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第4話 旅立ち

「修行を兼ねて、お前は西にあるフィガロへ行くがよい」


 ここは龍京ロンキン城で、大臣のいる部屋だ。龍京では大臣が一番偉い役職である。財務は宰相が、軍務は将軍が行っていた。

 そして白いノヤギの亜人である龍金剛ロン ジンガンは龍京の建国者の孫であり、尊い人物なのである。

 彼には正妻の他に十一人の側室がいる。龍京はかつて中華帝国と呼ばれており、その北部は玄武ヘイウ県という名前であった。そこには十二の部族があり、龍一族はその内のひとつである。

 百年前、キノコ戦争が起きた。キノコ戦争は世界中に巨大なキノコを生やし、その際に生まれた熱風で人間や動物を生きたまま蒸発させ、建物をバターのように溶かしていった。

 さらにキノコの胞子は猛毒で、大地は不毛の地にされ、海は汚された。その上キノコの傘は天上を覆いつくし、五年近く、太陽の恩恵を遮ってきたのだ。凍てつく風と雪は生き残った命を容赦なく殺していったのである。

 普通なら人間はそこで死に絶えるはずだった。だが亜人と化した先祖は長く冷たい冬を乗り越えたのだ。

 その生き残りが龍一族を中心に国を再建したのである。十一の部族はそれぞれ龍一族に娘を嫁がせていた。彼らは龍一族と違い、原始人の様な生活を送っていたのだ。人間として最低限の文化を得られたのは龍一族のおかげであり、彼らに頭が上がらないのである。

 そして現在の龍京で主要の役職についているのは、金剛の身内だけであった。他は危険な場所へ回されることが多い。それは玄武県以外にも大なり小なり国ができている。彼らは龍京に対して敵愾心を抱いており、野盗として荒らしまわっているからだ。


「……確かフィガロはここ最近生まれた国だよな。それも遥か西、フランスで作られたとか」


 目の前には金剛の孫、龍羅漢ロン ラカンが立っていた。祖父は金細工が施された椅子に座っている。右には鎧を着たキンシコウの亜人が、左には襦袢を着たアカギツネの亜人が立っている。キンシコウは将軍で、アカギツネは宰相だ。


「正確にはフランス南部だな。五十年前に従兄弟の賢人シェンレンが主導で龍京からフィガロに続く線路を敷いたのだ。現在は大頭ビッグヘッド列車として毎日大量の物資を運ぶのに役立っている。昔のシルクロードを再現したものだという」


「なぜ俺にそこに行けと言うんだ?」


「荒れる予感があるからだ。いいや、確実にくる。何せもうじき箱舟の子孫が外に出てくるのだからな。わしの従弟である主角ズゥジャオが五十年前からスペインに赴き、亜人の村を回っておる。下ごしらえはしてあるがうまくいくとは限らない。それにフィガロのある地域は虫型の亜人が多く、略奪行為が毎日行われているという。そこにお前が活躍するのだ。お前の力が役に立つであろう」


 金剛はそう言うが羅漢はそう思わなかった。要は厄介払いをしたいだけなのだ。羅漢は無頼漢だが民衆の人気が高い。かつて曽祖父であった超人チャオレンは息子に嫉妬し、悪魔ウモであるチャールズ・モンローに魂を売ったという。もちろん金剛には後継ぎが多い。


「そしてわしもついていく。大臣の座は息子に譲り、お前と共に旅立とうぞ」


 とんでもない発言に周りは動揺した。だが将軍と宰相は平然としている。二人は事前に知らされていたのだろう。


「すでに譲渡の儀式は済ませてある。わしが国を出ても問題はないぞ。どうじゃ羅漢、嬉しいじゃろ?」


 金剛はにやりと笑った。羅漢は呆れて物が言えない。


「じいさんがどうしようとじいさんの勝手さ。だがこの国を出ることには賛成だ。俺は爆弾みたいなものだ、いつ爆発するかわかったもんじゃない。いいぜ、あんたの口車に乗ってやろうじゃないか」


 こうして羅漢と金剛は遥か西方にあるフィガロへ向かうのであった。


 ☆


「ちょっと! 何勝手に決めてるのさ!!」


 その日の夜、羅漢の家ではマレーグマの亜人である七海チーハイは激怒した。従弟の羅漢がフィガロに行くというのだ。それも気軽な遠足のように言うものだから呆れかえる。

 大頭列車は三メートルほどの大きさがあるビッグヘッドが車輪をこぎながら走行するものだ。時速六〇キロ程である。かつてシルクロードは徒歩や馬を使っていたが、平坦な道ではなく、荒れていた。さらに馬車を使っており、その道のりは遠く険しい。それに比べれば鉄道のおかげで十分の一程度にたどり着ける。とはいえ何か月もかかる旅だ。キノコ戦争より百年も昔では蒸気船を利用して八十日で世界一周をする小説があったといわれている。実際にその通りに世界一周した人間もいたそうだ。

