第10話 闇の底から
「いったい誰の仕業だろうな」
ナミチスイコウモリの亜人、子黒夫が朝餉の時につぶやいた。
ここは食堂で彼らは集まっている。主に粥や野菜炒めであった。
今朝、村の老人たちが死体となって発見された。龍京に恨みを持っていることは周知の事実であった。特に何かされたわけでもないのに。逆恨みを抱いていた非生産的な集まりに過ぎなかった。
それが互いに鉈を振るい自滅したように倒れていたのだ。
しかし黒夫は疑問を抱いていた。この手の人間は仲間意識が薄いにしても集団での弱い者いじめに関しては一致団結する性質がある。
そんな人間が意味もなく仲間割れするとは思えない。何者かの手で殺されたとみて間違いないと思っている。
黒夫の勘は外れたことがないという。蝙蝠の亜人ゆえに疑われることが多いため、逆に人を疑うことに長けてしまったのだ。黒ヤギの亜人である龍羅漢は素直にその才能を認めている。
「誰だろうが関係ない。どうせモンローの手先なら俺たちの迷惑など考えずに襲撃するだろうさ」
羅漢は粥を食べながら答えた。この件はモンロー率いるスプーキー・キッズらしくないのだ。草原紅牛のレッドブルや、ホオジロザメのブルースは自分たちの前に立ちふさがった。
なのに自分たちではなく村のはぐれ者を手に掛けたのは腑に落ちない。もしかしたら関係ないのかもしれない。
「まったくチャールズ・モンローは厄介極まりないですね。世界を滅ぼした挙句、死んでも他人に迷惑をかける。生まれてきて世界の人々に生まれてきて御免なさいと謝罪するべきですね」
金華豚の亜人、亥吃豆も愚痴をこぼした。彼にとってモンローは寝物語でしか聞いたことはないが、実際に自分たちへ被害が及ぶとは思いもよらなかった。
「あら、私は疑問に思っているわ。あなたたちにとってモンローは悪魔かもしれないけど、ニューエデンではヒーローとして扱われているのよ。もっとも亜人だけに好かれているけどね。人間は例外なくモンローを忌み嫌っているわ。特にニューエデンの西部ではモンローの悪口を言えば住民が棒を持って襲ってくるから注意が必要よ」
「私たちはニューエデンなる国に行く予定はありませんがね。いったいモンローは何者でしょうか」
マレーグマの亜人、龍七海がモンローを擁護すると、吃豆はやれやれと首を振った。吃豆は七海の話を信じている。彼女は実際に現地の空気を吸っているのだ。鳳凰大国しか出たことがない自分が否定する気はない。だがモンローは龍京において忌み嫌われた存在だ。その一方で遠い国では劇の武生のように扱われている。まるで同じ人間が二人いるように思えた。
☆
朝早く、列車は出発した。景色は麦畑しか見えない。遠くではヤギ牛たちを使って農作業をするヴォジャノーイの農夫の姿が見えた。
ここまで畑を広くなるとは羅漢は驚いた。ヒュー・キッドという人間は相当なものを感じられる。なんでも彼は猫の頭に赤いマントを翻して空を飛ぶそうだ。人間の体内にある磁力を利用しているという。自分の持つ筋肉の力より便利な力だと思った。それを正しい道筋で使うこと自体、自分には真似できないと自覚している。
この旅で得たいのは自分の力を活殺自在に操ることだ。生まれつき恐ろしい力を持つ者はこの世界では履いて捨てるほどいるのだろう。自分はまだ龍京の元大臣、龍金剛の孫だからまだ非難の目は少ないのだ。そうでなければ自分は石を投げつけられる痩せた野良犬として扱われていたはずだ。
もっとも羅漢は自覚していないが、彼には人を引き付ける魅力がある。金剛の孫でなくても彼は武生となっていただろう。それはまだわからない。
その日はまったく襲撃がなかった。最初の駅にたどり着き、昼食を取ったが静かなものだ。
そして二番目の駅に着いてもまったくない。だが羅漢たちは油断しない。気を緩めた時に凶手が来るのは常套句だからだ。
その日の夕餉も終わり、宿へ戻る。しかし羅漢と黒夫が夜の道を歩いていた。この二人が一緒でいることは珍しい。大抵は三人以上で行動しているからだ。
そもそも黒夫と吃豆は龍一族ではない。彼等はこの旅で出世して一族の地位を上げたいのだ。かといって龍一族である羅漢に対して含むものはない。目先の事より未来を見ているのだ。もっとも黒夫と同じ一族の者は羅漢の悪口を声高々に叫ぶ者もいた。そういった人種には任せることはない。最後まで黒夫に対して不平不満を叫んでいた。
「寒いな。体が冷える。龍京以外の夜は新鮮だな」
「ああ」
「ここ数日の間だが世界の広さを実感したよ。龍京の中だけでは味わえない土に風、様々な料理を舌鼓する。鎖に縛り付けられた心が解放された気持ちだな」
「よくしゃべるな。お前さんは無口で不愛想だと思っていたよ」
「その通りさ。私はあまり人と話すのが苦手なんだ。だが旅の恥は搔き捨てというか、開放的になっているだけかもしれないな」
