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第2話 異形の怪物

「よし、かなり集まったな」


 龍英雄ロン インシオンは村の広場に集められた子供たちを見て、満足そうにうなずいた。

 英雄の予想通り、生き延びたのは子供たちだけだった。大人は例外なく死亡している。

 子供たちにさりげなく聞いたが、やはり自分たちは死ぬくらいなら動物に生まれ変わりたいと願ったらしい。

 

「おやじたちが死んだのは悲しいが、立ち止まってはいられない。俺たちはこれから核の冬に備えておかないとな」


 すでに気温は下がり続けている。家の中には潰れてしまった者もあり、そこから冬用の衣服を取り出す。英雄も厚着にしていた。


「僕たちはどうしゅれば、いいんでぶか?」


 一頭の豚が質問した。金華豚の亜人だ。気弱な少年で名前は大雄ダシオンという。

 どちらかといえば落ちこぼれで、みんなにいじめられていた。今はどっぷりと太った豚に変化している。


「まず住む家を決める。まあ、これは俺の家だな。村一番で大きいからな。これを改めて直して長い冬に耐えられるようにする。その後、死んだ者たちを一か所に集め、解体するんだ。塩もたくさんいるし、保存する瓶もいるぞ。村にある保存食もみんな集めるんだ。まずはそいつを少しずつ食べて、次におやじたちの塩漬け肉を食べていく形だな」


「うひぃ、ドン引きです。自分を生んでくれた両親に敬意を表しないのですか? とはいえボクも使える肉を食べるのは賛成だけど」


 こちらはアカギツネの亜人だ。元は商人の息子でよく日本製のおもちゃを買ってもらっていた。嫌味が多く、同年代に嫌われているが、大人の受けが良かった。

 名前は小夫シアオフという。よく大雄をいじめて楽しんでいた。


「敬意は表しているさ。だが死んだ者より生きている者が大事だ。もちろん解体した後はきちんと墓を作る。人肉を食べたくないという者は無理して食べなくていいからな」


 英雄が説明するが、反対する者はいなかった。子供たちは全部で十二名。全員猫や犬などの亜人に変化していたのだ。

 そのためか価値観が人間と違っているようだ。この村の人間は全員親戚のようなものである。

 家族の血肉を自分の身体に取り込む。その考えは子供たちにも伝わっていた。


「ふん、お前の命令を聞くなんてごめんだぜ」


 反対意見が出た。それはキンシコウの亜人であった。

 名前は胖虎パンフといい、村一番のガキ大将である。

 彼は英雄と一歳しか年が違わず、村に住んでいた。彼の家は貧しく、士官学校に通えなかった。

 それ故に英雄を目の敵にしており、反発していたのである。


「胖虎。今は争うときじゃないぞ。みんなが一丸となって立ち向かわなければならないんだ」


「黙れ! 故郷を捨てて、都会でぬくぬく暮らしてきたお前に俺たちの気持ちがわかるものか!!」


 胖虎は激高した。英雄は確かに帝京に住んでいたが、楽なものではなかった。

 つらい士官学校の訓練は、毎日、筋力トレーニングを繰り返し、肉を付けるために胃袋以上の米の飯と焼き肉を喰わされた。残したら竹刀で滅多打ちにされ、背中の皮がむけ、血だらけになる。

 

 さらに寮生活では暖房などなく、毎年寒い冬に悩まされていた。たまに食べるカップ麺の暖かさは心の芯までとろけていく感じがした。

 胖虎はそれを知らず、ただ都会は楽しくて便利なところと思っているようだ。


「胖虎! この村で一番年上は誰だ!!」


「はぁ、お前だろ?」


「そうだ、俺が一番年上で、指導者にふさわしいんだ。それをなんだ、この俺をお前呼ばわりするとは!!」


 そう言って英雄は胖虎の右頬を平手打ちした。あまりの痛さに胖虎は尻もちをついた。

 厳しいようだが、指導者は強気でなくてはならない。上官から口を酸っぱくなるまで教えられたことである。


 胖虎は歯ぎしりし、英雄をにらみつけた。そして立ち上がると小夫を含めた少年たちを連れて行く。


「お前なんかの下で働けるものか!!」


 そう吐き捨てて胖虎は立ち去った。

 残るは英雄と弟の虎鳳フーフォン、大雄などの気の弱い少年少女が残るだけだ。


「仕方がない。できるものだけやろう。お前たちは先ほどの作業を頼む。俺は車を使って、別の村に生き残りがいないか確かめてみるよ。だが猟銃などの装備は怠るな。おそらくこの異常事態で頭がおかしくなった人間が野盗を組む可能性が高い。防護柵の製作も教えておくから頼んだぞ」


