第13話 小便魔法
新年あけましておめでとうございます。レザレクションヒストリーはまだまだ続きます。ご期待ください。
「あれはよいな」
とある村の駅でエビルヘッドがつぶやいた。知らない人間が見たら家の壁に描かれた人の顔がしゃべっているように思えるだろう。そして子供は泣きだし、大人は恐怖に陥ること間違いない。
人間の頭部に手足がくっついた存在。それがビッグヘッドという種族だ。人間の手で生み出された神に挑戦した禁断の産物といえる。
エビルヘッドの言葉を耳にしたのは黒ヤギの亜人、龍羅漢だ。彼は腰巻とサンダルのみ身に着けている。鍛え上げた肉体に余計な装飾品は不要と思われた。
「あれとはなんだ?」
「決まっているだろう。今まで我々の前に立ちふさがった敵の事だ」
羅漢は思い出す。最初は草原紅牛の亜人、レッドブルが刺客として登場した。
こいつは舌を槍のように扱う、舌の槍使いであった。
次はホオジロザメの魚人、ブルースだ。こいつは即座に生え変わる歯を利用して銃弾のように歯を放出する歯の砲手だ。
最後に羅漢と子黒夫と対峙したヨーロッパオオナマズの亜人、マークだ。唇の振動を利用して暗闇でも相手の位置を把握する唇の暗殺者であった。
これは羅漢がみんなに伝えている。黒夫は落ち込んでおり、話には参加していない。
「彼らは自分の体の一部を武器にしている。儂も真似をしてみたいと思うのだ。それに他のビッグヘッドにも流用できるしな」
エビルヘッドは自分の考えを口にした。エビルヘッドは賢い。人間の脳内には砂粒ほどの大きさがある神応石からその人の人生を読み取ることができるのだ。
彼は百年近く大勢の人間の遺体を食べた。その度にその人の持つ知識を吸収していったのである。もっとも知識が豊富なだけでそれを生かす知恵はない。他の人間がエビルヘッドに質問し、欲しい情報をひとつにまとめることができる。ネットの検索と同じことが可能だと言うが、羅漢たちにはネットが何かはわからない。ただこれから行く箱舟の子孫たちはネットの発信源であるコンピューターを所持しているとのことだ。
「ビッグヘッドは人を食わないと聞くが」
「ああ、食べない。これは人間に限らず、生きている動物は食べられないようになっている。儂を作った科学者たちは、我々を人類の敵にならないよう気を使っていたそうだ。もっともこの異形の姿は到底人には受け入れられない。本当なら数十年で汚染された大地を喰らい、毒まみれの水をすすり、浄化した鉱石と水を排出した後、木に変化して世界を癒して終わるはずだった。それなのに儂はまだ生きている。これは天が儂に生きろと言っているのかもしれないな」
神の手から外れた生命だが、エビルヘッドは自分なりの人生観を持っているようだ。
羅漢はそれを羨ましいと思った。確かに自分は特殊な力を持っている。筋肉の振動で風を起こし、硬い岩や、自分より体格がある馬や牛を切り裂くことができた。
それ自体はどうでもいい。世の中には自分より不幸な人間は大勢いる。力を使えず一方的に踏みつぶされて、一生を終えるなど珍しくもない。
なら自分は何をするべきか。祖母である女巫は厳しい人間の女性だ。だが彼女は自分がやることを孫たちに見せるだけで、直接教えることはしない。
小手先の技術を教えるのではなく、強くなる方法を教えていたのだ。
人ができたのだから、他の人もできるはずだ。そして工夫して強くなる。その過程で得たものは自分だけが持つ掛け替えのない財産だ。祖父である金剛は人に教えるのが苦手である。その上唯一無二の実力を持っていた。
羅漢は自分が何をすべきか、まだ見えていない。いったいどうすれば答えが見つかるか。それは自分にしかできないことだ。
「だが敵があれだけとは限らない。チャールズ・モンローというのは残虐でえげつない人間だという。どんな手を使うかわかったもんじゃないな」
「それなのだがね」
白いノヤギの亜人が声をかけた。羅漢の祖父、金剛だ。もう六十八歳になるが老いを感じさせない。金剛力士像を連想する力強さがあふれていた。
「俺は龍京にまめに手紙のやり取りをしているがね。どうも向こうは平和だ。龍京城でも変わった様子はない。それに今までの敵はいつも堂々と前に出てきている。これも不可思議だな」
正確には二番目の刺客である肉塊のペルソナは、羅漢たちに目が触れることなく死亡している。
金剛は敵の動きがわからなかった。五十年前に戦ったときは人造人間という人間と動物を合成させた怪物を差し向けた。自身の意思を押さえつけ、思い通りに動かしていたのだ。もっともディーヴァという容姿が人間に近い人造人間に裏切られた。そのため、モンローは倒されたのである。
平気でうそをつき、約束を破る。人間として最低な人種であった。だが今回の敵はどこか違う。人造人間ではなく、世界各国で力を持つ者をスカウトしているようだ。
