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第4話 相撲遊戯

「ふぁぁ、清々しい朝だな」


 ノヤギの亜人である龍英雄ロン インシオンは伸びをした。外は雪が降っており、太陽の光は一切差さない。

 住んでいるのはレンガ造りの家だ。核の衝撃波を受けたが崩壊せず残っている。木造の家は潰れていた。住んでいた者はすでにいない。この世にいないからだ。

 英雄はこれから生き延びた者たちをまとめ、導く仕事がある。一筋縄ではいかないだろう。


 それでも英雄の身体は軽かった。心に羽根が生えた気分になる。

 隣にはユキヒョウの亜人、雪花シュエファが立っていた。どこか距離が近い。


「なんかすっきりした顔でぶね」


「うん、姐姐ジェジェも明るい顔になったね」


 金華豚の亜人である大雄ダオシンと白いイエネコの亜人で雪花の妹の月花ユエファが言い合った。姐姐は姉を意味する言葉である。

 すると英雄と雪花が照れた顔になった。苦笑いを浮かべる。

 

「ところで大頭ダトウはどうした。姿が見えないようだが」


「大頭はゴミを食べているでぶ。便所にある排泄物や色んなものを食べ歩いているでぶよ」


 大雄が答えた。大頭は自分の性質を利用するという。排泄物などは分別されて涙肥るいひになり、肥料や燃料になるそうだ。

 大頭は自分のことをよくわかっていない。だが自分が何をすべきかは理解しているという。なぜか故人の記憶から物の製造法を知っていた。

 現在は大人が死に絶えている。物造りができる技術者がいない以上、頼れるのは大頭と英雄なのだ。


「あまりあいつをひとりにするなよ。今は大頭が資源再利用の鍵になる。それにあいつはみんなの役に立ちたいと思っているんだ。お前だって同じ気持ちだろ」


 英雄に言われて、大雄は口ごもった。図星を指されたからである。彼も両親を失い、英雄が帰ってきた時の頼もしさは口では言い表せない。


「さあ二人とも防寒着を着なさい。そして荷物をありったけ積むんだ。これから厳しい冬が来るだろう。生き延びたノヤギや亀も探して連れ帰ろう。ノヤギは身体が丈夫で繁殖力が高い。亀も何か月絶食しても死なないから腐らない肉として活用できる」


 雪は降っているが、本来ならまだ春なのだ。亀は冬眠から目を覚まし徘徊しているだろう。すでに自分の村でも子供たちに指示をしていた。

 士官学校ではサバイバルの訓練を受けている。


 大頭が帰ってくると英雄たちはトラックに乗ると、そのまま走らせた。

 後に残るのは人気のない村だけであった。


 ☆


「やい、俺と勝負しろ!!」


 村に帰ってきて、キンシコウの亜人である胖虎パンフが勝負を挑んできた。

 顔を赤くして怒っている。背後には小夫シアオフを含め、数人の少年たちが控えていた。

 英雄は何事だと、周りを見回すとパンダの亜人である虎鳳が前に出た。


哥哥ぐぁぐぁ、やっと帰ってきてくれたね。早く何とかしてもらいたいよ」


 虎鳳は愚痴をこぼした。どうやら胖虎は英雄に不満を抱いているようだ。英雄が上から目線でいばるのが気に喰わないようである。

 実を言うと胖虎の父親は村一番の狩人であった。弓の腕は龍一族で一番だった。疾風のように走る鹿の頭部を射貫くのだ。

 英雄の父親と同格なのである。なので村の子供たちも英雄と胖虎も同格なのだ。

 小夫たちが胖虎に付くのは当然と言えた。


「俺はすでにたくさんの獲物を得たんだ! お前なんかに負けてたまるかよ!!」


 少年たちは山積みにされたノヤギや鹿の死体を見せた。十数匹おり、解体して燻製にすれば食べるのに不自由はないだろう。


「胖虎! 勝負なんかどうでもいいんだよ! 今はみんなで一丸となってこの困難を乗り越えなくてはならないんだ! だからくだらないことを抜かすんじゃない!!」


 英雄が怒鳴る。だが虎鳳は顔をしかめた。周りの子供たちも同じである。


「哥哥。ここは勝負をした方がいい。胖虎の弓の腕は天下一品だ。みんなが心を惹かれるのは当然だよ。白黒つけておかないと、みんなをまとめることができないよ」


 虎鳳のいうことに一理あった。確かに龍一族は強い者に魅かれる。胖虎はずっと村の残り狩りの腕を磨いてきた。

 一方で英雄は長の息子だが、長い間士官学校に行っていたのだ。子供たちはあまり学校の重要さを理解していない。生きるための知識と商人を相手に交渉するすべを知るのみだ。

 

