第7話 ペルソナ
「ふむ。中々奇麗なものだな」
龍羅漢は感心した。彼がいるのは村にある食堂だ。木造建てで百人ほど軽く入れる施設である。木の香りが漂い、床には塵一つ落ちていない。窓はガラス窓で、太陽の日差しが差し込んでいた。
丸太で作られたテーブルに、椅子がずらりと並べてある。テーブルの上には魚醬や塩を入れた小瓶が置かれてあった。厨房らしい場所では白いエプロンを着た亜人たちが調理に勤しんでいた。
他にも壁際には小棚があり、花瓶や人形が飾られている。なんでも流れの旅人からもらったものらしい。
「ここは賢人が指示して作らせた食堂だ。奇麗なのはアマテラス皇国のやり方を真似しているという。なんでも整理整頓することで仕事の能率が上がるらしい。実際に村でも同じことをさせたら、能率が上がったそうだ」
羅漢の祖父、金剛が説明した。働いているのは十代前半の娘がほとんどだ。厨房は中年女性が多い。
男たちは駅で働いたり、畑仕事をしていた。
「昔は掘っ立て小屋しかない村だったが、賢人が指導したおかげで人間らしい村ができた。まあ亜人だけなんだけどな。なんでも村に来たときは余所者に対して反発したが、力で押さえつけたら従順になったそうだ。やはり亜人は殴り合えばわかりあえるものだな」
「そうですね。逆に人間は諦めが悪いです。言葉ばかり着飾り、現実を見ようとしません。さらに自分が気に食わないことを同意するものを寄ってたかっていじめるし、呆れて物が言えませんね」
金剛の言葉に、マレーグマの龍七海が同意する。七つの海を駆け巡った彼女は亜人と人間を余すところなく見てきたのだ。言葉の重みが違う。
「ですがこの村では問題が起きているようです」
金華豚の亥吃豆が口を挟んだ。なんでも村では殺人事件が起きているという。とある寝室で人が喉笛を掻き切られて、死んでいるのを一緒に寝ていた女房が見て腰を抜かしたそうだ。
殺されたのは全部で三名。どれも村では英雄神を崇めることに反発していたという。反発と言っても村人全員が英雄神の木彫りの彫像を崇めることを小馬鹿にしていたくらいだ。龍京から来た兵士が怒鳴れば素直に従っている。どうしても殺されるような人間とは思えない。
「……その話、放置すれば爆発するぞ。今では素直に従っていても、うちらが暴力を振るって改築させた事実は変えようがない。英雄神を馬鹿にしたものが殺されるなら、いずれ村人がブチ切れるのも時間の問題だな」
羅漢がため息をつきながら言った。羅漢は傾奇者に近いが頭は良い。村の様子を見て不穏な空気が漂っていることを察している。
「それですよ。ですが村人が犯人とは思えません。彼等は龍京のおかげで豊かな生活ができるのです。わざわざ敵対して全滅にされる危険を冒すなどあり得ませんね」
「だが亜人も人間も感情で動く場合がある。そういった奴がどう動くか、簡単に想像できるな」
吃豆の言葉に対して、羅漢は反論した。世の中規律や法律よりも感情を優先にする愚者は多い。羅漢はそういった相手を沢山相手してきた。だから吃豆の楽観的な意見に賛同できないのである。吃豆も羅漢の言葉に納得していた。
「ですから犯人を捜す必要があります。恐らく相手はレッドブルが口走っていたスプーキー・キッズなるものの仕業でしょう。そいつらを見つけねばなりません」
「だが余所者がいれば気づくだろう。龍京は何万人とごった返しているが、この村は管理されている。簡単に余所者は入れないだろうさ」
「そうみたいですね。ですがアライグマといった害獣が侵入することがあるみたいです。さっきも家の陰でアライグマが頭を出してましたから」
羅漢たちは頭をひねっていた。とりあえず出された食事をとり、宿で一休みすることにした。本格的に休むのは二番目の駅村だ。
☆
(ケケケケケ……、金剛たちが来るとは運がいいぜ)
人形がカタリと動き出した。ギョロギョロと目を動かしている。なぜ無機質である人形が動くのか。答えは中身にあった。
人形の中には不気味な腫瘍が蠢いている。これは本来双子の兄弟をして生まれるはずだったものが、もう片方に栄養を吸収され人面瘡となったものだ。
そいつが中で糸を操り、人間のように動かしているのである。
名前はペルソナと言う。ラテン語で仮面を意味するが、様々な人形に乗り移っては悪事を重ねていた。
ある日、チャールズ・モンローと名乗る男と出会った。その男は全身が銀色で人間には見えなかった。しかし、圧倒的な力を感じ取ったので部下になることを決めた。