周囲は何もない。駅の周りはビッグヘッドによる森ができていた。二人は森の中を意味もなく歩いている。決して二人は如何わしい中ではない。実を言えば誘っているのだ。
相手が襲ってこないなら自分たちがおとりになるつもりでいた。
黒夫は蝙蝠の亜人だ。蝙蝠は暗闇の中でも平然と飛べる。超音波を発しし、障害物を探知するのだ。黒夫も同じような能力を持つ。
暗闇の中でも黒夫なら相手にできるのだ。羅漢も闇討ちに慣れている。もし相手が自分たちではなく七海を狙ってきても、金剛がいる。何も心配はない。
「えっへっへ……」
森の中から声がした。羅漢は声を出さず相手の位置を探る。だが黒夫は首を傾げた。先ほどの声は聞き覚えのある声だったからだ。
「……まさか、小人なのか?」
黒夫がつぶやいた。それはネズミの亜人であった。どうやら黒夫の知り合いのようである。
「えっへっへ。そうだよぉ、俺はなぁ、お前が許せないんだよぉ。なんでお前が選ばれてんだよぉ……。選ばれるのは俺のはずだろぉ……」
小人と呼ばれた男はぶつぶつとつぶやいた。どこか魂が抜けているような気がした。
「こいつは誰だ?」
「私と同じ子一族の人間だ。長の息子だが、今回の旅に同行できなかった。恐らく身分が低い私が選ばれたことを根に持っているのだろう」
羅漢の質問に黒夫が答えた。黒夫は本来身分が低く、下働きで一生を終えるはずだった。それを金剛の妻である女巫が彼の才能を見抜き、引き取って教育したのである。
今回の旅は最初から黒夫を加えることが決まっていた。長が訴えたところで息子の小人が選ばれるはずがないのだ。
「えっへっへ……。俺はなぁ、恥をかかされたんだよ。お前みたいな蝙蝠が、うちの代表になったことで俺は一族の連中に馬鹿にされたんだよぉ。こんなことが許せるかぁ、許せるはずないだろぉ!?」
小人は吠えた。彼は狂っていた。逆恨みを抱いてここまで来たのだ。
「俺はなぁ、あるお方から力をもらったんだよぉ。チャールズ・モンローと名乗っていたなぁ。あいつのおかげで俺は最強の力を手に入れたんだぁ!!」
小人の身体が膨れ上がった。羅漢並みに筋肉が大きくなった。口から涎をたらし、息苦しそうに息を吐いている。まるで山の精だ。
小人は右腕を振るう。木が数本なぎ倒された。それを見て小人は高笑いをした。
「えーっへっへっへ!! どうだぁみたかぁ!! 俺様の偉大な力をォォォ!! 黒夫はおろか、龍一族も踏みつぶしてやるぜぇぇぇぇぇぇ!!」
小人はげらげら笑っている。それを見て羅漢は悟った。昨日の件はこいつと関係ない。こんな騒がしい男が静か出来るわけがないのだ。
「……ふぅ、こいつを始末していいのか?」
「構わない。どうせ無断で村を出たんだ。殺されても文句は言えないな」
羅漢が尋ねると黒夫が肯定した。小人は彼らの態度に苛立った。なんで自分を恐れないのか理解できなかった。なので腹が立って仕方がない。早く相手を踏みつぶして殺したいと思っている。
「てめぇら、無視するなぁ!!」
小人が右拳を振るう。しかし羅漢は動じない。
ばぁんと大きな音が響く。それは羅漢を殴られた音ではなかった。小人の右拳が砕け散った音だった。
「へ? えええええええええええええええええ!!」
小人が泣き叫んだ。拳が潰れて正気を失っている。なんで自分がこんな目に遭うのか小人には理解できなかった。いや理解しようとも思わないのだ。
「ぐがががががっががががっが!! 殺すぅ、殺してやるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
もう小人の正気は失っていた。白目を剥き、黒夫たちに対して牙を剥いた。
「べべべ!!」
小人の身体が砕け散った。羅漢の筋肉の疾風が歪な怪物を倒したのだ。
「弱すぎるな。こいつがモンローの手先にしても弱すぎる。黒夫はどう思う?」
「正直、小人は長も手に余っている。羅漢が殺したと言われても感謝はしても非難することはないだろう」
黒夫が吐き捨てるように言った。相当に小人を嫌っているようである。実の父親でさえ息子の死を望むほど嫌われているようである。
「さて、こいつは前座だろうな。さあ出てきてもらおうか!!」
羅漢が叫んだ。墨のように黒い闇の中から何者かが出てきた。
それはナマズの亜人であった。ナマズの亜人はひたひたと歩いてきた。
「初めまして。わたくしの名前はマークと申します。チャールズ・モンロー率いるスプーキー・キッズの一人でございます」
マークはぺこりと頭を下げた。
マークは1972年にアメリカで起きたウォーターゲート事件の内部告発者、ディープ・スロートの正体であるマーク・フェルトがモデルです。
2005年に当時のFBI副長官であったマーク・フェルトが明かしました。
まあ、ナマズと関係ないし、名前だけですけど。