 だが今回は一周するわけではなく、行ったきりになるのだ。永遠の別れになる可能性が高い。


「俺が何をしようと俺の勝手だ。お前には関係ない」


「関係あるわよ! まったくあんたみたいなやんちゃ坊主を放置するなんてありえないわ。いいわ、私も同行します。もう決定したから駄目だといわれてもついていくからね」


「勝手な奴だ。とはいえお前は長く過酷な船旅を経験しているからな。陸路なんか平気だろう」


 そう言って羅漢は七海の同行を認めた。


「ところでフィガロに行って何をするのさ?」


「お前は話を聞いていないのか? フィガロに行って箱舟の子孫を迎えに行くのさ」


「迎えに行くって、具体的には何をするのさ?」


 七海は質問した。羅漢も金剛からは簡単にしか聞いていない。

 箱舟の子孫は百年間地中海にあるアルカ島という島で特殊ドームの中で生活していた。当時は世界各国から男女が集められ、百年間暮らすという壮大な計画だったという。距離的にはスペインのバルセロナが近いらしいが、あえてフランス南部に拠点を移したのはわけがあった。

 自分たちはビッグヘッドを仲間にしている。雑用などはプラム級のビッグヘッドが担当しており、それを指揮するのがバンブー級のビッグヘッドだ。

 さらに人間並みに知識があり、会話するのがパイン級である。これは海賊島バッドガイ アイランドの女王、ディーヴァが設定したものだ。松竹梅といって植物由来のビッグヘッドに相応しい階級だそうな。実際のところ、松竹梅はどれが優れているわけではないが、長い年月の際に本来の意味が失われたという。


 話を戻すが、箱舟の子孫はビッグヘッドの事を知らない。知識としては存在しているかもしれないが、ビッグヘッドを生活に活用していることは理解できないかもしれない。箱舟の子孫にしてみれば自分たちは異形を使役するはぐれ者にしか見えないだろう。

 さらに亜人の存在も避けては通れない。金剛の従弟である主角が亜人たちの村を支配し、規則を作ったという。亜人の村では村長の家系だけが別の亜人と結婚できる仕組みを作った。というより強制した。さらに篤志とくし解剖をやらせて記録させる。亜人の生態を箱舟の子孫に理解させるためだ。そのため村には紙の作り方を教えているし、文字の読み書きも教えている。ちなみに言語は英語で統一させていた。


「つまり箱舟の子孫たちと仲良くしたいわけね」


「仲良くできるかどうかはわからないぞ。それどころか亜人を毛嫌いする可能性が高いな。今でも人間は亜人を異常なまでに敵視している。女巫ニュウばあさんのように亜人に理解のある人間は少ないとみて間違いないな」


「確かにね。うちの親父もそういう人間を奴隷としてニューエデンにある開拓村に連れて行ってるわ。大抵一族同士の近臣結婚が主で、他所の人間は獣以下で殺意を抱いているわね」


 七海は自分の経験を口にした。彼女は赤ん坊の頃、大頭船ビッグヘッド シップで産声を上げた。船が自分のゆりかごであり、波の音や唸る嵐が子守唄であった。

 彼女は七つの海を家族とともに見た。多くの兄弟は海の藻屑となり、自身も死を覚悟したことがあった。

 幸い大頭船からは新鮮な水が飲めるし、目から排出される涙肉ティアミートで腹は満たされた。

 そんな彼女も人間の住む村には辟易した。彼らは自分たちの住む村が世界のすべてであり、それ以外の人間はこの世のことわりから外れた怪物であった。

 さらに彼らは近親相姦を愛していた。さすがに兄妹同士で結ばれることはないが、大抵は従兄弟同士が主だった。百年の間に血は濃くなっており、頭の回らない者や身体に異常がある者が目立っていた。長男が家の支配者で、それ以下は家来か家畜扱いされている。中世ヨーロッパ風の価値観が人間の村を支配しているのだ。


 父親の海男ハイナンはそんな彼らの村を荒らした。逆らう男は皆殺しにして女子供は労働力を欲する海賊島やニューエデンに売りさばいた。もっとも奴隷となった彼らはそれなりに裕福に暮らしている。さらに同じ村の人間の婚姻を禁止しており、血は薄くなっていった。


「キノコ戦争を生き残った人間は大なり小なり人間の道に外れているわ。亜人はそれなりに過去を認めているけど、人間は自尊心が高いからそれを覆い隠そうとしている。自分たちは奇麗な人間であり、人肉を食べた過去を絶対に認めない。過去にこだわるから、他所の人間に自分たちの事を知られることを異常なまでに恐れている。過去に囚われた哀れな囚人たちね」


 七海は呆れながらつぶやいた。箱舟の子孫たちは人肉など口にしていないだろうが、亜人に対してどのような感情を抱くかわからない。もしかしたら自分たちを全力で殺しにかかるかもしれないのだ。


 羅漢は思った。自分の能力はまだ制御できていない。その一方でこれから行く道は自分を知らない人間で埋め尽くされている。自分の額にある神応石スピリットストーンがどう反応するかは未知数だ。

 それでも自分の力を試したい、世界にどう通用するか楽しみにしている自分がいる。


 不思議に笑みが零れるのを、我慢できなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 人間の醜さ。まさに私もそんな気がしますね。
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