第11話 唇の暗殺者
「マークだって? 随分行儀のいい男じゃないか」
黒ヤギの亜人、龍羅漢は思わずうなった。今までの敵はどこか粗暴な男が多かった。草原紅牛のレッドブルやホオジロザメのブルースなど自己主張が激しかったのだ。
それなのに目の前に立っているヨーロッパオオナマズの魚人の丁寧な態度は拍子抜けもいいところであった。
こんな堂々と出てきていいのか?」
ナミチスイコウモリの亜人、子黒夫が尋ねた。
「構いません。モンロー氏からはあなたたちの抹殺を命じられましたが、どのように行うかは注文されておりません。なのでわたくしのやり方でやらせていただきます」
どこまでも丁寧な男だ。思わず感嘆する。
「……先ほど現れた小人とはどんな関係だ?」
「関係も何もわたくしと彼は先ほど初めて出会いました。わたくしは他にどんな人間がいるかわかりません。すべてを知っているのはモンロー氏だけでしょうね。わたくしを捕縛して拷問にかけてもあなた方が望むような情報は得られないと忠告しておきます」
あまりにも慇懃無礼な態度であるが、どこか迫力があった。小人に関しては初対面らしい。恐らく小人が先走ったため、その様子を見るために捨て石にしたというところか。
「……昨日、村では老人たちの死体が発見された。お前の仕業じゃないだろうな」
羅漢がマークに訪う。マークは答えなかった。
しかし羅漢はそれで推測した。答えないことは肯定しているのと同じだ。
「……お前みたいなやつがモンローの手先とはな。まったく世の中はどうかしているぜ」
「わたくしは別に彼の手先ではありませんよ。仕事をしてほしいので雇われただけです。わたくしは人とはちょっぴり違う力を持っていますので」
「人とは違う力だと?」
「はい。あなた方のように筋肉の振動で風を生み出すとか、その手の類ですよ」
やっぱりなと羅漢は心の中で考えた。この男がどんな力を持つかはわからない。しかしこうして堂々と出てきた以上、その力は単純なものかもしれない。つまり人に見られてもすぐに対処できるわけではないのだ。単純であればあるほど凡性が高い。殺傷能力は低いかもしれないが、逆にそれが危険な場合もある。羅漢はマークの警戒心を高めた。
「待て。ここは私が出る」
黒夫が前に出た。彼はやる気だ。
「……あなたではだめです。あなたの名前は?」
「黒夫だ。なぜ私はダメなのだ。どうせお前の仕事は我々の抹殺だろう」
「そうですが、わたくしはあなたと戦えません。だってあなたは人を殺したことがないでしょう?」
マークの言葉に黒夫は吃驚する。マークの表情は変わらない。
「人を殺したことのないあなたを殺すのは、ただの人殺しです。わたくしはあえて正々堂々と戦い、相手を殺すのです。対等な形で勝負することでわたくしの心は強くなります。羅漢殿は先ほど人を殺しましたが、動じる様子はない。ですがあなたは明らかに動じていた。なので帰って結構です。急いでわたくしのことを他の皆さんに伝えてください」
マークの声色に小馬鹿にした感じはなかった。心からの言葉だった。この男は自分たちを殺しに来たにも関わらず羅漢だけと戦い、黒夫を見逃すと言ってきたのだ。
「ふざけるな!! この私がお前如きに負けるわけがない!! モンローの手先は死んでもらう!!」
黒夫は走り出した。先ほどから話をしていたが、周囲は真っ暗だ。森の木々すら見えにくい。下手をすれば頭を打ってしまいそうだ。
だが黒夫は平気だ。口から出る超音波により、彼は暗闇の中でも障害物の位置がわかる。マークは呆れながらも黒夫の相手をすることにした。彼は唇をプルプル震わせる。闇の中にぴちゃぴちゃと不快な音が響いた。
「居場所を教えるとは舐められたものだな!!」
黒夫は子一族でも下っ端だった。蝙蝠の亜人ゆえに鳥か動物かはっきりしないといじめられていた。だからこそ黒夫は厳しい特訓に耐えた。真冬のサバイバル訓練も進んで参加した。自分は馬鹿にされてはいけない。家族も馬鹿にされるからだ。そしてこの旅を無事に終えれば一族の地位は上がる。自分も出世できるのだ。そう思えば人を一人殺すなど朝飯前でなくてはならない。
「甘い!」
黒夫の鼻が砕けた。マークの右拳が黒夫の鼻に叩いたのだ。黒夫の鼻は低いので思った以上の衝撃はない。しかし超音波を出していたのに当てられたため、周章狼狽する。
「甘いですよ。わたくしの力は唇の暗殺者といい、唇の振動で音波を出し、それで暗闇の中でも障害物を察知できます。ですがそれだけです。最後に頼りになるのはこの拳だけなのですよ」
