第5話 襲撃者
「ヒャッハー! 出てこーい!!」
村の入り口で大声がした。さらに鉄砲を撃つ音も聞こえてくる。
英雄たちが駆けつけると、そこには四輪駆動が止まっていた。屋根のないタイプで、人間の男が四人乗っている。黒い防寒着を着ており、マフラーと帽子をかぶっていた。全員猟銃を持っている。
「あんたたちは誰だ?」
英雄が彼らの前に立つ。もちろん間合いは図っている。背後には弓矢を構える子供たちが待機していた。
男たちは目の前の光景を見て驚いている。
「おいおい、なんなんだここは。獣が人間のように立って歩いているぜ」
「もしかしたら獣と交尾してできた村かもしれないな。ヒャッハッハ!!」
男たちはゲラゲラ笑っている。ただ彼らは自分たちを小馬鹿にしているように見えない。どこか目がウツロであった。そもそも獣と化した自分たちを見て恐怖を抱くのが普通だ。
それなのにただ笑うだけで済ますのが異常であった。
「あなたたちはなんだ。世界が滅んだ日から生き延びたのだろう。今まで何をしていたのだ?」
「ああん? 家畜が人間さまに質問してんじゃねぇよ。俺たちはなぁ、俺たち以外の人間を皆殺しにするためにここに来たんだよぉ」
ひげ面の男が答えた。げっげと笑っており、口から涎が垂れている。まるで精神疾患者に見えた。
「皆殺しにするだと? 我々はあの悲劇から生き延びたのだ。生き残りを集めて、国を再建するのが普通ではないのか」
「だぁぁぁまれぇぇぇぇぇぇ!! 俺たちはえらいんだ、えらいから人間を自由に殺していいんだよ!! ここに来る途中でいくつもの集落を襲撃して、皆殺しにしてやったぜ。食い物をたんまり隠し持っていたから根こそぎ奪ってやった。お前らをひとり残らず殺して、俺たちのものにさせてもらうぞ!!」
男たちは全員で笑った。彼らは正気ではなかった。世界が終わった日に彼らは気狂いになってしまったのだ。
せっかく生き延びた命なのに、それを遊びで狩って楽しむなど正気の沙汰ではない。目の焦点が合っていないのだ。自分の信じていた常識がガラス瓶のように粉々に砕けてしまった。もう彼らの見ている光景は前衛芸術のようにぐるぐると歪んでいるのだろう。
「やれ!!」
英雄が合図を送ると、子供たちは矢を放った。英雄も隠し持っていた拳銃をぶっ放す。
男たちは不意を突かれたが、猟銃をやたら滅法に撃ちまくる。
「ひゃっはっは、ひゃっはっは!! 死ねしねシネェェェ!!」
男たちは笑いながら猟銃を撃ってくる。子供たちの放つ矢が肩に刺さっても、彼らは笑い続けていた。
彼らは興奮しており、多少の痛みでは気絶しなくなっている。普通、人間は拳銃や矢に撃たれると死んでしまうものだ。これは普段の生活ではありえない痛みに耐えられないのである。
だが軍人や警察は覚悟を決めている。軍人は人を殺すのが仕事であり、警察は追い詰めた容疑者に反撃される可能性があるからだ。
一方であの男たちは異質である。快楽殺人鬼に見えるが、矢が刺さっても痛がるそぶりを見せない。弱い者いじめを楽しむ人間は反撃されるとプライドを傷つけられ、激怒する者だ。
「ひゃっはっは!! こそばゆいなぁ、俺たちの家族が受けた苦しみはこんなものじゃないぞぉ。全身キノコが生えた熱の風に殺されたんだぁ。なんでお前らは生きているんだよぉ、どうして俺たちは生き延びたんだよぉ。理不尽だ、この世は理不尽だぜぇぇぇぇぇぇ!!」
ひげ面の男は猟銃を撃ちながら叫んだ。叫びながら泣いた。
彼らは普通の生活を楽しみ、愛していた人間だった。
それなのに突然の不幸が彼らを襲う。当たり前の幸せを奪われた彼らは気狂いとなったのだろう。
「あんたたちが家族を亡くして悲しいのはわかった。俺たちだって同じ境遇だったからな。だからといって腹いせに人を殺して遊ぶなど許されない!!」
英雄は弾丸を躱しながら、前へ駆けていった。音速で飛ぶ弾丸をよけたのではない。
銃はまず銃口を向け、狙いを定め、引き金を絞るのだ。
そのため動作を読むことはたやすく、よけるように思わせたのである。
「くそぉ、しねしねしねぇぇぇぇぇ!!」
男たちは猟銃を撃ちまくった。もうめちゃくちゃである。目の前にいる英雄だけに意識が集中しているようだ。
子供たちの撃つ矢などまったく気にも留めていない。それほど脳内で分泌される脳内麻薬がひどいのだろう。
「とう!!」
英雄は五メートルほど高く飛んだ。男たちは突然のことで英雄を見失ってしまう。
どこにいるんだときょろきょろしていると、上空から英雄が降ってきた。
大の字で落下してきたのだ。
その衝撃で男たちは叩き付けられた。あまりの衝撃で彼らの中では首の骨を折って即死した者がいたくらいだ。
男たちは混乱していた。英雄の奇行についていけなくなったのだ。
