ。彼等は逃げようとするが、アトレビドはそいつらを踏みつけた。
「やっ、やめでぐれぇ!! ごろざないでぐれぇ!!」
「あっ、あやまる! 今までお前をいじめたことはあやま……」
ぷちぷちと男たちの腹を踏みつけた。内臓が破裂し、男たちの眼と耳、鼻と口から血が噴き出た。れろれろと舌を出しながら男たちは絶命する。
「謝る? 何か勘違いしているブゥ。別にお前らに恨みなんてないブゥ。ボクの恐ろしさを村人に教えるのが大事なのでブゥ」
アトレビドはにやにや笑っている。他の村人が大勢集まってきた。彼等は同じ村の人間が、家畜として扱う男に殺されたことを知り、激怒していた。特に村長は息子を殺されたことを確認すると、村人に武器を持たせて命令する。
「この豚を殺せ!! わしのかわいい後継ぎを殺した大罪人だ!!」
村人の眼に怒りの炎が宿っていた。彼等は家畜が生意気にも人間様にたてついたことに怒り狂っているのだ。このもやもやは目の前の豚を殺さなければ気が済まない。ついでにバラの化け物も一緒に片づけてやろう。村人はそう思った。
「でぶふふふ、目の前で惨事が起きたのに、まだ理解できないのは悲しいブゥ。どれもう少し面白いものを見せてあげるブゥ」
アトレビドは両腕をかきむしった。肌が紅くなる。すると傷口から植物の芽が生えてきた。それは見る見るうちに蔓になっていく。そして蔓は村長の首に巻き付いた。
「なっ、なんだ!!」
ぶちんと村長の首が飛んだ。蔓によって首をねじ切られたのだ。天高く飛んだ村長の首を、アトレビドの母親が手にした。その顔は醜く歪んでいる。
「ひぃぃいぃぃぃぃぃいぃいいい!!」
母親は小便を漏らした。そして気が触れる。父親と弟たちは慌てているが、彼等の顔が吹き飛んだ。蔓が槍のように突き刺したのである。
「ひっ、ひぃいい! あの野郎、自分の家族を殺しやがった!!」
村人は慌てふためいている。アトレビドは自分の家族に復讐したつもりはない。あくまで村長の首を手にした家族を見せしめに殺しただけだ。
もう村人はアトレビドに対して殺意が失せた。恐怖が怒りを上塗りしたのである。
「さて、皆さん。これからはボクがこの村を支配するブゥ。逆らう奴は殺してあげるブゥ」
アトレビドはグラモロソを見る。彼女はびくっとしていた。
「君はボクの世話係として働いてもらうブゥ。これからはおいしい思いをさせてあげるブゥ」
アトレビドはにやにや笑っていた。グラモロソはただ土下座するしかなかった。
☆
アトレビドは墓地に行った。そこで頬の肉をかきむしる。そこから植物の種が出てきた。
その種を墓地にばら撒くと墓から死体が起き上がった。耳には花が生えており、その人の顔があった。
「こっ、これは一体……」
「屍人花でブゥ。死体に憑りついて自由自在に動かすのでブゥ。そしてチャールズ・モンローの悪名を広げるためでブゥ」
グラモロソは呆気に取られている。アトレビドは彼女が言葉を理解していることを知っていた。
「君がボクに話しかけていたから知っていたのでブゥ。家族の事に関しては本体が理解してなかったのでブゥ」
アトレビドは不思議なことを言った。グラモロソは理解できなかった。
「そもそもチャールズ・モンローとは誰なのかしら?」
「世界の破壊者でブゥ。百年前に世界をキノコ戦争で荒廃された張本人なのでブゥ」
アトレビドが言った。なぜ彼はそんなことを知っているのだろうか。グラモロソには考えも及ばなかった。
アトレビドとグラモロソはラードアルケミストでも名前が出てます。
こちらは別人ですね。




