第3話 お熱いのがお好き
「いったい、お前は何者だ?」
村の広場で、ノヤギの亜人である龍英雄は、巨大な人間の頭の怪物に質問した。
すでに雲は分厚く真っ黒だ。雪もちらちらと降ってきている。英雄の後ろには弟でパンダの亜人である虎鳳を始め、村の子供たちが眺めていた。全員、異形の怪物を恐れているが、あまり動じていない。むしろ自分たちの方が異形である自覚がある。
怪物を責めないのは、同類と思っているのかもしれない。
「……名前はないです。でも、なんて呼ばれていたかはわかります。ぼくはビッグヘッドと言います」
「ビッグヘッド……。英語か。この国の言葉なら大頭だな。お前はアメリカから来たのか?」
「違う……。ぼくを作ったのは日本人だ。ぼくは遺伝子操作で産まれた存在なんだ……」
英雄は驚いたが、虎鳳たちは首を傾げていた。英雄は士官学校で遺伝子操作の話を聞いたことがあるが、村の子供たちは精々文字の読み書きとソロバン、龍一族の歴史しか知らないのである。
「ほう、日本人によって作られたのか。彼らは技術力だけは世界一だからな。なんでお前は作られたんだ?」
「放射能を除去するためです。1945年の日本共和国はかつて疲労島と詠崎で核爆発が起きた。当時はアメリカやイギリスなどの連合軍と戦争していて、ドイツと同盟を結んでいて、核兵器の研究が続けられたんだ。
でも制御できなくて爆発事故を起こしてしまい、何十万の命が失われたそうです。戦後、日本は連合国に取り込まれた。放射能汚染を除去するための研究を強いられたそうです。
その結果がぼくなのです」
大頭はよどみなく答えた。なぜこいつはこんなにも詳しく話せるのだろうか。
虎鳳たちは大頭の話がちっとも理解できなかった。逆に英雄は歴史の勉強をしていたのでよくわかる。
英雄は胡散臭そうに大頭をにらみつけるが、大頭は話を続けた。
「ぼくは本来、ぺらぺらしゃべるようにできていないんだ。本当のビッグヘッドは植物の遺伝子を組み込まれた存在で、放射能に汚染された土や金属を食すのです。その際に頭の中にある複数の胃で分別されて、涙膜に包まれて鉱石を排出するのです。そして半年後には木に変化します。オスの場合は木材になる杉や樫になり、メスは栗やクルミなど食べられる木の実をつける木に変化します。遺伝子設定では五年も経てば、二億本の木になり、森になるのです。もっとも微生物も殺しているので、森の手入れは必要ですが……」
「大頭がどんなものかはわかった。だがお前がしゃべる理由はまだじゃないか」
英雄が急かした。だが大頭は身体を揺らす。おそらく首を傾げる仕草だろう。
「それがぼくにもわからないのです。ぼくたちはただ汚染された無機質を食べることだけを命令されているのです。ぼくの仲間はすでに木に変化しました。でもぼくだけは半年経っても木に変化しないのです。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「ぼくの頭には複数の人間の記憶があります。さらにその人たちの見た光景が浮かぶのです。そこには広い砂漠をラクダで駆け巡り、厚手の衣装を着て、矢を放っていました。さらにそこのあなたみたいな服を着た人が、銃を持って乱射し、大勢の人を殺しました。もちろん一方的ではなく何人かが矢が刺さって死んだようです。そして死んだ人々はまとめて砂漠に埋められました。ぼくにはその人たちの記憶があるのです」
虎鳳たちは大頭の話についていけなかった。英雄も話半分は理解していないが、大頭の最後の話に心当たりがあった。
それは三十年前に起きたラジジャン一族と帝国軍の戦いに酷似しているのである。
ラジジャン砂漠は現在ではゴミ捨て場として活用されているが、かつては砂漠の民が平和に暮らしていたのだ。
だが皇帝の命令で砂漠の民を追放することにした。それに反発した彼らはゲリラ戦を行ったのだ。
帝国軍はしびれを切らし、機関銃で虐殺することにしたのである。もちろん一方的に殺されたわけではなく、砂漠の民の弓矢の腕で撃ち殺され、罠に引っかかり死んでいったのだ。
その死体は無造作に砂漠に埋められ、墓も作られずに放置されたという。
龍一族はこっそりと墓を作り、手厚く葬ったという。彼らの位牌は今でも長の家に備えられていた。
「……お前の話は過去に起きたラジジャンの殺戮と同じだ。お前はなんでそれを知っているんだ?」
「なぜ知っているのか、ぼくもわからないのです。そもそもぼくには仲間はいない、ひとりぼっちなのです。いったいぼくはなんで生まれたのかさっぱりわからないのですよ」
大頭は涙目になっていた。英雄は改めてこの怪物を見る。歪んだ顔は人に嫌悪感を抱かせるが、大頭自身は素直そうな人柄だ。
自分が何者かわからない。自分の立ち位置が見えない。その不安は他人には理解できないだろう。
