第五話 舌の槍使い
「大頭列車か。見るのはガキの頃以来だな」
黒ヤギの亜人、龍羅漢はつぶやいた。目の前にあるのは列車であった。
先頭は普通の列車ではなく、巨大な人間の顔がある。
ビッグヘッドだ。巨大な手で車輪を回すのだ。時速六〇キロほどで、二時間ほどで百キロほど走行できる。
百キロごとに駅を作っており、補給のための村を作られていた。龍京からの人間もいるが、基本的に周囲の村の人間を引っ張り、無理やり教育させて駅員に仕立てていた。
鉄道自体五十年前から白馬の亜人、龍賢人の手で作られた。スミスヘッドによって線路が作られる。鉄を食べてそれを口の中で線路に作り直すのだ。それを毎日一キロずつ敷いていったのである。もちろん線路はビッグヘッドによって食べられて浄化した場所だ。途中で近くに住む村人が偉業に恐怖して襲い掛かることがあったが、すべて叩きのめしている。そう言った輩を駅の維持に使っているのだ。
駅の周辺は大勢の人間が働いている。紺色の制服を着た職員が、半裸の労働者に指示して荷物を運ばせていた。
さらに大きな荷物は巨大なビッグヘッドに命じている。人間には聞こえない笛を吹いて指示していた。
「私は初めて見るわね。海にはいろんなものを発見したけど、陸もなかなかだわ」
マレーグマの亜人である龍七海が羅漢の隣で感心していた。
「これから数か月もお世話になるからのぅ。まあ、ずっと座りっぱなしになるからケツが痛くなるのは必至じゃなぁ!」
けらけら笑うのは白ヤギの亜人、龍金剛である。彼は羅漢の祖父であり、元龍京の大臣だ。かつては偉かったが今はただの人だと本人は思っている。だが周囲の人間はそう思っていない。今でも尊い人種と思っている。
「他にはどんな人間が同行するんだ?」
羅漢が尋ねた。それを金剛が答える。
「数百人はいるな。何しろ別の地域で畑を耕したり、工場があるからな。龍京にも他国の移民が増えている。途中で降りたり、新しく乗ったりするからな。最後までわしらに同行する人間はごくわずかだよ」
そう言って金剛はパチンと指を鳴らす。物陰から二人の男が現れた。
一人はキンカトンの亜人で、もう一人はナミチスイコウモリの亜人であった。
「私は亥吃豆と申します」
「……子黒夫だ」
吃豆は社交的で、黒夫はあまり人当たりは良くないようだ。
二人とも龍京では重要な一族の名字を持っている。それなりの地位があるかもしれない。
「俺は龍羅漢だ。途中で死んじまう可能性もあるから、よろくしは言わないぜ」
吃豆は苦笑いを浮かべていた。黒夫は悪態をついた。
「……ふん。大臣の背中にべったりくっつくガキが……」
羅漢の耳に届いていたが、無視した。いちいち反応する必要がないからだ。
逆に七海が食って掛かる。
「あなたねぇ!! 羅漢は偉大なる英雄神の子孫なのよ!! それに対して敬意を抱かないなんてあなたは異常だわ、一回医者に頭を割って中身を検診してもらった方がいいわね!!」
黒夫は反応しなかった。七海が狂信者のように噛みつくのは意外であった。
そこに吃豆が横からこっそりと口を挟む。
「……本来、龍京では英雄神が広く信仰されています。あなたは英雄の子孫だから余計その影響が強いと思いますよ」
黒夫は神を恐れないのか、不敵な態度をとっている。金剛もあまり気にしていない。英雄の血縁にとって自分の先祖が神として扱われるのはくすぐったいのかもしれない。
「やれやれだな。先が思いやられるぜ」
羅漢はつぶやいた。
☆
「なかなかの乗り心地だな」
羅漢がつぶやいた。列車内は横座席である。大頭列車は十車両あり、半分は貨物であった。
貨物の方は米や麦、乾燥した野菜や魚などの食料が、他には銅や鉄などの鉱石に、石灰などの薬品も積んである。
羅漢は一車両目におり、窓際に座っていた。隣には七海が座っており、目の前には金剛が座っていた。
離れて吃豆と黒夫が座っている。二人とも無口で、何もしゃべらない。これは羅漢も同じであった。話しかけるのは七海くらいである。
他の乗客は金剛の護衛や世話役がほとんどであり、二車両目は新天地に向かう一般人で占められていた。一日に二百キロしか進まない。これは荷物の積み下ろしに時間がかかるからだ。
夜になると駅にある宿に全員で泊まれる。もちろん金剛たちは一際立派な宿がある。すべて無料だ。乗車賃は高く、宿と食費は駅が負担してくれるのである。
「そうね、嵐の中の船に比べらた快適だわ。あの時は死を覚悟したものだわ」
「確かに七つの海を乗り越えたお前には物足りないかもしれないな」
「別に不満はないわよ。のんびり過ごせるならそれにこしたことはないわ」
取り留めない会話を続けていた。するとどしんと音がする。列車が止まったのだ。
「いったい何が起きたのだ!!」
金剛が立ち上がると、叫ぶ。
すると車掌が走ってきた。犬の亜人だ。
「お客様に申し上げます!! 列車の前に不審人物が現れました!!」
人が線路の前に立つ。それは盗賊か、龍京を憎む人間に他ならない。
金剛はすぐに車掌に質問した。
「不審人物だと!! いったい何人、前に立ちふさがっているのだ!!」
「そっ、それが一人だけなのです!!」
一人だけで大騒ぎ。だが金剛はすぐに頭を切り替える。おそらくは異能の力を持っているのだ。
かつて自分も異能者であるチャールズ・モンローと死闘を繰り広げたことがあった。生死に対する勘の鋭さは老いてますます盛んになっている。
「そいつはどんなやつなんだ?」
羅漢が尋ねる。
「それが牛の亜人なのです。草原紅牛の亜人なのです」
草原紅牛とは中国で一九五八年に誕生した新しい品種で野生が存在しない品質である。赤毛でおとなしい性格で主に乳肉兼用種だという。
金剛は急いで車両を出た。羅漢たちも一緒だ。
「ウッシッシ!! 俺様はチャールズ・モンローとスプーキー・キッズの一人!!
