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第1話 羅漢とは何者か?

第3部スタートです。

かつて東シナ海と呼ばれた海を、一隻の船が通っていた。

 東シナ海とは中華亭国の東方にあり、沖縄諸島・台湾に囲まれる海域である。東海とも呼ばれていた。

黄海ホワンハイとは、中国最大の河である揚子江ヤンツーチアン河口と済州島とを結ぶ線で分けられる。

多くを大陸棚が占め、好漁場でもあった。大陸棚とは地理学上、大陸周辺にある、深海に向かう傾斜が大きくなる部分までの海底である。

おおむね水深約二百メートルまでの領域で、陸棚とも呼ばれている。


 百年前に起きたキノコ戦争のせいで、多くの集落は潰れた。キノコの熱による熱波は人間をあっさり蒸発させた。そして大地や森、海にも毒の胞子をまき散らし、人や動物が棲めない世界に作り替える。

 さらにはキノコの冬によって太陽は隠され、五年近くも猛吹雪の時期が続いたのだ。

 雪解けの春が訪れた時には、人類の文明は崩壊した。生き残った人間は死んだ同胞の肉を食って腹を満たした。獣や虫と化した亜人たちは罪悪感もなく、躯を見て貴重な食糧だと嬉々として加工する。


 現在は各地から雪解け水と共に流れてきた、都会のごみで埋め尽くされていた。海岸線はプラスチックのごみや人間や動物の腐乱死体でごちゃごちゃになっている。

 漁船はおろか、大型船も各地で沈んでいた。海は流れ出た重油でどす黒くなり、鼻を摘まずにはいられないほど悪臭を放っていた。

 まさにこの世の地獄であった。


 その一隻の船は異質であった。見た目はガレオン船に似ている。ガレオン船とは16~17世紀にかけて西欧で発達した大型帆船のことだ。

3本ないし4本のマストと、高い船尾甲板をもち、大洋航海にすぐれる。

軍船・貿易船に用いられたものだ。


 さらに船首のところには人間の顔があった。巨大な水晶の目に低い鼻、そして耳まで裂けた大きな口がついている。

 その口から汚染された海水を飲み込んでいた。さらに海上に浮いていたゴミも一緒に食べている。

 明らかに異質な怪物であった。だがブリッジに立っているのはさらに異形である。


「ふぅ、四年ぶりだな。鳳凰フォングァン大国に帰国するのは」


 それはパンダの亜人であった。身に着けているのはぼろいバンダナに、右目には眼帯。体中、切り傷と銃痕が目立っていた。下半身は川の短パンのみを身に着けており、サンダルを履いている。


「ははは、娘が気になるか。海男ハイナン


 声をかけたのはヨウスコウカワイルカの亜人であった。ヨウスコウカワイルカは河川に住む珍しいイルカだ。イルカは哺乳類なので亜人である。魚の場合は魚人と呼ばれており、オルデン大陸の西方にあるヒコ王国は魚人が国を作っていた。

 名前は龍海雄ロン ハイシオン。海男とは同じ船の上で育った幼馴染だ。

 この船は大頭船ダトウセンと呼ばれている。ビッグヘッドと呼ばれる異形が船に変化したものだ。

 そもそもビッグヘッドとは巨大な人間の頭に手足がくっついた、人間の手で生み出された神の意志に背く存在である。

 彼らはキノコ戦争で汚染された土を齧り、水をすすり飲む。目から涙とともに食べた鉱石を浄化して排出するのだ。

 それらは涙鉱石ティアミネラルと呼ばれており、その膜は早い段階で粉砕すると塩の代わりになる。

 

 長い航海でも新鮮な水を飲めるのは強い。さらに死んだ魚を元に涙白肉ティアホワイトミートが排出されると、それが食料にもなるのだ。

 ただし樽一杯分の魚の死骸を食べても野球の玉ほどしか手に入らない。大量に食べなければ意味がないと言える。


 海男は大頭船、媽祖号の船長だ。海賊王国ハイダオ ワングオの国王でもある。年齢は四十歳。長い間、船に乗り、世界各国を巡っていた。彼の先祖は龍虎鳳ロン フーフォンであり、偉大な海賊であった。

 海雄の先祖は虎鳳の右腕である大雄ダシオンである。


「ふん、娘なんかどうでもいいさ。海は男の世界だ、女は自分だけの海を持ち、命を育む。俺のような海賊には縁のないものさ」


「おいおい、男尊女卑がひどすぎるな。他国の人間に聞かれたらヒステリーを起こされるぞ」


「お前こそどうかしてるぜ。今更そんなことを咎めるやつなどいるものか。今の時代は男尊女卑どころか家長と長男が最強で、妻とその他の子は家畜以下じゃないか。百年の歳月は人間をたやすく原始時代へ戻してしまうようだ、嘆かわしいぜ」


 海男は遠い目をした。彼は幼少時から祖父に歴史を習っていたのだ。世界を見て回ったが、文明レベルはかなり低い。家長が家族を養うのはわかるが、まるで奴隷のようにこき使っている。家畜以下だ。

 アメリカの、現在はニューエデン合衆国と名付けられたが、そちらは亜人たちがそれなりの文明を築いている。逆に人間は野蛮になり、亜人たちを奴隷にするために戦いを挑んでいたが、現在はビッグヘッドたちによって逆に管理されてしまった。


