第3話 羅漢と金剛
「さぁ羅漢、出てこい!!」
採掘場で銅鑼の様な声が鳴り響いた。声の主は龍京で一番偉いノヤギの亜人の老人だ。名前は龍金剛と言い、三歳の童子ですらその名を知っているほどの有名人である。龍京を支配する大臣だ。
その声に囚人たちはおろか看守たちも声に震えて怖気づいた。囚人は人殺しが趣味で女子供をいくら潰せるか酒を賭けるような外道が多く、看守もそんな連中を押さえつけ叩きのめすことが趣味という人種で集められている。
そんな彼らが腰を抜かすのだ。彼が肩書だけの存在でないことがわかる。仁王立ちで腕を組んでいる。その背後にはマレーグマの亜人の娘が立っていた。羅漢の幼馴染である七海だ。他にも金剛の護衛の兵士が彼の前を囲んでいる。大臣を守るためだ。
「……じじぃ、何しに来やがった」
数分後、黒ヤギの亜人がやってきた。看守は後ろについておりびくびくと怯えている。立場上は彼らが上のはずだが、黒ヤギから発せられる覇気は周囲の人間を委縮させた。彼が羅漢。金剛の孫である。
「大臣に対してじじぃ呼ばわりするなんて……。なんて恐れ多い」
「いや羅漢にとっては普通だね。相手が誰だろうと関係ないよ」
「そもそも大臣を前に堂々とできるのは羅漢だけさ。息子や孫たちは子羊のように近づきもしないのに」
周囲の人間はひそひそ話をしていた。それほど金剛と羅漢のまとわりつく覇気に心臓が止まりそうになる。平然としているのは七海くらいだ。七つの海を乗り越え、嵐や巨大な海洋生物を相手にしてきた彼女に、二人の覇気など台風ほどにしか感じない。
「羅漢、わしが迎えに来たぞ! さっさと帰る準備をしろ!!」
「断る。俺には悪魔が憑りついている。そいつを引き剥がさない限りここを出ない」
金剛が怒鳴ったが羅漢は流している。聞いているだけでも膀胱が緩みそうになり、実際に漏らしたものもいた。七海は普通である。
「その悪魔とはマリバヤシのことではありませんか?」
七海が声を出した。すると周囲の人間もそれに同意する。
「そうだ。羅漢は悪魔マリバヤシに憑りつかれたんだ!」
「そうとも、我が国の神である英雄様を殺した悪魔が、その子孫である羅漢に嫌がらせをしているんだ!!」
「マリバヤシを祓え! マリバヤシを祓え!!」
人々の声は大きくなった。これには羅漢と金剛も戸惑っている。
「……マリバヤシは関係ないだろう」
「わしもそう思うな。大体そいつは百年前に死んでおる。死人に何ができるものか」
二人が批判すると七海が怒り出した。
「何を言っているのですか! マリバヤシは龍京の礎となった英雄様を殺した悪魔です!! 私は幼い頃から父上からおとぎ話のように聞かされましたよ。英雄様が生き残った者を導こうとしたら悪魔マリバヤシによって殺害されたと。なので英雄様の子孫は代々英雄様を称え、マリバヤシを悪魔として見立てるようになったということです」
七海の言葉に金剛は唸った。心当たりがあるからだ。
「確かに雪花ばあちゃんから聞いたことがあるな。わしは当時勉強よりも好色に浸っていたから覚えておらん。だが耳にした記憶はあるな」
「俺もだ。毎年悪魔祓いの祭りが行われていたが、マリバヤシはそこまで嫌われていたのか」
おそらく嫌いというより、英雄を神格化するためであろう。
神の対極は悪魔だ。英雄を殺したマリバヤシを悪魔に仕立てて忌み嫌うのは当然と言えよう。ちなみにマリバヤシが日本人であるかは触れていない。彼は悪魔の国から来た存在とされていた。今の世代では年配以外、他所の国を知るものは少ない。世界は鳳凰大国、いや龍京だけで終わっている人がほとんどだ。
七海の世代で世界を知るものは皆無である。大臣の一族ならある程度勉強で習っており、知っている。
「当然よ。マリバヤシは諸悪の根源、世界を破滅に導いた悪の権化なんだから」
「いや、世界を崩壊させたのはチャールズ・モンローというアメリカ人だぞ」
金剛は反論するが、七海は首を横に振る。
「もちろん知っています。金剛様は世界を破壊した悪魔を実際に討ち取った現人神ですよ。でも悪魔は世界に大勢います。金剛様は数多い悪魔を一匹殺したに過ぎないのです」
七海は胸を張った。彼女はよほど英雄を神聖視しているようだ。
すると羅漢は顎に手をかけ、考え事をしている。
「そういえば俺も周囲から英雄様の子孫だからなんでもできるんだ、できないことなんかないんだと言われていたな。正直言って鬱陶しいから無視していたが……。勉強にしろ運動にしろ、一番になっていたな」
「それは神応石の影響だろう」
突如、男の声がした。どこか甲高く、年配を連想する声だ。
相手はどこだと周りを見回すと、とある石材の山にひとつの影があった。