黒夫は話を聞いていない。マークの言葉は耳に入っていないのだ。ただ頭の中には怒りが沸き起こり、マークに対して殺意が膨れ上がっていた。
「きぇええええええええええええええ!!」
黒夫は再び走り出す。今度は森の木を蹴り飛ばし、でたらめに空を飛んだ。黒夫の身体は軽く、木の幹を蹴ることで小動物のように飛び跳ねることが可能だ。
羅漢も暗闇で見えないうえに動きが読めていない。
「やれやれ、子供の遊びですね」
今度は黒夫の首筋に手刀が決まった。げほっと黒夫はせき込む。ばたりと地面に墜落し、大の字に倒れた。
「うぐぅ、ぐがぁ……」
頭が朦朧としてくる。いったい何をされたのか理解できなかった。マークは黒夫の頭を踏みつける。べきっと嫌な音がした。頭を踏みつけられ黒夫の意識は飛んだ。
「さて子供のお遊びは終わりました。今度こそあなたを相手します」
「黒夫を、殺さないのか?」
「所詮子供の悪戯です。いちいち気にしてはキリがありません。あなたを殺すことがわたくしの使命ですからね」
「それは立派な心掛けだ。しかしあんまり相手を舐めるのも考え物だぞ。もしかしたら黒夫が起き上がるかもしれないだろう」
「その時はその時ですよ。彼が起き上がりわたくしの背中を襲っても、それは覚悟しております。わたくしは正々堂々と戦いますが、あなたはどんな手を使ってもいいのです。わたくしのような人間こそ、異質だと思うべきでしょう」
どこまでも私情を挟まず淡々と述べている。羅漢は逆にそれが怖いと思った。相手が卑怯な真似をしても堂々と討ち果たす。この男はずっとそれをやり続けたのだ。
唇の暗殺者と名乗ったが、恐らくは昼間でも堂々と戦っていただろう。たまたま自分たちが夜中出歩いていたから接触してきたにすぎない。
「たまらぬなぁ」
思わず羅漢の口から洩れた。
龍京でもこのような男とは出会えなかった。自分の強さに惚れて取り巻きになる連中が多かったのだ。もちろんコバエの様な者たちを周りに置くつもりはない。殴って追い払った。それでもついてくる人間は多く、羅漢はそいつらの根性だけは認めていた。
「たまりませんね」
マークの口からも同じ言葉が洩れる。暗闇で見えにくいが恐らくは笑っているかもしれない。自分が望んだわけではない力に振り回され、さりとて開き直れるほど素直ではなかった。自分の力を使いこなす。ただそれだけのことだがとても難しい。
その難問をあえて挑戦する。今までの人生でこれほど満ち足りた状況はそうなかった。
多分、自分とマーク、どちらかが死ぬ。両方が生き残って仲良しになるなどありえない。これは殺しあいなのだ。
殺しあいなのにまるで濃厚な愛の時間を過ごしている気分になる。広い世界で初めて小指と小指に赤い糸で結ばれた運命の恋人と出会えた気分だ。
そして最高の時が今始まる。ベッドでの睦言以上の絶頂を得られるのだ。
二人の距離は長い。五メートルほど離れている。距離的には羅漢の方が有利だ。筋力で発生する風は射程距離が長い。
しかしマークの腕は侮れない。例え距離が離れていようとも何の慰めにもならないと思っている。
技を発動して生き残るのは誰か? それは瞬きをした瞬間に終わっていた。
羅漢の顎が撃ち抜かれた。歯が折れて、ぺっと歯を吹き出す。脳が揺れて、膝をついた。
マークの射撃のように早い拳は一瞬のうちに相手の懐に踏み込んだのである。
一方でマークの胸元には風穴が空いていた。羅漢は大胸筋を振動させ、小さな竜巻を生み出していたのである。その竜巻はマークの胸を貫いたのだ。
「……見事です」
マークはにやりと笑みを浮かべると、どばっと血を吐き出した。そして倒れそうになると、前のめりになって地面に倒れた。
羅漢も顎をやられたために立ち上がることができない。紙一重の勝利であった。
☆
朝になると迎えが来た。正確には宿に羅漢と黒夫がいなかったので探しに来たのである。
羅漢と黒夫は気を失っており、マークは死んでいた。エビルヘッドはさっそくマークの遺体を食べる。
マークは蟲人王国出身であった。被爆湖の近くにある村に住んでいたが、力によって迫害されていたのだ。そこにモンローがやってきて自分の手先にならないかと誘われた。マークは迫害されても腐ることなく自分の体を鍛えていたのだ。
それをエビルヘッドから聴いた羅漢はつくづく惜しい相手を無くしたと思った。
その一方で黒夫は腐れていた。自分の力が及ばないことに腹を立てていた。マレーグマの亜人、龍七海は慰めようとしたが、亥吃豆に止められる。下手な慰めは相手を余計にみじめにさせるだけだと。
旅はまだ続く。これから巻き返せばいいだけの話だとも付け加えた。
今回は夢枕獏先生みたいな感じになった。