モンローの命令ではこの村で殺人を犯すことである。犯人が誰だかわからない状況で、人殺しが起きれば村人は必ず余所者である龍京の人間を疑うだろう。
しかし今回は獲物が早くもやってきた。本来ならじっくりと村人を殺し、金剛たちと村人たちを殺しあわせるよう仕向けるはずだった。
だが標的が来たのならすぐに行動を起こさなければならない。ペルソナは焦りすぎであった。
ペルソナはまず七海を狙った。弱そうな娘と判断したからだ。まずは仲間が人知れず殺していき、疑心暗鬼を生み出すのである。
金剛や羅漢はやられたらやりかえしそうなので外しておいた。吃豆も同じである。
七海は宿の個室を借りて眠りだした。宿も木造の二階建てで七海は二階の西側にある部屋を借りた。畳が敷かれてあり、布団もある。七海は布団にくるまれてすやすや眠っていた。
ペルソナは小さな人形の身体を使い、二階へ上がる。小窓があり、するりと入った。
七海はまるでぬいぐるみのような愛らしさがある。しかしペルソナには関係ない。こいつにとって自分以外の物はすべて生きる価値がないと信じている。自分さえよければいいのだ。人を何人も殺してきたが良心の呵責などまったくない。魚を捌くくらいしか思っていないのだ。
ペルソナの右手には小刀が握られていた。村ではすでに三人もの亜人を手に掛けている。誰も自分を疑わない。絶対に安全な立ち位置で殺人を楽しんでいた。今回も殺した相手の家族が嘆き悲しむのを素知らぬふりをしてほくそ笑んでいた。ペルソナにとって人の不幸は蜜の味、人の幸福はわが身の不幸なのだ。
(ケケケケケ、死ねぇ!!)
ペルソナが小刀を握り、七海の喉笛を切り裂こうとした。こいつの喉笛から血が噴き出す風景が早く見たいし、仲間を失った金剛たちが嘆き悲しむ姿を想像するのも心が躍る。ペルソナは夢を見ていた。
グゴゴゴゴ!!
突如、身体がブルブル震えた。一体何事だと周囲を見回すが、何も起きていない。いや、七海の口から何かが発生されている。
それは歯ぎしりであった。いびきと共に奏でられている。まるで山が鳴いているようだ。その二つの騒音は周囲の壁や床を小刻みに震わせていた。ペルソナの身体も同じである。だがペルソナの身体は異常をきたしていた。
「ぐぇぇぇぇぇぇええええええぇぇ!!」
ペルソナはみっともなく悲鳴を上げた。七海の声帯は特殊なもので聴いたものの身体に異常をきたすのである。
常人ならば煩いとしか思わないが、ペルソナの身体は小さい。それ故に七海の声をもろに浴びてしまう。音の力は凄まじい。音波によって身体が沸騰することもあるのだ。このままでは身体がグズグズに崩れ落ちてしまう。
「こっ、こいつはたまらん!!」
ペルソナは慌てて逃げた。七海を相手にしたら自分が死んでしまう。人を殺すことは平気だが自分が死ぬなど真っ平御免だ。
仕方ないから別な奴を標的にしようと外を飛び出した。しかし体勢を崩してしまい、二階からそのまま落ちてしまった。人形の身体がバラバラになってしまう。
ペルソナは焦って物陰に隠れようとしたが、一匹のアライグマが現れた。そしてパクっとペルソナを齧る。
「ギィィィィィィヤァァァァァァァッ!!」
ペルソナは絶叫を上げた。
「やっ、やめでぐれぇぇぇええええ!! イダイィィィイイイイィィイィッ!!」
ペルソナは泣き叫びながら懇願するが、アライグマはペルソナを噛みちぎり、むしゃむしゃと食べてしまった。
今まで安全な場所で人殺しを楽しんできた怪物は、あっさりと敢え無い最期を遂げたのであった。
こうして羅漢たちは自分たちが襲われたことも気づかずに、ディィの村を後にしたのであった。
☆
「ふぅ、よく眠れたわ。すっきりしたわ」
七海は伸びをした。羅漢は少し眠そうである。
「お前、いびきと歯ぎしりがひどいな。男にもてなくなるぞ」
「あら、そうかしら。これでも便利なのよ。私は自覚してないけどいびきをかいていると害虫や害獣が近寄ってこないのよ。私には声に力があるから寝ている間に敵を退けることができるのよ」
「そりゃあ、大したものだ。お前は海賊だったからそういった力が必要になるんだろうな」
「そうかもしれないわね。あなたの筋肉の力も同じかもしれないわよ。あなたの力が必ず必要になる。焦らない事ね」
七海は言った。彼女は基本的に海賊として船の上で敵や怪物と戦うことが多かった。だからこそ寝るという無防備な状態を守るために、声の力を身についたのだろう。
羅漢は決意を新たにするのであった。