「わかったよ哥哥グァグァ


「わかったじゃない。了解しました、だ」


 虎鳳は改めて敬礼した。村には農業用のトラックが一台だけあった。ガソリンは予め大量に購入してある。これを利用して生き残りを探し、物資を見つけるのだ。

 もうひとり大雄を連れて行く。虎鳳は割と人懐っこく、長の次男なのでみんな言うことは聞くだろう。

 だが大雄は気が弱い。今まではそれでいいかもしれないが、今後を考えると彼を鍛えないといけない。それに彼は重い物を軽々と持ち上げられるようになっていた。

 物資を運ぶのに役立つだろう。自分でもできることがあると認識させることが重要なのである。


 ☆


 村の北東には村があった。狩猟を中心に生活している。ラジジャン砂漠に近いので殻あの不調を訴えるものがいるという。

 大雄はあまり行きたくなさそうだが、英雄は迷わず向かった。生き残りがいるかもしれないからだ。軍人志願の彼は困った人がいる可能性を捨てないのである。


 一時間ほど走らせると、村にたどり着いた。木造建ての家が目立つ。木の実の採取に獣を狩ることで自給自足していたのだ。

 森に囲まれた村は静かであった。ほとんどの家が吹き飛ばされていた。

 おそらく核の衝撃波によるものだ。熱風までは来なかったが、その影響力は容赦なく村を襲ったのだろう。


 英雄は村中を探し回った。大雄に命じて潰れた家の探索をさせた。

 一時間後、三人の少女を見つけることができた。全員、ヨークシャー豚の亜人に変化していた。さらに村人が収集していた木の実と干し肉も発見する。それらをトラックに積み、真だ村人は英雄と大雄が解体して、塩漬け肉に加工した。少女たちは平然としていた。

 自分たちは散々森の生物を殺し、解体したのだ。人間が解体されても、自分たちにその番が回ってきたとしか思わないのである。


「隊長。荷物はすべて積んだでぶ。瓶が割れないように布団にくるんだでぶ」


「でかしたぞ大雄。これらは必要な品だ。大切にしないとな」


 大雄は照れた。普段、褒め慣れていないのか、どこか居心地が悪そうであった。


「あの、いいでしょうか」


 少女のひとりがおずおずと声を出した。


「何かな? 遠慮なく私に訊きたいことがあるなら、訊ねてもいいよ」


 英雄はしゃがみ込み、少女の目線になる。そして優しい声色で訊ねた。

 少女もそれに安心したのか、言葉に出した。


 なんでもこの村に周りに不気味な生き物が徘徊しているという。

 それは森の獣かと思ったが、なんと巨大な人間の頭だというのだ。

 さすがに英雄もそんな生き物は聞いたことがない。だが少女たちは言葉をつづけた。


 大人たちは遥か北部にあるラジジャン砂漠に行ったことがあるという。

 中華帝国政府はラジジャン砂漠の立ち入りを禁じていたが、大人たちは好奇心で砂漠に向かったという。

 確か、大陸だけでなく、外国向けのごみを無造作に捨て、ゴミの山ができているという話だ。

 それなのになぜそんなところへ向かったのか。

 ごみを捨てるダンプカーが五年前にぱったりと途絶えたのである。さらに政府の出したヘリコプターが半年に一度は飛んできたという。

 

 大人たちは政府が何をしているのか、知りたくなった。なのでこっそりと歩いて覗きに行ったのである。

 そこで見たのは緑の森であった。大人の中には老人もおり、かつては何もない砂漠を見たことがあるという。それが広大な森へと生まれ変わっていたのだ。

 村を戻った大人たちはこのことを長に話した。にわかには信じられない話である。

 ゴミの山が森に変化する。いったいどんな魔法を使ったのか。あまりにも不自然なので大人たちは不安になったのだ。

 

 あと巨大な人間の頭の怪物が徘徊しているのを見たのだ。そいつらは手で地面を掘り、むしゃむしゃと食べていたのである。

 あまりのおぞましさに大人たちは逃げ出した。

 皇帝陛下にこの事を訴えようとしたら、核ミサイルが発射されたという。


「ゴミの山が森になる? 信じられないでぶ」


 大雄は素直な感想を口にした。英雄も同じ気持ちである。

 だが士官学校で、深夜こっそりトイレに行ったとき、教官たちの密談を耳にしたのだ。

 中国は、世界はゴミを克服したそうだ。日本の最新技術のおかげで、使用済み核燃料を処理できるようになったのだと。

 何を夢物語と言っているのかと、英雄は気にも留めなかったが、少女たちの話を聞くとまんざら嘘ではないと思った。


 その時、がさりと茂みから音がした。

 森の獣あろうか。英雄は手に拳銃を持ち、音のしたところに構える。


「うぅ、あぁ……」


 出てきたのは異形の怪物であった。

 巨大な人間の頭部に手足が生えた怪物だ。

 顔は歪んでおり、頭部には毛は一本も生えていない。

 よろよろと歩み寄り、少女たちはぎょっとなりながら、後ろへ下がる。


「ぼく……。ぼくは、いったい、だれなの……」


 怪物の目から涙が零れ落ちた。

 怪物は三歩ほど歩くと前のめりに倒れる。


「うわぁ、気持ち悪い怪物でぶ。早く殺さないと不吉なことが起きるでぶよ」


 大雄が叫ぶ。彼の言うことは正しい。目の前のものは明らかに自然界のものではないのだ。

 早く殺さないととんでもないことが起きる。不安に駆られてもおかしくない。


「いいや、殺さない。こいつも一緒に連れて行こう」


 英雄が突拍子もないことを言い出した。


「こいつは確かに見たことない存在だ。だからといってすぐに殺すのは早急だ。それにこいつは思ったほど子供かもしれない。上官の命令があったら殺していたかもな」


 こうしてトラックに異形の怪物を積むこととなった。大雄は不安になった。

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