第6話 列車の中で
「私にとってチャールズ・モンローに悪い印象はないよ」
ごとんごとんと揺れる列車に、マレーグマの亜人である龍七海が答えた。先ほどの草原紅牛の亜人であるレッドブルとの闘いが終わり、処理に一時間ほどかかった。殉死した兵士たちは後方に待機していたエビルヘッドによって喰われた。小指だけは残し、遺族に返す。彼等の肉体はエビルヘッドの中に還ったのだ。龍京では一般的な考えである。
しかし金華豚の亜人である亥吃豆と、ナミチスイコウモリの亜人である子黒夫は露骨に顔をしかめた。彼等の住む地域では土葬が主流だ。遺体に手をかけると来世で人間に生まれ変われないという考えが根強く残っている。
龍京では宗教を強要しない。彼等の住むところでは土葬は認められていた。エビルヘッドが判断して遺体を食べることは仕方がないと思っているが、見ていて気持ちのいいものではない。
それ故にチャールズ・モンローという名前も七つの海を駆け巡った七海には嫌悪を抱くものではなかった。彼女は海賊王国のお姫様なのだ。金銀財宝はもちろんのこと、香辛料や人間の奴隷など幅広く扱っている。
「ニューエデン合衆国の西部にあるリベルターシティでは、チャールズ・モンローは救世主と呼ばれているね。貧しい人々に家を仕事を与え、一大企業を生み出した偉人として崇められているよ。今でもモンローの誕生日は誕生祭と呼ばれて祝っているね。みんな笑顔を振りまいていました」
「そういうものか。龍京ではじいさんを追い詰めた悪魔と呼ばれているが、別の国だと違うわけだな」
黒いノヤギの亜人である龍羅漢は腕を組みながら答えた。彼は基本的に他人には無関心だ。その一方で自分の持つ力で他人を害することは認めない。仕方がないと諦めるつもりはないのだ。七海の話を聞いてうんうんと肯いていた。
「うちの一族ではチャールズ・モンローの名前は知っていますが、それほど憎悪の対象ではないですね。まあ、華やかで過ごしやすい龍京に嫁いだ人ならともかく、何もない人より家畜が多い田舎暮らしの人間では温度差があるのでしょう」
「……龍京の人間は自分たちが世界で一番偉いと勘違いしているからな」
吃豆の言葉に、黒夫が皮肉を込めていった。目の前には龍京の元大臣である白いノヤギの亜人、龍金剛がいるにもかかわらず、毒を吐いている。もっともそれを咎める人間はいないし、本人も無関心だ。
「まあ、偉そうな人間が多いのは認める。それと東方の海岸線では帝京が復活しているのだ。八十年前にエビルヘッドがそこら辺をすべて食い尽くし、新たに生んだエンペラーヘッドによって、支配されている。向こうはほぼビッグヘッドしかいないからのんびり暮らしているよ。わざわざ脆弱な人間を殺して略奪するなんてバカバカしいと言っていたな」
「金剛様が皇帝ではなく大臣と名乗るのはそのためでしょうか」
「そうだな。亡くなった雪花おばあちゃんが言っていたが、龍一族は皇帝に仕える家系だったという。英雄じいさんも村を出て士官学校に通っていたのも、卒業後は帝国軍に入隊するためだそうな。皇帝は死んでも生まれ変わっても皇帝というわけだな」
金剛は七海の質問に答える。父親の超人は初代大臣であった。中華帝国なら皇帝を名乗ってもおかしくないのに、大臣にこだわったのはエンペラーヘッドのためだという。もっとも彼らは何かをするわけでもない。一部の亜人たちが暮らしているが、それなりに畑を耕し、海に出て漁に出たりと日々の生活を送っているという。天災などがあれば、ビッグヘッドの兵士たちが処理するそうだ。
「まあ、レッドブルが言っていたチャールズ・モンローが本物かはわからない。そもそもオリジナルはエビルヘッドが食べたのだ。奴は世界をキノコ戦争で殺しかけた。その一方で奴の家庭事情は悲惨だった、世界を滅ぼしてもおかしくないとエビルヘッドは言っていたな」
金剛は他人事のように話す。モンローとの戦いはともかく、キノコ戦争は自身が経験していないのでよくわからない。昔から今の生活だったから、キノコ戦争の首謀者と言ってもピンとこないのだ。
金剛はまだましで、今の若者たちは先人の苦労など何一つ知らない。エビルヘッドという超越した存在がいるおかげでなんとかなっているのが現実である。
「関係ないけど、ニューエデンの東部では機械帝国と言う国があるのよ。機械人形が人間の奴隷を使役する国なの。そこの偉い人が機械女帝といってすべての人間を管理しているのよ」
