第20話 ヒュー・キッドの戦い
「モンローのオリジナルだと? 冗談にしては笑えないな」
龍羅漢がヒュー・キッドを見て胡散臭そうに言った。それは当然だろう。チャールズ・モンローは羅漢の故郷、龍京にとって口に出したくない忌み名だ。それなのに猫の亜人に見えるヒュー・キッドがモンローだと自称する。まったく笑えない冗談だ。
「えっと、私は信じられますね。だってそれモンローが好きな絵本、そらとぶ、おむすびまんが身に着けているマントそっくりですから」
それを擁護したのはマレーグマの亜人、龍七海だった。彼女は羅漢たちと違い、外国での生活が長い。モンローの生まれ故郷であるニューエデン合衆国には何度も立ち寄っている。それゆえにそこの文化についても詳しいのだ。
「その通りですよお嬢さん。ボクは日本が生み出したヒーロー、そらとぶ、おむすびまんの真似をしています。もっとも彼と違ってボクの頭はおむすびではないので、お腹を空かせている人を救えませんがね」
ヒュー・キッドは自傷気味に答えた。
「それはそうとボクは急いでバルバールの手下たちから、この町を守らねばなりません。彼等は略奪と蹂躙が大好きで、人の努力を踏みにじることを最大の喜びとしているのです。皆さんは難民のための炊き出しの手伝いをしてください。スレイプニルさん、お願いします」
「うむ、まかせなさい」
スレイプニルは真面目に答えた。先ほどは軽い調子だが緊急事態は真面目に対応する性格のようである。スレイプニルは部下たちを呼び、炊き出しのための道具と、医療班を終結させるよう命じた。
ヒュー・キッドはぴょんと空を飛んでいった。何の仕掛けもなく、本当に人が空を飛んだのだ。
「あれはヒュー・キッドの特性だよ。彼は体内の磁力を操るのだ。そして地球の磁力と反発させることで空を飛ぶのだよ」
スレイプニルが説明してくれた。彼はさらっと流しているが、羅漢たちは初めての出来事で目が丸くなっていた。
「残念だがここはスレイプニルとヒュー・キッドに任せるしかないな。落ち着いたら説明を頼む。我々は難民たちの対応を手伝うとしよう」
ノヤギの亜人である龍金剛が答えた。ここは初めて来た見知らぬ場所だ。下手に知らない人間がかかわるよりも、知っている人間の手伝いをした方がましである。
だが羅漢は納得がいかない。
「気に入らねぇなぁ。この俺を役立たず呼ばわりされているみたいで、気分が悪いぜ。悪いが俺はあいつの手腕を確かめさせてもらう」
羅漢はヒュー・キッドが飛び去った方向へ走っていった。
「羅漢の奴、積極的になったな。ヒュー・キッドが自分の脅威になると肌で感じたのだろうか」
羅漢はあまり積極的とは言えなかった。採掘場には自分の意志で入ったがあくまで引きこもるためである。先ほどのように他人の行動が気になるなど、あまりなかった。
「まあ、これも良い勉強になるでしょう。彼がたどり着いたころにはヒュー・キッドがすべてを解決している頃でしょうね」
スレイプニルは肩をすくめながらつぶやいた。その内大勢の人間がやってきた。ヤギウマの牽く馬車には毛布や非常食、医療品が積まれてあった。
金剛たちは自分たちのできることを、スレイプニルに尋ねながら、羅漢を待つことにしたのだ。
☆
「はぁ、はぁ……。やっとたどり着いたぜ」
羅漢は息を切らしながら、街はずれまで走ってきた。ヒュー・キッドは空を飛ぶので問題ないが、羅漢は自分の足で走ってきたので、差が出た。
途中でボロ布を着た難民らしき蟲の亜人たちとすれ違った。彼等は背中に矢が突き刺さっている者もいた。さらに子供を抱きかかえたまま息絶えたものもいる。かなり争った跡が目立っていた。
「オマエラァ!! とっても素敵なバルバール王様に逆らう大馬鹿野郎どもが!! お前たちなんか皆殺しにしてやるんだぁ!!」
アブラムシの亜人が幼稚な口調で叫んでいた。彼等は棍棒や弓矢を持っている。毛皮を身に着けており、まるで蛮族だ。
それに対するはハナアブの亜人たちだ。アライグマの骨で作られた鎧を着て、槍や弓矢で応戦していた。もっとも数はアブラムシの方が多く、圧倒的に不利である。
羅漢は周りを見回すが、ヒュー・キッドはどこにもいない。どこに行ったのだろうか。
「おい、ヒュー・キッドはどこにいる!!」
「なんだと!! お前はなんだ!! あっちにいけ!!」
ハナアブたちは羅漢の問いを無視して、戦いを続けている。
「殺せ! 殺せ!!」
アブラムシたちは殺気立っていた。血に酔いしれた悪鬼であった。げらげら笑いながら弱そうな難民たちを殺して楽しんでいた。
羅漢はそれを見て激怒する。目を見開くと、羅漢はフロント・ダブルバイセップスのポーズを取った。
大胸筋を震わせると、そこから突風が吹き荒れる。アブラムシたちは風に吹かれた塵のように吹き飛んだ。
