第14話 バーバ・ヤーガ
不思議な少女であった。十代後半に見えるが幼女の様なあどけなさを感じる。肌の色はやたらと青白い。ルサールカのような溺死体とは違う、不健康な顔色だ。目は白く濁っており、まるで死人のようであった。
なぜかヴァイオリンを持っている。そしてきょろきょろと辺りを見回すと、彼女は口を開いた。
「まあまあ、皆さま。今宵はわたくしの演奏会に来てくださり、ありがとうございます」
少女は頭を下げる。羅漢は後ろを振り向くが誰もいない。祖父の金剛、エビルヘッド、意識を失って横たわる黒夫だけである。
「ええ、ええ。万雷の様な拍手を受けるとは感激ですわ。わたくしもついヴァイオリンの弦に力がこもってしまいますわね」
少女は羅漢たちのことなど気にせず、べらべらとしゃべった。なんとも薄気味悪い少女である。所謂気触れ女だろうか。だが先ほど小便魔法の使い手であるアンナを殺したのだ。ただの人間でないことは明らかである。
少女はヴァイオリンを弾いた。それは素人でも下手だと分かった。聴いていて不快になる音である。
少女は自分の演奏に酔いしれているのか、目を瞑りながら弦を弾いていた。弾くたびにのこぎりで木材を切るようなひどい音になる。羅漢は両耳を塞ぎ、やめろと声をかけようとした。
しかし少女の足元から冷気があふれてきた。ヴァイオリンを鳴らすたびに冷気は強くなる。雨でびしょびしょになった地面は円を描くように凍っていく。ぱちぱちと音を立てながら、彼女の周りだけ極寒の世界へ生まれ変わっていくのだ。
「おい、やめろ! そのへたくそな演奏をやめないか!!」
羅漢は叫んでも、少女は無視する。
「ああ、皆様の歓声が聴こえてきますわ。こんなにもわたくしを愛してくださるなんて、普段はお父様にお母さま、お姉さまたちにしか聴かせられないから、余計、熱が上がりますわ」
ますますヴァイオリンを弾く力が強くなる。その度に冷気は強くなり、羅漢たちまで届いた。エビルヘッドは倒れた黒夫を抱きかかえ逃げ出した。金剛も逃げたいが、目の前の怪異を放置するほど老いぼれてはいない。
金剛はフロント・ダブルバイセップスのポーズを取った。両腕の上腕二頭筋を強調するポーズだ。
上腕二頭筋に熱がこもる。金剛は人間の体温を軽く超える熱を発することができるのだ。
冷気は金剛を包むが、熱によって遮られた。彼の周りは蒸気であふれている。
金剛はさらにフロント・ラットスプレッドのポーズを取った。背中の広がりを強調するポーズだ。熱はさらに広範囲に広がっていく。
少女の元にたどり着くと、蒸気は彼女を包んだ。だがまったく気にも留めない。最後に金剛はサイド・チェストのポーズを取った。
横から見た胸の筋肉を強調するポーズだ。その振動を利用し、熱風を巻き起こすのである。
羅漢の様な筋肉の風と違い、あまり威力は高くない。だが常人ではその熱風に耐えられることはできないのだ。
少女はどろどろに溶けて骨だけになった。悲鳴も上げず、ひたすらヴァイオリンを弾き続ける姿はからくり人形に思える。後に残るのはヴァイオリンと溶けた肉の臭いと骨だけであった。
「……可哀そうだが仕方がない。女を殺すのはわしの本意ではないがな」
「いや、俺もじいさんの立場ならそうしたぜ。あの女はやばすぎる」
金剛がつぶやくと孫は励ました。それほど先ほどの少女は異常すぎたのだ。
だが二人はさらに信じられない光景を目にする。なんと骨から煙が上がると、むくむくと骨に肉がつき始めたのだ。数分も経つと先ほどの少女の姿に戻ったのである。
「ふぅ、いけませんわ。少し寝てしまいましたね。さてお客様が退屈しておりますわ」
少女は再びヴァイオリンを弾きだした。今度は羅漢がフロント・ダブルバイセップスのポーズを取る。
大胸筋に力を込め、振動させた。すると羅漢の前方で陽炎が出てきた。そしてつんざく音と共に少女の身体はバラバラに吹き飛んだのである。
それも無駄だった。少女の身体はすぐに戻ってしまったのだ。これは異常すぎる。そこにエビルヘッドが戻ってきた。
「黒夫は医者に見せている。まだ終わってないのか?」
「終わっていないぞ。すまないがあの少女を食べてくれ。わしと羅漢がやってもすぐに復活するのじゃ」
金剛に言われて、エビルヘッドは少女の頭をつかんだ。そして大きな口にポイっと放り込むと、ばりばりと食べてしまった。途中、しゃりしゃりと氷を砕くような音も混じっている。
エビルヘッドは少女を食べ尽くした。
「……なんだこの女。記憶がめちゃくちゃだな。私はアナスタシアだとか、アナスタシアは生きているんだとか、わけのわからない単語が出てくるぞ」
エビルヘッドは不思議に思った。普通の人間ではありえない記憶の痕跡だからだ。
だがエビルヘッドの身体からおかしな靄が出てきた。それは先ほどの氷像と化したルサールカのアンナの方へ向かう。