 虎鳳はともかく、他の子供たちはいきなり帰ってきて、長の息子だからと威張り散らす人間に見えてもおかしくない。

 英雄はそのことに気づくと、改めて胖虎を見た。その目は鋭く、英雄をにらみつけている。


「お前の言う通りだな胖虎。ここはきちんと勝負をして、誰が上か決めた方がいい。勝負は何にしようか」


「ふふん、わかればいいんだよ。勝負はお前が好きに選んでくれ。俺が一方的に勝負を挑んだのだからな」


 胖虎は勝負にこだわるが、決して悪人ではない。むしろまっすぐな気質だからこそ、小夫たちが付いてくるのだ。


「そうだな。ここはひとつ相撲で勝負をしようじゃないか。単純な力勝負でわかりやすいだろう」


「問題はない。そうこなくちゃな」


 胖虎は指をポキポキと鳴らした。子供たちは即席で土俵を作る。

 雪花と月花は茫然としていた。今は国中の、いや、世界中の人間が力を合わせて困難に立ち向かう時なのに、のんきに相撲で白黒をつけるなんてありえないと思ったのだ。


「理解できないわ。どうして男の人は勝負が好きなのかしら」


「もう雪がかなり積もっているのに、意味が分からない」


「二人とも理解できないと思うけど、これは男の矜持とかではないよ。これは龍一族としては普通なのさ。いちゃもんを付ける奴は力で抑えつけ、黙らせなくてはならない時がある。特に英雄は長の長男で、胖虎は村一番の狩人の息子だ。地位的には英雄が上だけど、獲物を多く獲れる狩人も発言権があるのさ」


 大頭が説明した。二人は異形の怪物がずいぶん村の事情に詳しいことを不思議に思った。

 それは大頭自身も同じで、話し終えた後自分でも理解できない様子であった。


「不思議だなぁ。これは村の大人の遺体を食べたせいかな?」


「遺体、をですか?」


「そうさ。死んだ大人の肉はすでに塩漬けにして保存したけど、骨や脳みそは食べられないからね。これはみんな僕が食べたのさ。そしたら食べた人たちの記憶が流れ込んだのだよ。それで村の様子や亜人になる前の英雄たちの姿を見ることができたのさ。これってどういうことだろうか」


 大頭もよくわかっていない様子であった。それよりも英雄と胖虎はお票の真ん中でにらみ合っている。

 相撲は日本の国技だが、中国でもやることはある。単純な力勝負でわかりやすいからだ。

 それに普段から身体を鍛えていないと、勝負で怪我をすることがある。

 常に怪我をしにくい身体作りを証明することが大切なのだ。

 相撲は単純かつあと腐れのない勝負方法で親しまれている。


「英雄。俺は常に森の中で鍛え続けてきた。お前も龍一族を離れて訓練をし続けたのだろう? ここではっきりとしようじゃないか」


「そうだな。口ばっかり達者な奴より、きっちり行動できる人間の方がいい」


「では、はっけよい。のこった!」


 虎鳳が行司を務めた。英雄と胖虎は腰を低くし、構える。

 合図とともに二人とも突進した。ぶつかり合い、がっつりと掴みかかる。


 英雄は胖虎に押されていた。じりじりと英雄が土俵の外へ近づいていく。

 小夫たちは歓声を上げていた。雪が降り続け、手がかじかんでいくが、身体は熱くなる一方だ。

 だが内心焦っているのは胖虎だ。実のところ二人の体重差は大きい。


 胖虎は六〇キロほどで、英雄は八〇キロほどである。

 胖虎の場合、常に森を動き回っているが、あくまで瞬発力が高いだけだ。

 英雄の場合は、士官学校で毎日三食取っていた。自分の胃袋より量の多い食事をするのも訓練だからだ。

 吐き出せば折檻されるので、飲みやすくするために食事をミキサーでペースト状にして飲み干すのである。


 戦闘力において体重は重要だ。身体の重さが破壊力につながるのである。

 英雄は一気に胖虎を放り投げた。見事な逆転劇である。

 倒されても地面はすでに雪が積もっていた。怪我はない。

 圧倒的な勝利で虎鳳たちは大喜びで、小夫たちはしょんぼりしていたが、勝者の英雄を褒めたたえた。


「ふぅ、俺の負けだ。これから俺たちはお前に従うよ」


「わかってくれたら嬉しい。だがあくまで俺は責任者としてふるまうだけだ。誰が偉いとか関係ないからな」


 英雄は倒れた胖虎に手を差し出した。胖虎は手を握ると、英雄は引っ張った。


「うん、いい勝負だったね」


「でも必要のないものだわ。やはり男はいつまで立っても子供ねぇ……」


雪花は呆れていた。女性は現実主義者なのであまり勝負には冷めた目で見ていた。


「とにかくこれで村はひとつにまとまった。あとは迫りくる核の冬を乗り越えるために準備をするのが優先だ。みんな、これからやることを指示するぞ」


 英雄が村のみんなを集めて宣言した。勝負は終ったが、これから長い、先の見えない冬の時代が来るのだ。

 薪や食料など大事にしないといけない。そして春を迎えた後、村をどうするか、やる事はたくさんある。

 不安はあるがやるしかない。自分は龍一族の長男なのだ。みんなをまとめるのが自分の役目なのである。


 遠くで音が聞こえた。何かが破裂する音だ。鉄砲の音である。

 こんなところで聴こえるなどありえない。誰かがこの村に攻めてきたのだろう。

 英雄は顔を引き締めた。子供たちに命じて手製の槍と木製の盾を用意させる。

 女の子たちは弓矢を装備し、備えた。


 いったいどんな相手が待ち構えているのだろうか。

 英雄は覚悟を決めるのだった。

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