第3話 ラタの説明
「ここがあなた方の住まいですよ」
ビリーたちの目の前にはレンガ造りの家が建っていた。二階建てで四人ほど住めそうだ。カピバラの亜人、ラタが案内してくれたのである。
ビリーは初めて亜人を見たが、無感動であった。世の中には顔中毛だらけになる病人もいたという。それに比べればラタたちは亜人として自分たちの姿を受け入れているようだ。
ラタは思いのほかビリーの反応が薄いことに驚いている。
しかしあえて追求しない。ルイを始めとする面々も最初は戸惑ったが、次第に好奇心が上回ったようだ。
「台所と居間、個室は四部屋あります。トイレは汲み取り式ですね。風呂はありませんが、共同の浴場を用意しております。食事は我々が育てた野菜と、狩猟で得たアライグマやヌートリアの干し肉がございます。まずは我らが食事を作りますので、皆さんは見学してください」
ラタが説明してくれた。当初は自分たちが家を建てるつもりだったのに、ラタたちが用意してくれたのは嬉しい誤算だった。それに食材も用意してくれるという。至れり尽くせりだ。
「待ってください。アライグマとヌートリアの肉ですか?」
ルイが質問した。アライグマは食肉目アライグマ科の哺乳類だ。タヌキに似るが、尾に黒の輪模様がある。木登りがうまく、巣は木の洞につくる。名称は、水辺で食物を探すしぐさが、手を洗う姿に似ることから取られている。南北アメリカの森林地帯に分布していた。
もっともキノコ戦争以前はペットとして飼われていたが、飽きたので捨てられた。それが異常繁殖し特定外来生物として世界中のレッドリストに載ったことを、ルイは知っていた。
それとヌートリアは齧歯目カプロミス科の哺乳類である。
体長40~60センチ、尾長20~40センチで、体つきはビーバーに、尾はネズミに似て、後ろ足に水かきをもち、水辺にすむ。
草食性で南アメリカに分布し、日本では軍用毛皮獣として輸入されたものが野生化したという。こちらもアライグマと同じ特定外来生物に指名されていた。
ラタは猫の亜人に指示すると、あるものを持ってきた。それは巨大な毛皮である。まるで熊のような大きさだ。しかししっぽが狸のように見える。これはアライグマだ、巨大なアライグマである。
さらに骨も持ってきた。熊の頭蓋骨と言っても勘違いしそうなほど、それはあまりにも大きすぎた。
「これはアライグマの毛皮と骨です。キノコ戦争によって巨大化したのですよ。もっとも初期はこれみたいに整った形はしていませんでしたね。前足か後ろ足が極度に肥大化していたり、単眼で産まれたりしていたようです。ヌートリアも同じですよ。奇形は死に絶え、真っ当な身体のモノだけが生き残ったのです。もっとも我々の先祖は最初からこの姿だったそうですよ」
ラタが説明する。キノコ戦争によって人が大勢死んだ。そしてキノコの胞子は空を覆い、地球から太陽の日差しを奪った。数年の月日で大勢の命はさらに減ったが、鳳凰大国、現在の中華帝国から来た自分たちが箱舟の子孫たちを迎えるために、準備をしていたそうである。
さらにセイレンヘッドが語ったように汚染された土壌をビッグヘッドが食べて浄化したそうだ。今では原子力発電所はおろか、核廃棄施設もビッグヘッドによって浄化されている。浄化されたウランは人知れず岩山に集めて捨てているそうだ。
だがビリーには関係のない話だ。彼女はラタたちに疑問を抱いていた。箱舟の子孫というだけで、自分たちを歓迎するなどありえないからだ。もし、自分たちが野蛮人を忌み嫌う文明人気取りだったら、彼等は殺されていたはずである。なぜ無防備にもラタたちは自分たちを迎え入れたのか。
「簡単ですよ。私は強いですから」
そう言うとラタは二本の前歯を伸ばした。まるで蛇のようにうねうねと動き、ビリーの目の前で舌のようにチロチロと動かしている。
この歯はとても頑丈そうだ。ビリーはともかく、猟銃を使っても間に合わない。彼等はビリーたちに攻撃されても返り討ちにする実力があるのだ。
それにしてもまだ疑問が残る。自分たちを叩きのめし、箱舟の遺産を奪えばいいではないか。なぜそれをしないのだろう。
「奪っても使えなければ意味がありません。あなたたちだって乗ってきた船のエンジンの仕組みを完璧に理解している人はいますか? 私はエビルヘッド様の命令であなたたちを取り込むよう言われているのです。私たちの目的のために、あなたたちの力を利用するためにね」
「利用か……。俺たちに何をさせたいんだ?」
「それはこの国に科学の力を広めてもらいたいのですよ」
ビリーが質問するとラタが答えた。
