第19話 ヒュー・キッド登場
「まったく格好がつかないな」
黒ヤギの亜人である龍羅漢が独白した。彼はチャールズ・モンローが作った人造人間に散々な目に遭わされた。
殺されなかっただけありがたいと思うが、悔しさが腹の中に溜まる。さすがの羅漢も胸に黒い炎を宿していた。
「だが相手の出方がわかってきたぞ。あのモンローはわしと戦ったモンローではない。少なくとも胸糞悪い雰囲気は感じなかったな」
祖父で白いノヤギの亜人、龍金剛が答えた。彼は五十年前にチャールズ・モンローと死闘を繰り広げたのだ。当時のモンローは卑劣な人間であった。
金剛の妻となる人間の娘、女巫に制限時間付きの毒を注入したのだ。それも一週間までにモンローを殺さなければ、女巫を殺すという悪質なものだった。
金剛は従兄弟である主角や賢人と共に旅立った。
だがモンローは嘘をついた。彼は金剛たちが旅立ってから彼らの住む龍京を襲撃したのだ。さらに金剛の父親である龍超人が裏切り、龍京は騒然となった。
このまま、金剛のいないまま、亜人たちは人間によって荒らされるかと思われた。
だがモンローによって生み出された人造人間のディーヴァによって救われたのだ。
モンローはひたすら卑劣であった。金剛とまともに戦わず、群衆を利用してエビルヘッドを殺させたりした。ギリギリまで逃げて女巫が毒で死ぬのを待つなど、どす黒い精神の持ち主であった。
「だからといって奴を信用しているわけではないぞ。そもそもわしらをどんな理由で襲撃しているかわからない。まるで面白半分で遊んでいるみたいだ」
金剛は腕を組み考える。明確に敵意を剥き出しにするならともかく、今回の敵はあまりにも漠然としている。卑劣な精神の持ち主もいれば、正々堂々としたものもいる。少なくともモンローが目立つ行動をとったのは、金剛たちが旅立ってからだ。まるで金剛たちを狙い撃ちしているようである。
「そういえば羅漢。お前の力はどうなんだ? 最近は落ち着いているようにも見えるが……」
金剛が尋ねた。羅漢は当初自分の能力を使いこなせずにいた。筋肉を振動させるたびに能力が暴走していたのだ。羅漢はそれを恐れて囚人が収容される採掘場へ引きこもった。
だが羅漢は落ち着いている。ポージングを決めない限り発動することがない。
「ああ、落ち着いている。龍京と比べると清々しい気分だな。それに俺を褒めたたえる人間が進めば進むほど少なくなっているしな」
羅漢が言った。龍京では周囲の人間が自分をやたらと持ち上げていた。金剛の後継者だ、龍京だけでなく帝京も支配できると騒いでいた。
あまりにもうるさいので羅漢は無視することにした。無頼漢を演じるようにしたのもこのためである。もっともこれは同じ与太者たちに希望を与え、新たな頭領と思われるようになったが。
当たり前だが龍京から離れれば羅漢や金剛の名は通用しなくなった。その村に住む人間にとって二人の名前など興味なかった。精々派遣された兵士たちくらいしか知らないが、兵士たちはその村の女と結婚し子供を作る。すると金剛の名前は知っているけど、有難味のない名前になっていった。
「悪いことじゃない。俺の体内にいる悪魔を押さえられているからな。平和なものだ」
羅漢はそう思った。
☆
数週間後、羅漢たちはフィガロにたどり着いた。ヨーロッパはフランス南部のピレネー・オリアンタル県と呼ばれたところだ。
地形はすでに変形しており、スペインとの境には山の間にせき止められた被爆湖ができており、天然のダムができていた。
「しかし立派なものだな。初めて来たがこれほど奇麗な町は見たことがない」
羅漢は駅から降り立ち、周囲を見回す。町は石造りで、地面は石畳で出来ていた。
家にはガラス窓がはまっており、街路樹が植えられている。
所々細工物が飾られており、なかなか小粋なものがあった。
金剛の従兄弟である龍賢人が作った町フィガロだ。
「いえーい! 皆さん初めまして~」
白馬の亜人が現れた。もうじき七十に届きそうな老体だが、馬の亜人なので見た目は弱そうに見えない。
彼こそが賢人であった。
「ひさしぶりだな賢人。もう四十年以上にもなるか。すっかり変わってしまったようだな」
「金剛も随分落ち着いているね~。でも今の私は賢人じゃないよ、ここではスレイプニルと呼ばれているね」
賢人ことスレイプニルの言動は軽い。だが羅漢はこの老人に隙が見当たらないことに気づく。
「初めて会いましたが、圧迫感が強い方ですね」
「ああ、見た目に騙されてはならないな」