レッドブルだ!! 英雄の子孫を出せ!! いるのはわかってるんだ!! そいつらを差し出せば他の連中は助けてやるぞ!!」
草原紅牛のレッドブルが叫んだ。品のない笑い声をあげている。身に着けているのは腰巻だけだ。
レッドブルの周りには剣を向けた犬の兵士が四人ほど囲んでいる。
「ふざけるな!! 英雄神の子孫を差し出せだと!? ふざけるのも大概にしろ!!」
「ウッシッシ!! 命が惜しければ見逃してやると言っているんだぞ? それが理解できないのか。お前らは馬鹿だね。牛の俺様より頭が鈍いぜ」
「むっかー!! 英雄神の子孫は偉大なのだ、尊いのだ!! 我らの命は天に捧げたのだ!!」
「モゥ~~~、君たちってお馬鹿さんだよね。神はテレビの中にしかいないのに、そんなこともわかんないの~?俺様は本物の神を嫌ってはいないけど、お前らが信じる神様は大嫌いだな」
レッドブルは兵士たちを挑発している。兵士たちは神を侮辱されたので激昂していた。
彼らは剣を振り上げ、レッドブルに切りかかった。しかしレッドブルは動こうともしない。
代わりに舌を出して攻撃してきた。
蛇のように長く、うねうねと動いていた。
舌は一瞬で兵士たちの喉を貫き、舌を抜く。兵士たちは喉から血を流して死んだ。
「ウッシッシ!! 俺様の能力、舌の槍使い《ランサー》だ!! 俺様の舌はすべてを貫く槍だ! 神殺しのロンギヌスの槍なのだ!!」
ちなみにロンギヌスは人名で、磔にされた神を刺殺したことで有名である。そのため後世ではロンギヌスを神殺しの神器として扱われることが多い。
「神の子孫を殺すとは大きく出たな。だが、この私には通用しない」
吃豆が出た。彼は手ぶらである。羅漢が出ようとしたが金剛が抑えた。いったい彼はどんな力を持つのだろうか。
「ウッシッシ!! 牛が豚に負けるわけないだろう!! 死ね!!」
レッドブルはにやりと笑いながら、舌を吃豆目掛けて突き刺そうとした。吃豆は両手を突き出した。そのまま動かない。
しかし舌の先端は吃豆の目の前で止まる。いったい何が起きたのだろうか。
「これは脂肪の糸だ。私の脂肪で生み出された糸だ。これを蜘蛛の巣のように見えない糸で結ばれている。お前の舌はもう動かせない」
吃豆は冷静なままだ。一方でレッドブルは焦っている。舌を押さえつけられて動けないのだ。
「ひっ、ひぃ!! 降参だ、助けてくれ!!」
レッドブルは命乞いを始めたが、吃豆は聞く耳持たない。
「あなたによって大切な兵士の命が四名失われました。浩然、子轩、皓轩、梓睿。彼らには家庭があり、待っている家族がいました。あなたは彼らの未来を、家族の絆を奪ったのです。そんなあなたを見逃す選択肢などありえません」
そう言って吃豆はレッドブルの舌をぶった切った。舌を切断されたためにレッドブルは絶叫を上げる。
「ウモォォォォォォォ!! おっ、お前は人間じゃねぇ! 豚だぁ!!」
血を吹き出しながら、吃豆に殴り掛かる。舌を切断されたくらいでは死なないようだ。
吃豆ではなく、黒夫に向かっている。おそらく自分に危害を加えた吃豆よりも弱そうな黒夫を殺して憂さを晴らそうとしたのだろう。
「馬鹿……、いや鈍牛だな」
黒夫がつぶやくと、レッドブルは右の拳で黒夫の顔をぶん殴った。しかし黒夫は右手を伸ばして差し出すと、そのままひらりと拳を軸に逆立ちの状態になった。
「え? なん……ぐふぇッ!!」
レッドブルは困惑すると、頭に衝撃が走る。黒夫の左足のつま先がレッドブルの頭部をえぐったのだ。眼球が飛び出し、レッドブルは絶命する。
黒夫は華麗に飛び降りた。吃豆と違って異能を見せるつもりはないようだ。
「チャールズ・モンローが復活したじゃと? まったく唐突じゃなぁ。そんな傾向は発見されておらなんだが」
金剛は首をかしげていた。しかし現実にレッドブルが言ったことは聞き逃せない。旅は厳しくなりそうだと思った。