「しかしディーヴァは大したものだ。王大頭ワンダトウと同じように大頭ダトウを生み出すのだからな。ニューエデンではプレジデントヘッドという大頭を生み出すのだからな」


「今はエビルヘッドと呼ばれているがね。それとディーヴァはまったく歳を取っていないな。自分はチャールズ・モンローに金属細胞メタルセルを生みこまれた改造人間メタニカルアニマルだそうだ。まあ、俺達にはどうでもいい話だけどな」


 海雄が言った。彼らの役目は世界中の海を旅することだ。ここの海も数樹年前はもっとひどかったのだ。現在は彼らの持つ大頭船と、ディーヴァが生み出したネプチューンヘッドとサイレスヘッドによって世界の海は奇麗になってきている。

 魚の量も徐々に増えてきた。世界各国の原子力発電所はすでにない。エビルヘッドが世界を旅し、キノコの毒が濃い発電所を中心にビッグヘッドを置いて行ったのである。


 ディーヴァは五十年前に出会った人間だ。彼女は褐色肌の少女で耳がとんがっている。

 現在は元ハワイであった海賊島バッドガイ アイランドの女王だ。五十年前はゴミの山であったハワイを見事ビッグヘッドによってきれいに再生してしまったのである。


 現在は海賊王国が各地に船の作り方を教え、海に出る人間が増えてきた。

 元日本共和国であるアマテラス皇国は海からの敵に備えて、人魚や魚人など海に住む怪物で防衛線を敷いている。彼らは亜人と違い、ケンタウロスやハーピィなど明らかに異質な体系を持つものが多かった。これは日本人が多神教で、キノコ戦争の時に自分達が人外になることを望んだためかもしれないらしい。

 今はよく寄港しており、よい客となっていた。


「まあ、昔の事より今が大事だ。俺の娘は羅漢ラカンにぞっこんだからな。機会を与えてやるのも父親の使命さ」


「そうだな。俺の次男は羅漢にぼろ負けになったから、勝つまで船は乗らないと言ってたっけ。目標があることはいいことだ」


 二人は父親の顔になっていた。たとえ海賊になっても親の心は忘れていない。

 だが彼らの言う羅漢とは誰だろうか?


 ☆


 そこは岩だらけの場所であった。砕石場で建築に必要な石材を加工する施設でもある。

 周りには足に鎖を繋げられたボロを着た人間が重い石材を運んでいた。その近くには鞭を持つ亜人の兵士が見回っている。

 ここは罪人の働く場所なのだ。


「さぁ働け! 働く分だけ刑期が短くなるぞ!!」


「ここはただ過ごすだけではだめだ! 決められた作業をこなさなければ何年過ごそうが解放されることはない!!」


「つまり、怠け者は刑期が一年でも一生出られないということだ!!」


 看守たちが鞭を手で叩きながら、見回っていた。中には手足が細くなり、老人のようにげっそりとした人間も多い。ここは鳳凰大国にある国の一つ、龍京ロンキンの刑務所である。

 犯罪を行ったものには刑罰として、採石場で働かせていたのだ。看守の言うように怠け者はいくら過ごしても解放されることはない。それどころか食事の量も減らされ、最後はやせ細って死んでいくのである。


「看守長、大変です!!」


 犬の亜人が重慶じゅうけい犬の亜人に声をかけた。どうやら看守長らしい。

 犬の亜人は息を切らし、舌をはぁはぁ出していた。


「どうした?」


「はい! 羅漢様がすでに刑期を終えました!!」


 すると看守長は苦い顔になった。そもそも受刑者に様付けするなどありえない。


「確か羅漢様の景気は十年のはず……。ここにきてひと月足らずで作業量に達したというのか?」


「はい、間違いありません。あの方は一人で山ほどの石材を抱えておりました! 誰一人手伝ったものはおりません、私がしっかり見張っておりました!!」


「すさまじいな……。さすがは金剛ジンガン皇帝の孫か。なら釈放の手続きをせねばなるまいな」


 看守長がつぶやくと、犬の亜人は顔を曇らせた。


「それが羅漢様は一生ここを出ないと言っております」


「なんだって?」


「自分には悪魔ウモが憑りついている、そいつが出ていかない限り、自分はここを出ないと言っております……」


「悪魔だと? そもそもあのお方がここに入った経歴は暴行事件だったな?」


「はい。確か龍京の財務関係の息子が羅漢様に難癖をつけ、二十人ほど武器を手にしてあの方を袋叩きにしようとしました。ところが全員複雑骨折の上に完膚なきまでに倒されていたのです。普通なら罰するのがおかしいですが、皇帝の命令で刑期十年の刑になったのですが……」


「刑期満了になっても出ていかないと……。ここを出たがる人間はいても、出るのを拒むのは初めてだ。さすがは羅漢様といったところだが、そうもいくまい。俺はこの件を上司に報告する。お前は他の面々と一緒に羅漢様を見張れ、いいな!」


 犬の亜人は敬礼するとその場を去った。周囲の囚人たちも羅漢の行動に驚愕していた。あいつがまた何かしでかしたのかと。

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― 新着の感想 ―
[一言] アマテラス皇国の亜人の種類が面白い。人外にあこがれ…エルフも人気そう。
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