それは幌馬車ほどの大きさで、丸太のように太い手足を持ち、巨大な目をぎょろぎょろさせ、巨大な鼻からは鼻息を出し、巨大な口からは大蛇のように長い舌を出していた。
「エビルヘッド!!」
金剛が叫んだ。彼はこの国を再生した神である。なぜ彼はここに来たのだろうか。
「羅漢の話を聞いてやってきた。羅漢よ、お前の力は悪魔がもたらしたものではない、人々がお前に理想像を押し付けたのが原因なのだ」
「神応石だって? 確かに影響の原因かもしれないが、俺は修行をしていないぞ」
「そうだな。わしの力もある程度修行で身に着けたものだ。羅漢のように何もしないで身に着けたのは初めてだ」
羅漢と金剛は顔を合わせている。羅漢は金剛の能力を見ていた。もちろん金剛以外にも色々な人間が能力を使うところも見ている。その誰もが厳しい修行を行っていた。
歯を伸ばしたい人は、歯が伸びるように念じた。
舌を伸ばしたい人は、舌が伸びるよう念じていたのだ。
さらに歯を伸ばすにしても前歯が突き出ているネズミの亜人や、舌が長い蛇やカエルの亜人でないとイメージしずらく、あんまり身につかない。
「そう普通は無理だ。だがこの地には神応石が散らばっている。キノコ戦争以前はおろか、人類が誕生して30万年以上経っている。その間に大勢の人間が死んでいき、その死体は土に埋もれていった。それらの神応石が世界各地に広がり、世界全体が巨大な神応石となったのだよ」
確かにそうだ。神応石はまだ百年くらいに発見されたが、神応石自体は存在していたのだ。その価値を理解せず、神応石は土に還っていった。だが本当にそうなのだろうか。エビルヘッドは何でそれを知っているのか。
「疑問に思うのも当然だ。だが俺の頭の中には数十億人の記憶がある。百年前にキノコ戦争が起きた時、なぜ人間は亜人に変化した? それもはっきりとヤギやキンカトン、アカギツネにキンシコウと種族がわかった? それは全人類が死を恐れたからだ、人ではないものに生まれ変わりたいと願ったのだ。そのためお前たちは亜人に変化した。ヤギや羊など異なる種族でも混ざらないのは神応石の影響で、混ざることを拒んだからだ」
エビルヘッドの言葉は荒唐無稽に聞こえる。だがエビルヘッドは食べた神応石からその人間の人生を読み取る力がある。その数は数十億人だ。世界で知らないことなど何もないと言われている。大賢者とも呼ばれていた。
「羅漢よ。お前が努力もしないで能力に目覚めたのもそのためだ。英雄の子孫、金剛の孫だからできないことは何もないと周囲が決めつけたのだ。そのせいでお前は特別な力を得た。お前がやることは人気のないところに閉じこもるのではなく、力を使う練習だ」
エビルヘッドに言われると羅漢も納得した。能力を暴走させたくなければ、制御するようにすればよいのだ。
「あんたの言うとおりだ。俺はここを出て修行することにするぜ」
羅漢は首を横に振ると、すたすたと金剛に近づいた。そしてすっと通り過ぎる。
七海は羅漢に抱き着いた。
「ああよかった。羅漢が無事出てくれて」
「七海、お前は抱き着くな。俺とお前は従妹だろうが」
「いいじゃないのよ。私にとってあなたは弟みたいなものだから」
七海は母親のようにふるまう。同年代だがなぜか彼女は羅漢に母性本能をくすぐられるようだ。それを見て羅漢は首を振った。
「やれやれだ」
☆
そこは光を指さない冷たく湿った洞窟であった。生き物がいない、死者の国を連想する寂しい洞窟だ。
その奥に石造りの椅子がある。飾りっけはないが、細工は凝っており王様の座る玉座のようである。座っているのは全身銀色の青年であった。目が鷹のように鋭く、髪の毛は赤い。唇も赤かった。
身に着けているのは黒いブーメランパンツのみである。だが本人は寒がる様子はない。
「クックック……。ようやく復活できた、百年の月日は長すぎだぜ……」
椅子の横から一匹の犬が出てきた。白い大型犬だ。しかし頭は人間の者であった。
その人間は苦悶の表情を浮かべている。目は虚ろで口から涎を垂れ流していた。
首には赤い首輪が嵌めてある。
「クックック。俺のコピーも元気そうで何よりだ」
パチンと指を鳴らした。すると人面犬は白目を剥いて暴れだす。頭に電撃が走ったのだ。きゃんきゃんと吠えて暴れ回る。
「あーっはっはっは!! いやぁ、面白いねぇ! 実に面白い!!」
銀色の男は両手をぱんぱんと叩きだした。まるで喜劇を見て楽しんでいるようだ。この様子からして男は狂人としか思えない。
「始まるぞ……。復讐の始まりだ。英雄の子孫どもを不幸のどん底に陥れてやるぜ。この毬林満村様がなぁ」
男はそうつぶやくのであった。