人間というものは行動が決まっているものだ。モンローのように天才だが幼稚な男が方針を変えるのは考えにくい。いったいどういうことだろうか……。
「考える必要はない。敵が来たら倒す。それだけでよいではないか」
エビルヘッドが言った。だが金剛は首を振る。
「それだけではだめだ。モンローの卑劣な作戦でお前さんは死んだんだぞ。考えなしに突っ込んでまた同じことを繰り返すなど、御免だからな」
話は平行線で終わった。わかっているのは、自分たちは箱舟の子孫と合流することである。彼等が自分たちと協力してくれる可能性は低いと思う。何しろ箱舟というのは科学の結晶らしい。そこで百年間も閉じこもるのだ、普通の設備では発狂するか病死するかのどちらかである。その叡智の持ち主がキノコ戦争により文明が衰退した世界に住む人間をどう思うか。
恐らく罵り合いになる可能性が高い。逆に自分たちを支配し搾取する側になるかもしれない。
不安は多いが、現地に行かない事には話が始まらない。チャールズ・モンローがどう動くかは相手が動くまでわからないのだ。
☆
「アナアナ、スタシア、アナスタシア~」
それはルサールカの亜人であった。チェリャビンクスと呼ばれた地にある駅を降りると、待ち構えていたのである。雨が降っていた。
ルサールカは緑色の髪に水死体のように肌がぶよぶよした亜人だ。見たところ二十代に見える。
「あたしはアナスタシア~。アナスタシ~ア、ニコラエヴィナ~だよ。可哀そうなロシア大公女なのさ~」
女はふらふらとした足取りであった。雨が降っているのに裸足のままである。着ている服もびしょびしょでまるで狂人の様だ。
「アナスタシア・ニコラエヴィナは一九一八年に殺された、最後のロシア皇帝ニコライ二世の四女だ。彼女の死は悲劇的であり、暗殺されたにもかかわらず生存説が流れているほどの有名人だ。ここから北方には彼女が死んだエカテリンブルグがあるスウェルドロフスクがある。そこから影響を受けたのかもしれない」
女は仮にアンナと呼ぼう。彼女はへらへら笑っており、羅漢たちを見ていない。黒夫はそれに怒って彼女につっかかろうとした。
「気をつけろ!!」
羅漢が叫ぶ。アンナはぶるぶると体を震わせた。すると股の下から湯気が出る。この女は漏らしたのだ。人の見ている前で催したのである。
ところが黒夫が彼女をつかみかかろうとすると、水たまりから何かが発生した。それは霧であった。たちまち霧は周囲を覆いつくす。彼女は何をしでかしたのだろうか。
「スタシアシア。これがロシア大公女の持つ、唯一無比の技。小便魔法よ。わたくしの小水は霧となり、自在に操れるの。もうあなたたちはおしまいなのよ。偉大なるチャールズ・モンローとスプーキー・キッズの恐ろしさを抱いて死になさい!!」
霧は黒夫の鼻と口を塞いだ。圧倒的な霧に黒夫は息ができず窒息しかける。
羅漢も筋肉を振動させて風を生み出した。だが霧は一旦吹き飛ばしても、今度は羅漢の足元に水が蛇のように絡みつく。恐らくアンナの小水が混じった水だろう。
彼女の小水は他の水と混ざることで化学反応を起こしているのだ。その一方で自在に水を操れる。これは恐ろしい力だ。
「羅漢!!」
金剛が叫ぶも彼等はすでに霧の中だ。小便でできた霧は不潔に思えるが、今はそれを考えるべきではない。頭のおかしい女は小便を操る魔法使いなのだ。英語なら小便の魔術師と呼ぶだろう。
羅漢はすでに水によって拘束されていた。筋肉を振動させてもまったくちぎれない。お手上げである。
アンナは再び小水を漏らす。今度は小水を自分の手で受け止めた。すると小水は雨を吸収し鋭い剣へ変化したのである。
「さて死んでもらいますか」
黒夫はすでにアンナによって倒された。頭を踏みつけられている。金剛たちも助けを期待できない。エビルヘッドもだ。これほど手ごわい敵は初めてだった。
「ああ、これで終わりか」
そう思った瞬間、何やら奇妙な音が聴こえた。これはヴァイオリンの音である。
「カチューシャに似ているな」
エビルヘッドがつぶやいた。カチューシャとはロシアで有名な曲だ。だが拙く子供が悪戯で弾いているようにしか聴こえない。
するとアンナの身体が何の前ぶりもなく凍りだしたのだ。
「えっ? えっ、えええええええええっ!!」
アンナは絶叫するが、身体は凍り付いていく。最後は立派な氷像になってしまった。敵はあっさりと片付いてしまったのである。
羅漢は自由になるとアンナの背後に一人の女が立っていた。人間の女性だ。
髪は赤味がかかった金髪で十代後半の少女であった。白いボロボロのドレスを着ており、裸足である。手にはヴァイオリンを持っていた。
そして少女は羅漢を見てこう言った。
「あなたは私の演奏を聴きに来たのね」
舌の槍使いや、歯の砲手、唇の暗殺者は意図的にマッスルアドベンチャーに出てきたビッグヘッドをモデルにしております。
こちらはラードアルケミストを意識しておりますね。