七海が答えた。羅漢たちには何のことかわからない。機械人形というものは見たことがないし、初めて聴く単語だ。世界を色々見た七海にとって普通の事なのだろう。
そうこうしているうちに、列車は駅に着いた。
☆
「ここはディィの駅だ」
金剛が言った。駅は木造建てで、近くには駅で働く人足たちが馬車を使って働いていた。遠くでは田畑が見える。家も石造りが目立っていた。
「ここは最初何もなかったという」
金剛が説明した。元大臣なのでこの手の知識は豊富なのである。
なんでもこの辺りは何もなかったという。北方に五キロ程いくと被爆湖があり、ビッグヘッドたちによって浄化されたという。駅を作る際に水は必要だと、ビッグヘッドたちが水路を作ったそうだ。そのために橋の上に線路が敷かれてある。
ついでに周辺にはいくつかの集落があった。三〇人ほどで暮らしていたという。最初は男女二人組だったが子供を作り、その子供たちが兄妹同士で子を成して大人数になったそうだ。
犬の亜人から、猫の亜人まで様々だ。他の集落とは一切関りを持たない。犬の亜人が猫の亜人との間に子供を作れば混ざりものが生まれると恐れていたのだ。
それを責任者であった白馬の亜人である龍賢人が一つに纏めたのだ。
同じ集落の人間同士の結婚を禁止し、文字の読み書きと計算の仕方を叩きこんだ。当初は言葉をゃべれても知識が全くないため、野生の獣そのものだったが、なんとかなった。
意外なことに犬と猫の亜人の間に生まれた子供はきちんとした犬と猫が生まれた。そのおかげで異なる亜人で子供を作っても混ざりものが生まれないことが判明したのだ。
賢人は駅の責任者を決めて発展に力を注いだ。彼等の住み家はもちろんだが、宿屋の建設に力を入れていた。今では龍京からの客も多く、数日ごとに送られる新聞などで世界の情報を得ることができる。
この手の駅は一三〇ほどあるという。五〇年前からビッグヘッドたちを使役し、何万人もの人材を投入して整備されたのだ。
「亜人たちは強い者に支配されることに抵抗がないですね。逆に人間は逆らってばかりです。アマテラス皇国の北にある集落では異常なまでに反発していましたよ。父の海男が痛めつけて鎖に繋ぎました。今ではニューエデン東部の機械帝国で暮らしています」
七海が答える。羅漢の祖母である女巫は人間で、風当たりが強かったという。さらに彼女の出身である集落では人間がほとんどで、亜人を忌み嫌っていたそうだ。今では存在しない。さすがに女巫を面と向かって罵倒する者はいなかったが、陰口を叩く者は多かった。羅漢はそんな連中が大嫌いである。
「弱者が強い者に従うのは当然のことです。むろん力だけでは反発されますけどね、本物の強者は相手を力づくで支配し、弱者の不満を解消するのに長けています。人間はそれが理解できないのですよ」
「人間は細かいことにこだわりすぎている。過去にしがみつき、感情を優先にする。愚かなことだ」
吃豆と黒夫が人間の悪口を言った。彼等は宗教の違いに違和感を抱いても、最終的には龍京に従っている。なぜなら龍京は強者なのだ。彼等のおかげで洪水や自然災害の処理を行ってくれているのである。
帝京もそうだ。いくらエンペラーヘッドが何もしないといっても、信用していない。ある程度武力を見せつけ、自分達が手ごわい相手だと思い知らせる。その一方で商売をする。お互いに利益があると理解させれば戦争は回避できる。誰も好んで死にに行く馬鹿はいない。もちろん馬鹿な支配者もいるが、大抵は忠臣によって殺されるのが落ちだ。
「羅漢が人に逆らうのは、強者の驕りですかね?」
吃豆が羅漢に対して嫌味を言った。
「俺は自分より弱い奴に従う気はない。口先ばかりで威張る奴は論外だ。そいつの鼻をぶん殴ればすぐに石像のように黙り込む。だが今の俺は力を制御できているわけじゃない。幼児が暴れ牛にまたがり振り下ろされないようにしがみつくだけだ。俺は自分の力を自慢する気はない。この旅は俺自身を縛るための修行の旅だ」
そう言って羅漢は黙り込む。しゃべりすぎたと反省しているのかもしれない。
「それはそうとここは休憩地点だ。荷物の積み下ろしが終わればすぐ出発する。ここの食堂で食事をしよう。気分が晴れるぞ」
金剛は孫を誘った。ここにいても暇なだけだ。羅漢は腰を上げて、外に出る。周囲は爽やかな風が吹いていた。




