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第18話 ズルタン

龍羅漢ロン ラカンはウィーンにたどり着いた。

 ウィーンとはキノコ戦争以前では、ヨーロッパ中部にあるオーストリア共和国の首都であった。

黒海に注ぐ国際河川であるドナウ川沿いにあり、ウィーンの森など緑が多く、かつては王家であったハプスブルク家オーストリア帝国の首都として繁栄、音楽の都とよばれたそうだ。

歴史的建造物が多く、近郊には一六五九年、レオポルド一世の命で建築されたシェーンブルン宮殿などがあった。こちらは大工のカーペンターヘッドによって復元されている。


 豚の亜人たちが駅で働いていた。あと少しで龍賢人ロン シェンレンが建国したフィガロに着ける。様々な亜人たちがごちゃごちゃしており、忙しなく動いていた。


「もうじき、フィガロですね。あまりにも長い旅でした」


 金華豚の亜人、亥吃豆ズゥ チドウが言った。今回は初めての旅なので、疲労がかなり溜まっている。もっともそれ以上に亥一族の地位向上が重要であった。


「……ああ、そうだな。あまり活躍できなかったけどな」


 子黒夫スゥ ヘイフがつぶやいた。胸の中にもやもやしたものが鬱積しているようだ。

 そもそも旅の途中でチャールズ・モンローのスプーキー・キッズたちが襲撃してきた。だが連中はわざわざ列車を止めて勝負を挑む程度であった。

 自分たち、いや龍京ロンキンの元大臣である龍金剛ロン ジンガンの目に留まれないことが残念無念であった。

 

 ただし金剛自身は何とも思っていない。吃豆たちが無事でよかったと思っている。旅が終われば彼らに重要な役職を与えるつもりだ。それで彼らの一族の地位は上がるはずである。


 それなのに吃豆や黒夫は不満を抱いていた。彼等はわかりやすい手柄が欲しかった。そうでないと一族や他の部族が納得しない。彼等は形のある手柄以外認めないのだ。

 金剛に対しておべっかを使い、こびへつらったと思い込むだろう。金剛はその手の人間を忌み嫌っており、重要な役職にはつけさせないのだが。


「まだ旅は終わっていないわ。ここからイタリアのヴェニスにフィレンツェ、ジェノヴァにスペインのマルセーユ、フランスのリヨンまでまだ数千キロもあるわ。それに大事なのは手柄じゃないわ、生きていることよ。死んだら人は終わりなの、名誉なんて何の役にも立たないわ」


 マレーグマの亜人、龍七海ロン チーハイが反論した。彼女は七つの海を巡り回った猛者だ。多くの身内や船員は海に消えていったのである。さすがに彼女の言葉は重い。吃豆と黒夫も黙ってしまった。


「……じいさん。チャールズ・モンローってのはどういう奴だったんだ?」


 黒いノヤギの亜人である羅漢が尋ねた。祖父で白いノヤギの老人である金剛は答える。


「いきなり出てきた感じだったな。なぜかわしに対して敵意を剥き出しにしておったよ。その上、我が父、超人チャオレンをそそのかして龍京を荒らさせた。エビルヘッドも一度は殺害されたのだ。それよりも許せないことは女巫だな。奴は女巫を人質に取り、彼女だけでなくわしを苦しめようと執拗なまでに嫌がらせを繰り返した。ひたすらわしに対しての悪意がひどかったな」


 金剛は不機嫌そうであった。五〇年前の龍京での出来事は羅漢たちも知っている。家庭教師や寺小屋で習うからだ。当時、龍京の大臣であった超人はモンローにそそのかされ、亜人たちを差別し、人間たちに荒らさせた。当時を知る老人たちはモンローを忌み嫌っている。


「俺はその話を聞いて、ずっと疑問に思っていた。なんでモンローはじいさんを忌み嫌っていたんだろうな? むしろ曽祖父である超人の方が嫌っていそうな気がするが」


 羅漢の言葉に金剛は何かを感じ取ったようだ。確かにモンローはのちに妻となった女巫を苦しめていた。それも金剛のせいで死ぬように仕組んでいたのだ。

 悪趣味では片づけられない。それよりも超人の方が自分を嫌っていた気がする。口に出したわけではないが、金剛は父親から嫉妬と憎悪の視線を感じ取っていたのだ。


「うむ、生前、雪花シュエファおばあちゃんから聞いた話では、父は祖父である英雄インシオンの代用みたいに扱われていたという。おばあちゃんや胖虎パンフ小夫シャオフは普通に接していたようだが……」