ハナアブたちはそれを見て驚いた。羅漢が何者かは知らないが、味方であることは間違いないと判断した。
「とりあえず、あいつらを追い払ってくれ!! だがあまり奴らを殺さないでくれ、ヒュー・キッド様が悲しむからな!!」
なんとも甘い指示だが、羅漢は承知した。アブラムシたちは吹き飛ばされて地面に叩き付けられたが、すぐに気を取り直して雄たけびを上げながら迫ってきた。
その度に羅漢はポーズを取る。何度も吹き飛ばされるとアブラムシたちに気絶する者が増えた。
しばらくするとアブラムシたちは分が悪いと判断して逃げ出した。
「チキショ!! これで勝ったと思うなよ! ヒュー・キッドの馬鹿に味方する奴らはみんな殺してやるからな!!」
こうしてアブラムシたちの脅威は去った。その後ヒュー・キッドが羅漢の元へ飛んできた。
「おや、あなたは確かスレイプニルさんの知り合いですね?」
「龍羅漢だ。お前は今までどこに行っていたんだ?」
「この先にフィガロが所有する麦畑があるのです。バルバールたちはそこに火をつけて収穫をダメにしようとするのはわかっていたので、先回りして火消しに躍起になっていました。ここはあなたが防いでくれたのですね。ありがとうございます」
別に誰かに言われたわけではないが、ハナアブたちが安堵している様子を見て、ヒュー・キッドは羅漢のおかげだと判断したようだ。
「お前さんは人が死ぬことを否定する性格か?」
「積極的に殺す気はないだけですよ。そもそも皆殺しにしたらボクの恐ろしさを宣伝する人がいないじゃないですか。人というのは殺しにかかる者より、殺さない者を恐れるものです。ここにいるハナアブの方々も一人も殺さず、帰したからフィガロの力を恐れて、降伏したのですよ」
そう言ってヒュー・キッドはハナアブたちを見た。こくんと首を縦に振る。
羅漢はこの男が甘い人種ではないと判断した。
「ところでバルバールってのはなんなんだ?」
「バルバールとは蟲人王国の南部を支配しているゴキブリの亜人ですよ。圧倒的な力で周辺の村を滅ぼしては自分の物にしています。敵に対しては捕まえた相手を股からくし刺しにして飾るなど悪趣味な男ですよ」
「確かに悪趣味だな」
人間の死骸を飾るのは悪趣味ではあるが、敵に対しては効果的である。それ故にバルバールは領民にとって太陽王と呼ばれているらしい。
盗賊の頭が英雄扱いされるのはよくあることである。
「それにあの男はフィガロの妹を殺したのです。せっかく彼女のために結婚相手を探していたのに、メイスで殴られてしまったのです」
ヒュー・キッドは忌々しそうにつぶやいた。羅漢はフィガロという男を知らない。それに妹がどういう相手かも知らなかった。だがヒュー・キッドの口調からして親しい間柄だったのかもしれない。
「それにあの男はボクがせっかく作った畑を焼いて回っているんだ。戦略も何もない。フィガロに対しての嫌がらせです。そりゃあ、自己満足で畑を作らせていたけど、わけなく嫌がらせのために火をかけられるのは不快極まりないですね」
確かヒュー・キッドは世界各国で畑を作らせているらしい。畑を作るのは並大抵の努力では無理だろう。人の努力を無にする行為は、腹立たしいことに違いない。
「あんたはなぜ畑を作らせているんだ?」
「……ボクは世界を終わらせた責任がある。人々はそのせいでひもじい思いをしているのです。小麦の詰まった樽を巡って血で血を洗う争いが続くのです。人間にとって最大の不幸はお腹が空いても食べ物がないことです。だからボクは安定した食料生産を手助けしているのですよ」
ヒュー・キッドは寂しそうに空を見上げた。チャールズ・モンローとして世界を滅ぼしたことに罪悪感があるのだろう。だが問題は別にある。
「お前はチャールズ・モンローなのか?」
「はい。ですが世界を滅ぼしたのは十八歳のモンローです。正確に言えばアメリカにおいて理想的なモンローと言えますね。当時のボクは世界各国の美女から求婚を申し込まれましたが、全部断っていました。しかしボクが十五歳の時に記憶を凍結してからは、十八歳のモンローはハーレムを作り、中華帝国に別荘を作ったみたいですね。恐らくはアメリカに埋まった神応岩から逃れるためでしょう」
神応岩とはいったい何だろうか? 羅漢が尋ねようとしたら、遠くから声がした。
それは七海たちであった。彼女はヤギウマの牽く馬車の大群の前にいた。
周囲を見回すと傷ついた難民たちやハナアブたちの倒れている。傷の手当てが必要だ。
羅漢は疑問を後回しにすることにした。
バルバール王はマッスルアベンジャーに出ています。
当時は倒されるべき悪として出しただけですが、この作品で出るとは思いも知りませんでした。