氷像はばりばりと砕けると、なんと先ほどの少女が現れたのだ。
「ああ、お客様が注文を付けてくるので大変ですわ。あら、何かしら。随分乱暴に家に入ってくるなんて……。うげぇ!!」
少女は目を見開くとのけぞった。口から泡を吹いている。げっげっげと笑いだすと、再びヴァイオリンを弾こうとした。
「エビルヘッド! 何かこいつを閉じ込めるものを作れ!」
羅漢が叫んだ。エビルヘッドはすぐに遠くにある大岩を見つけると、舌を使って細工を始める。あっという間に小さな石の箱が出来た。蓋も一緒だ。
羅漢はまたフロント・ダブルバイセップスのポーズを取る。彼女の身体はばらばらになるが、すぐに医師の箱に入れた。そして蓋を占めるとエビルヘッドの唾液で粘着させ、開かないようにしたのだ。
☆
「あれはバーバ・ヤーガでございますね」
夜中に村の長老の家に行った。彼はヴォジャノーイの亜人だ。金剛は今日起きたことを伝える。すると長老はすぐに教えてくれた。
「バーバ・ヤーガはこの辺りでは魔女という意味を持つものです。特に皆様が戦ったのはキノコ戦争以前に暗殺されたお姫様のことです。彼女は両親と3人の姉、弟と共に政治紛争に巻き込まれ、虐殺されました。ですが今でも彼女は虐殺から生き延びたと噂されるのです。それは今でも語り継がれております。普段は北にあるエカテリンブルグ地方にいますが、時々ヴァイオリンを聴かせるためにこの辺りに来るのです」
なぜ冷気を操れるのかは謎である。だが彼女は不死であった。何度殺しても彼女は殺せない。彼女自身痛覚がないので気にもかけないのだ。
羅漢が機転を利かせたので、石櫃に封じ込められた。しばらくは彼女の脅威は去ったと言える。だが放置することはできない。どこかに封印しないといけないのだ。
「よし。一丁、新しいビッグヘッドを作ってみるか」
エビルヘッドが言った。近くにある木にエビルヘッドは口から小さな塊を出した。
それは神応石でビー玉ほどの大きさがある。
木に埋め込むと、枝から巨大な実が出てきた。その身はスイカほどに大きくなり、ぽとりと地面に落ちた。
その実はビッグヘッドへ変わっていく。脚は映えておらず、蛇の様なしっぽがにょろりと出ていた。
「こいつはネクロヘッドと名付けよう。よいかネクロヘッドよ。お前はこの石櫃を護るのだ。やり方はお前の自由にしていい」
「はぁい! わかりました!!」
ネクロヘッドは敬礼した。ネクロヘッドの身体は酒樽並みに大きくなる。石櫃を持ち上げるとそのまま北へ向かう。
のちにネクロヘッドはエカテリンブルグで塔を作った。護衛には死人を連想するゾンビヘッドやスケルトンヘッド、無数の虫の群体であるゴーストヘッドを生み出したのだった。
☆
黒夫は思った。自分は弱すぎる。なんで弱いんだと自問していた。
やはり生まれつきの才能が物を言うのだろうか。恐らくそうに違いない。
黒夫は弱っていた。自分より強い相手と戦って負けた。さらに強い羅漢がそいつを倒す。なんとも惨めな気分になってきた。
彼は一族の代表としてここに来ている。それなのに自分はまったく活躍できていない。同じ別の部族代表である亥吃豆は手柄を立てている。彼も特別な力を持っていた。龍七海も同じである。
ああ、むかつくな。なんで俺の思い通りにならないんだよ。まったくむかつくな……。
黒夫は負の連鎖に囚われていた。誰に慰めてもらっても聞く耳持たない状態である。
「ちょっといいですか?」
突然声をかけられた。それは帽子をかぶりコートを着たネズミであった。二メートルほどの高さだが、顔がまるっこくて可愛らしいのが不自然である。
「お前は誰だ?」
「私はガリバーと申します。あなたは自分の無力さに悩んでおりますね。私はあなたに力を与えることができるのですよ」
「見返りは何だ?」
当然だがうまい話などあるわけない。黒夫は焦っているが、まだ理性はある。
するとガリバーはぼそぼそと黒夫に耳打ちした。
「―――!? それは本当なのか!!」
「本当です。あなたに力を与えることは、我々にとって都合がいいのですよ」
黒夫は真面目な顔になる。ガリバーも真顔だ。
「……わかった。あんたの提案を飲もう」
「交渉は成立ですね。今からあなたに力を与えましょう」
ガリバーはコートから何かを取り出す。それは白い石であった。
「これはトリディマイトでできたものです。こいつは神応石の力を増幅させるのですよ」
「それもあんたらの研究の成果なのか」
黒夫の問いに応えず、ガリバーは黒夫の額にトリディマイトを当てる。黒夫の意識が一瞬に暗くなった。
バーバ・ヤーガはネイブルパイレーツの最終話に登場したキャラです。
仲間になった過程をすっ飛ばして登場させました。彼女は本編より外伝でよく出てます。
トリディマイトはブラッドメイデンで登場させてますね。
自分が書いたものとはいえ、自分が作った財産を生かせるのは嬉しいです。