亥吃豆や子黒夫が冷や汗をかきながら、スレイプニルを見た。肌がチリチリと焼ける感覚がする。それほど二人にとって目の前の老人は恐ろしい相手なのだ。
「ひさしぶりだな。わしは十数年前にここに来たことがあるからな」
エビルヘッドが答えた。彼は世界中を駆け巡っていた。特に放射能汚染された地域を中心にビッグヘッドをばらまいていたのだ。
「俺の名前は羅漢だ。改めてスレイプニルさん。この町はなかなかいいな。あの彫刻は誰がやったんだ?」
「うむ、君が金剛の孫だね。なんか顔が固いよ、もう少し笑顔にならなきゃね、いえ~い」
スレイプニルは両手でピースサインを作る。羅漢は怒るどころか、毒気を抜かれた気分になった。それほどスレイプニルという老人がただものではない証である。
「この町はタマオコシコガネの亜人であるフィガロが作ったのさ。彼はここにたどり着いたときに行き倒れになっていてね。それで拾って養ったんだが芸術家としての才能を発揮したわけだね。いや~、人助けは大事だよね~」
スレイプニルはまたピースサインを作る。この町の建物はどれも統一されていた。町全体も小さな青い宝石がツヤツヤと光っている印象があった。
糸のように細い町筋には食品店などが並んでいる。
「ちなみにフィガロは町の中心で教会を作っているよ。まだまだ完成に程遠いね」
「教会だって? どんな神を祀っているんだ?」
金剛が尋ねた。
「エビルヘッド様さ。ここはエビルヘッド様を祀る町、エビルヘッド教団の総本山なんだよ」
「おいおい、わしを勝手に神扱いしてほしくないな。こんな頭だけの生物など神に相応しくないだろう」
エビルヘッドが反対する。だがスレイプニルは真剣な面持ちであった。冗談でやっているわけではないらしい。
「……実のところ、教団を作ったのはある人物の勧めなんだよ。エビルヘッドを、世界を救うために必要なことなんだ」
「世界を救うだって? 随分大口を叩くが、いったい誰が―――」
金剛がさらに突っ込もうとすると、一人の男が現れた。巨大化したノヤギ、ヤギウマに乗ってきた兵士だ。犬の亜人である。伝令の様だ。
「スレイプニル様!! 西でバルバールの軍勢が襲撃しております!! 騎士団が抵抗しておりますが、押されております!! どうか援軍をお願いします!!」
「わかった。すぐに援軍を寄越す。それまで耐えてくれ」
犬の兵士は敬礼をするとそのまま来た方角へ戻っていく。
「賢人、いやスレイプニルよ、何が起きておるのだ。バルバールとは誰だ」
「……蟲人王国の南部を荒らしまくる野蛮人の頭領だよ」
金剛の問いにスレイプニルは苦虫を潰した表情になった。なんでもバルバールとはゴキブリの亜人で、近隣の村を襲撃しては略奪を繰り返しているようだ。
このフランスでは虫や花、木の亜人が多く、スレイプニルは蟲人王国と呼ぶようになったという。もっともフィガロに住む住民もそれに賛成していた。
「バルバールは戦争が大好きな悪魔だ。せっかくヒュー・キッドが食料生産を安定させたのに、それ等の村を平気で潰して回っている。自分たちは努力せず、略奪だけにこだわっているんだ。北部はまだマシだがいつ荒らされるかわかったもんじゃない。それに奴の背後にはチャールズ・モンローがいるんだ」
チャールズ・モンロー!! ここでその名前が出るとは。だがスレイプニルもモンローと関わっていた。五十年過ぎても忘れられるわけがない。
「安心しろ。そのモンローは金剛とは無関係だ。この地に巣くう神応石の影響でバルバールは悪鬼と化したのだ。モンローに命令されたからだ、モンローがすべて悪いとな」
スレイプニルは忌々しそうに答える。以前、モンローが自分たちの前に現れた。そこで金剛の父親がモンローを操っていたと言っていたが、半信半疑だった。
だがスレイプニルはなぜそれを知っているのだろうか。その答えはすぐにやってきた。
「お待たせしました。スレイプニルさん」
空から何かが飛んできた。鳥かと思ったがそれにしては大きすぎる。その正体は人であった。シャムネコの頭部に赤いマントを羽織っていた。まるでアメリカで流行っていたヒーローの様な格好をしている。
「ボクの名前はヒュー・キッドと申します」
ぺこりと頭を下げた。なかなか礼儀正しい性格のようである。
「みんなに紹介しよう。彼はヒュー・キッド、モンローによって作られた人造人間だ。正確にはモンローのオリジナルだな」
「はい。正確には十五歳の記憶を神応石に写しただけですけどね」
衝撃の告白に羅漢たちは呆気にとられるのであった。