 金剛は思い出す。当時あの三人ははりつけにされていた。自分の母親と将軍に宰相を縛り付けて、見世物にしていたがそれだけだった。女巫のように痛めつけたわけではない。

 そもそも当時の女巫は遊女であり、長年親しんできたのは雪花の方だ。祖母を殺せば金剛も心を大いに乱されていただろう。なのになぜ……。


 ☆


「ひゃーっはっはっは!! 初めまして、僕はチャールズ・モンローですよー!!」


 木造の駅の屋根の上に一人の男が立っていた。それは全身銀色の男であった。

 そいつは右を向きながらしゃべっている。


「なっ、奴はチャールズ・モンローだ!! 間違いない!!」


 金剛が叫んだ。まさか五〇年前に死んだはずの敵が生き返るなど、夢にも思わなかったからだ。


「だがおかしいな。モンローの首はエビルヘッドが食べたはずだろう? 奴の神応石スピリットストーンはエビルヘッドの中だ。そうだろう?」


「そうだ。奴の頭は俺が齧った」


 羅漢が言った。エビルヘッドも同意する。モンローが現れてもそれは別人のはずであった。


「その通り! こいつはデカ頭に喰われる前の僕さ! そして!!」


 今度は左を向いた。すると反対側の顔は別人であった。


「あっ! あいつの顔は毬林満村まりばやし みつむらだぞ!!」


「私も知っています! あれは憎らしい毬林の顔です!!」


 エビルヘッドと七海が叫ぶ。あまりの展開に羅漢たちは唖然となった。毬林満村。百年前に金剛の祖父、英雄を道連れに爆死した日本人だ。龍京では悪魔ウモと呼ばれている。


「簡単なことさ。百年前の私は英雄を巻き込んで爆死した。だがその遺体はモンローの手によって保管されたのさ。そして私とモンローの身体を合成して生まれたのが私なのだよ」


 今度は野太い声でしゃべる。恐らく人造人間メタニカル アニマルに改造されたのだろう。


「えっと、羅漢君だったかな? 君の疑問はもっともだよ。そもそも初対面である金剛君に執拗に恨むほど僕は根暗じゃない。実は金剛君を苦しめたのは僕じゃなくて、父親の超人の方だったんだよね」


 右を向いたモンローがとんでもないことを口にした。


「どうも当時の僕は超人に操られていたみたいなんだ。彼は英雄の息子として龍京の人に期待を寄せていたんだ。それも完璧であれ、万能であれとね。見ず知らずの人々から与えられる期待は超人を怪物に変えたんだよ。おっと、当時の僕は君の父親に近づき、ちょっとした騒動を起こすつもりだったよ。でも僕は超人に操られたんだ。君の恋人である女巫をいじめたのもそのためさ。君が自由に恋愛を楽しむのがむかついていたんだよ。それに女巫が君を口汚く罵ってくれることを期待していたんだね。だから僕は君との直接的な対決を避けていたんだよ。茉莉花まりかさんが教えてくれなかったら、取り返しのつかないことになっていたね」


 モンローが説明する。途中で耳にしたことがない固有名詞が出たが、今はそれどころではない。


「ぐぐぅ、そんな馬鹿なと一蹴できぬ……。確かにお前の言う通り、納得できる部分がある。雪花おばあちゃんに対しては手荒な真似をしていないのがその証拠だ。父はおばあちゃんや胖虎と小夫には心を赦していたからな……」


 金剛もモンローの説明を聞いて納得していた。なんとも重い話である。実の父親が息子に嫉妬して悍ましい嫌がらせをした事実は金剛の胸に重くのしかかった。


「僕としては君たちに恨みはないよ。でもね、世間ではチャールズ・モンローは悪の象徴なんだ、復讐すべき存在なんだよ。さらに毬林さんも復讐の対象だね。もう僕らは自分の意志では動けないんだよ、世界中の人間が理想の復讐を望んでいるからね」


 そう言ってモンローは指をパチンとはじく。するとどこからか大型犬が飛び出した。

 それは毬林の首がついた白い犬だった。毬林の顔は苦しそうに悶えている。


「そいつはズルタンと言ってね。毬林さんの細胞を使って作り出した人造人間だよ。脳を改造してね、自由自在に命令できるんだ。とりあえずこいつと戦って生き残れたら遊んであげるよ。じゃあね」


 モンローは立ち去った。羅漢は逃がすかと前に出るが、ズルタンが邪魔をする。ズルタンは目が虚ろで口から泡が出ていた。


「ごろずぅ、ごろずぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 怨念の声を上げていた。だが次の瞬間、姿が消えた。


「グエッ!!」


 吃豆が吹き飛ばされた。音速で吃豆の腹部に頭突きをかましたのだ。

 黒夫は慌てるが、ズルタンは天高くクルクル回ると、黒夫目掛けて踏みつぶした。

 黒夫は目を丸くして気絶してしまう。


「いかん、七海、わしの後ろに―――」


 金剛が叫ぶがすでに遅い。彼は力を発揮することができず、ズルタンに吹き飛ばされた。七海は金剛に潰されてしまい、気を失ってしまう。


 羅漢はズルタンの強さに恐怖した。その一方で恐怖とも歓喜ともつかない戦慄を覚える。

 自分を追い詰める相手など今までいなかった。それが目の前にいる。


 羅漢は両腕を降ろし、輪を作った。モスト・マスキュラーのポーズである。

 大胸筋を振動させると、竜巻が生まれた。

 だがズルタンは簡単に避けてしまう。そして羅漢の左肩に噛みついた。

 引き剥がそうとしても剥がれない。ズルタンの牙は鋭く、肉に食い込む。痛みよりも興奮に支配されていた。


 ここに来て命のやり取りを初めてやった気がする。


「そりゃあ!!」


 エビルヘッドが叫んだ。彼は巨大な舌を槍のように突き刺した。

 ズルタンはたまらず牙をはずしてしまう。ズルタンはエビルヘッドを一瞥すると、一目散に逃げだした。

 こうして脅威は去ったが、羅漢たちの心に深い傷を負った。


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