「よし、あいつらから銃を奪うんだ!!」
胖虎が指示を出す。彼自身駆けだして四輪駆動に近づいた。そして気絶している男たちから猟銃を奪い取る。
さらに紐を使って手を縛った。死人は一人。男たちを無力化することに成功したのである。
☆
「さてお前たちは何者だ。どこから来たのだ?」
英雄は男たちを尋問した。車の中には弾薬や食料が置いてある。
「ひひひひひ……。俺たちは帝京から来たんだよ。そこで我らの偉大な指導者、毬林様と出会ったのだ」
「まりばやし? 響きからして日本人か。お前たちは中華帝国の人間、中国人ではないのか?」
「俺たちは中国人だよ。ここにいる奴らはキノコの生えた日にすべてを失ったんだ。家族も仕事も文明もな。それをひとつにまとめたのが日本人の毬林様なのさ。あのお方がいたからこそ俺たちは目標を得ることができたんだよ」
男たちが毬林とやらを語るとき、熱っぽかった。それほど信奉しているようである。
しかし生き残った人々を殺して回る理屈がわからない。
「お前たちは何でこんなことをするんだよ。生き残りを殺して回るなんて馬鹿げているだろうが」
胖虎が口を挟んだ。この場にいる全員が同じ気持ちである。自分たちが不幸になったから他人も同じ境遇になれということか。
「くっくっく。もう世界は終わりだよ。希望なんかないんだ。だから生き残っても無意味なんだよ。なら生きる苦しみを味わうなら早く殺してやった方が、人道的じゃないか。お前たちだって獣になって苦しいだろ、悲しいだろ? それなら殺して開放してやりたいんだ。俺たちが生き残っても遅かれ早かれの差だ。最後に人殺しを楽しんだ俺たちは殺された奴ら以上に絶望を味わって死ぬんだよ。死ぬことが幸せってことがあるのさ」
男の言葉に英雄は腹を立てた。あまりにも身勝手な理屈だからだ。
男たちは快楽の為に人を殺しているわけではなかった。生き残り、絶望しかない人々に生きる苦しみから解放するという目的があったのだ。
それは余計なお世話である。人には誰もが生きる権利を持っているのだ。それを勝手な理由で摘み取るなど許されない。
「もうお前たちは終わりだよ。今頃毬林様はお前たちの村へ向かっている。お前たちを生の呪縛から解放するためにな!!」
「なんだって!!」
「まさか俺たちだけと思っていたのか? この村から視えない位置で監視役がいるんだよ。毬林様は賢明なお方だ、俺たちが全滅する可能性を視野に入れ、いざとなったら情報を伝える人間を待機させていたんだよ!!」
男の言葉に英雄は衝撃を受けた。彼らは当初馬鹿な野党の類と思っていたのだ。だが自分たちの知らない位置に監視役がいて、情報を伝えているなど予想外である。
「毬林様の舞台はAKのコピーをたくさん持っているんだ。猟銃なんかより火力の高い銃さ。お前たちは後悔するぜ、俺たちに殺された方が幸せだったと思うくらいにな。おっと、お前らは等しく死を与えられるぞ。おもちゃにされる可能性はないから安心しな。ひゃっはっは!!」
その時、どんと音が響いた。胖虎が男たちを猟銃で撃ち殺したのだ。その表情は怒りに染まっている。
「くくく……。ころして、くれて、あり、がと、よ……」
男たちは自分たちに手をかけた胖虎に感謝の言葉を述べて、笑顔を浮かべたまま果てた。
「……悪い。あまりの怒りに我慢ができなくなった」
「気にするな胖虎。俺だってお前が動かなければ、ああしていた。しかし毬林とやらが来る前になんとかしたいな」
英雄は男の言葉を思い出す。毬林はAKのコピーを持っているという。
Akとはロシアのカラシニコフが開発したアサルトライフルだ。
アサルトライフルはオートマチック・ライフルの発展型でセミオート射撃とフルオート射撃をセレクターによって切り替えられるのだ。
装弾数は20から30発ほどで、使用弾薬はボルトアクションライフルやオートマチック・ライフルに用いられるものより短い。
そのため射程は短くなっているが、大量の弾薬を携帯し、フルオート射撃による弾幕で対応できるのだ。
特にAKは構造が比較的単純でコピー品を作るのがたやすい。さらに意図的に隙間が設定されており、それ故に極地や砂漠などで使用した際に、金属の収縮などによる作動不良が起きにくいのだ。
「アサルトライフルを相手にするのは難しいな。あれは土の壁やレンガなど日本のふすまのように突き抜けてしまう……。作戦を練らないといけないな……」
「俺は銃に詳しくないから、作戦はすべてお前が考えてくれ。そしていいネタが浮かんだら俺たちを遠慮なくこき使って構わない。お前は俺たちの頭なんだからな」
胖虎が英雄の手を握る。とても固い決意を感じた。
そして英雄もみんなを見た後、手を握り返すのであった。