英雄も同じだ。なぜ自分がノヤギの亜人に変化したのか、さっぱりわからない。
本当ならわが身に起きた異変に悩むのが普通だが、弟たちが心配でそれどころではなかったのである。
自分に起きた出来事より、弟たちを守らねばならないという使命感が不安を上回ったのだ。
大頭はぷるぷると震えていた。本当は不安で仕方ないようだ。それがわかると大頭のことを恐れなくなった。彼も自分が守るべき存在だと思った。
「とりあえずお前が何者かは保留にしておこう。今は迫りくる核の冬のために冬ごもりの支度をしなくてはならない。ところで胖虎たちはどうなった?」
「まだ帰ってこないよ。でも村は出ていません。家から使えるものを集めているようだね。哥哥に頼ればいいのにね」
虎鳳が含みのある言い回しをした。大人が死に絶えたから一丸とならなければいけないのに、なんでいがみ合うのか理解できなかった。
「しょうがないよ。胖虎たちにしてみれば俺は田舎暮らしを嫌って都会へ逃げた人間に見えるのだろう。だが向こうが協力を求めればそれにこたえよう。さあ、仕事の始まりだ」
英雄はみんなに指示をした。集められた死体を子供たちに指示しながら解体していく。そして塩漬けにして甕の中に入れて保存した。
他にも野菜などの保存食を集めていく。村にはいざという時の為に豆や漬物などの保存食を作って貯めているのだ。
英雄は自分の家を改造した。冬を備えるために炭を用意し、壁を厚くした。
他にも防護のための柵を立てていく。士官学校で習ったものだ。
雪はどんどんと積もっていく。大頭はゴミを食べていった。ビッグヘッドはゴミを食べて分別する能力がある。水銀などの毒性物質が含まれても平気だという。
処理が難しいごみはすべて大頭に任せた。
英雄は虎鳳に命じて子供たちを指示させる。今のところ自分が一番知識を持つが、いざというときに自分の代わりができる人間は欲しい。そのため士官学校の教本を使って、子供たちに教えるつもりだ。
瞬く間に一週間が過ぎた。外は冬に突入しており、雪が積もっている。英雄はトラックで出来るだけ近くの村を回った。大雄とともに大頭も一緒だ。
大半の村では大人が死亡しており、子供だけが生き延びていることが多かった。大人が外で働いて子供が家の中で遊んでいたためかもしれない。
結果、村には胖虎を含め、二四人の子供たちが集まっていた。
全員が亜人に変貌している。話を聞いた限りでは、虎鳳と同じように死を恐れ、動物に変化したいと願ったそうだ。
それを聞いて英雄は首を傾げる。いくら核戦争が起きたからと言って人間がそろって亜人に変化するのだろうか。
大頭は村のごみを食べていく。必要な物資をトラックに積み、子供たちも保護していった。
ところがとある村でひとりの女性と出会う。
名前は雪花といい、ユキヒョウの亜人だ。
年齢は一八歳で村長の娘だという。彼女は当時家の中で仕事をしており、難を逃れたのだ。
他に月花という12歳の妹がおり、こちらは白いイエネコの亜人である。
「ああ、なんということでしょう。私のように人外に変貌した人と出会えるなんて」
「自分だけではありませんよ。これから行く村はあなたのような人がたくさんいます。さぁ、まいりましょう」
しかし雪花は断った。村に行くことを拒否していない。あくまで村の片づけをしてから向かいたいとのことだ。
英雄はごもっともだと、大雄と大頭に銘じてゴミの処理と人肉加工に勤しんだ。大雄も慣れたもので、死体をちょいちょいと解体していく。
大頭もゴミを食べていき、処分していった。一日中仕事をして大雄は寝てしまった。
大頭は眠る必要はないが、大雄を守るために民家の一つを借りたのだ。
「英雄さんは軍人様なのですか?」
「いいえ、まだ入隊しておりません。今回は故郷に帰って家族に挨拶するだけのつもりでした。しかしこのような事態に巻き込まれるとは、不運ですね」
「不運というより、悪夢としか言えませんわ。なぜ世界のお偉いさまは核戦争など起こしたのでしょう。世界中で核ミサイルが発射されたら世界が滅ぶというのに」
雪花は都会の学校を出ており、知識がある。核の恐ろしさは十分理解していた。
「いえ世界はすでに滅んでいるでしょう。自分たちの行為も結局は無駄に終わるかもしれない。だが最後まで悪あがきをするつもりです」
雪花はうっとりとした表情で英雄を見ていた。完全に恋する乙女の目だ。
彼女は英雄にしがみついた。彼女は今まで自分がしっかりしなければならないと気を張っていた。
英雄も彼女の気持ちに気づいている。同情かもしれない。なぜなら自分も孤独なのだから。
「ああ、あさましいと思わないでくださいまし。わたしはもうひとりは耐えられません……」
ふたりは家の奥に入った。暗闇はふたりを大胆にしたことは言うまでもない。