現在のスペインはおろか、世界中のほとんどが中世ヨーロッパ風になっている。衛星概念が欠如し、不潔な世界になってしまったそうだ。もちろんすべてがそうではない。イベリア半島の西側にあるポルトガルでは、ヒコという商人によって人間らしい文明を送っているそうだ。現在はヒコ王国と名を変えているらしい。
鳳凰大国もここから北部にあるエビルヘッド教団の総本山、フィガロと鉄道が繋がっている。道中には文字の読み書きができなくなった村を征服し、公衆衛生を徹底させていったそうだ。
さらにエビルヘッドは生死を問わず神応石を食することで、石に宿った記憶を自分の物にすることができた。ただし知っているだけで経験がない。例えば石器時代の記憶も宿しており、打製石器や磨製石器、弓矢に土器の作り方は試行錯誤すればなんとかなる。
しかし機械になると専門家にしかわからない。例えば素人がマッチを作るため、説明書と材料を用意されても、作ったことがないから理解できないのだ。
「なるほど……。確かに私たちは様々な知識と経験があります。箱舟を出ても真っ当な文明を送れるように……。皆さんは私たちにエビルヘッド教団に入団してもらいたいのでしょうか?」
ルイが訊ねた。エビルヘッドは世界を浄化したビッグヘッドたちのボスだ。自分たちの考えを広めるためにも、科学知識を持つ科学者を取り込むのは大事だからだ。
しかしラタは首を横に振って否定する。
「いいえ、あなた方はエビルヘッド教団の敵となってもらいます」
「敵にだって? あんたらは便利な科学の力が欲しいんじゃないのかよ」
「実を言えば、私たちはともかく、総本山があるフィガロでは不自由はしていないのですよ。排せつ物を食してガスに変えるスルトヘッド、汚染された水を浄水するフレイヤヘッド、電気を発するトールヘッドがいるのです。おかげでクリーンな生活ができるようになったのですよ。でもここではそれが使えません。何しろ私たち亜人以外の人間はビッグヘッドを異常なまでに敵視しているのです」
ラタが説明した。なんでも崩壊したスペインでは小さな集落が点々としているらしい。科学が衰退し、中世ヨーロッパ風になった村は、力を持つ人間が支配するようになった。
豊かな村があれば襲撃し、すべてを奪いつくす。それ故に余所者を毛嫌いし、攻撃的になっているそうだ。
その中で五人の凶暴な人間が各村を支配しているという。
海沿いにあるビエドラグリスの村を支配するホアビル。
森の中にあるナダ村を支配するフエルテ。
黒蛇川の川下にあるカウティベリオ村のアトレビト。
そして塩の鉱山を所有するサルティエラの町のロキとエスタトゥアが問題だそうだ。
自分たちが一番で他人が幸せだとむかつき、徹底的に蹂躙しないと気が済まないそうである。
しかも五人ともとても強いらしい。彼等は原始時代のように力こそ正義だと思い込んでいるそうだ。自分の考えを理解しない者は人間ではないと、打製石器の斧で殴り殺すという。
「そいつらをぶっ殺さないと、俺たちの復興はあり得ないというわけか」
「その通りです。奴らは狂暴です。富を独占しなくては気が済みません。あなた方が箱舟の技術を復活させ、生活を豊かにしても奴らは平然とすべてを踏みつぶすでしょう。他者の幸せを何よりも憎む、外道ですよ。とはいえ奴らは共同することはありません。それ以上に相手を殺したいのです。でも殺したらその分解放された村が幸せになるのでやらないのですが」
ラタの説明を聞いていると、胃が重くなる。百年の間に人間の質が異常なまでに低下していた。
ビリーは腹を立てていた。怒りで頭が爆発しそうになる。他人の幸せをめちゃくちゃに知る人間の思想が理解できないし、叩きのめしたいと思っていた。
「よぅし、そいつらは俺が全員ぶっ潰してやる。後はおたくらの望み通り、敵対してやるよ」
「敵対というより、やり方が違うだけですけどね。エビルヘッド教団はビッグヘッドを、あなたたちは科学の力で人々を導いてほしいだけです」
ビリーの気合が入った。だが敵は特殊な能力を持っているらしい。
とりあえず、ビリーたちは生活の拠点地を作る。太陽光発電所を設置し、浄水場やガスの精製のために忙しくなりそうだ。
文明を復活させる。それが箱舟の子孫である自分たちの役目である。それを邪魔する奴は俺の拳でぶっ潰す!! ビリーはそう誓うのであった。
今回フエルテの名前を出したのは、この話の敵を作るためでした。
百年後に、フエルテたちが英雄になる布石です。
一年前は箱舟の人間の話を考えておりませんでした。ここ最近過去にフエルテの名を持つ凶暴な敵を出せば面白いと思ったのです。




