第12話 骨肉相食む
「なぜだ!! なんでお前がここにいるんだよ!!」
チャールズ・モンローは怒鳴った。なぜなら目の前の光景はあり得ない事だからだ。
ノヤギの筋肉隆々の亜人、龍金剛はここにいない人間なのだ。
なぜならモンローはこの龍京から離れて壱週間ほどの場所にいると教えた。だから金剛たちはそちらに向かっているはずである。それが三日前の話だ。
モンローは嘘をついた。実際には龍京で待機しており、金剛たちが帰ってきても間に合わないように亜人たちを殺して遊ぶ予定だった。
それなのに金剛はここにいる。魂が抜け出たのかと思った。だがその身体はきっちりと見える。相手は本物だ。
「黙りな白痴。約束を守れない人間はゴミカス以下だぜ。おばあちゃんだって嘘をつくなと教えるくらいだからな」
金剛は怒っていた。いや、相手が敵を欺くことは問題ではない。大事なのはモンローが女巫を人質に取っていることだけだ。
「主角、賢人!! 小夫じいさんと胖虎じいさんを助けるんだ!! 雪花おばあちゃんは後でいい!!」
これは雪花が自分よりも他者を優先にするようにと教育されたからだ。
「うむ、任せるのである!!」
「うぅぅ、おじい様今お助けいたします!!」
カピバラの亜人である主角は腕を組みながら、前歯を蛇のように伸ばして、巧みに操っている。
白馬の亜人である賢人は鼻毛を針のように飛ばして、小夫たちの手足を縛る縄を切断した。主角は二本の前歯で彼らを運んでいく。
「きっさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 僕の質問に、こたえろろろろろろろろろろろろろろろろろ!! なんでお前がここにいるって、聞いてるんですよよよよよよよよよよよよよよよ!!」
モンローは立腹していた。自分の思い通りにならないことに憤っていた。
「それは私です」
突如、金剛の背中から一人の女性が出てきた。
十代後半の年齢で髪の毛は鴉の羽のようにしっとりとした黒髪で、褐色肌だ。瞳は翡翠のような青い色で西洋人のような顔立ちである。
ただ耳が少々とんがっていた。着ている服は薄いピンク色の病衣であった。
「? お前誰だよ」
モンローはきょとんとしていた。本当に相手が誰だかわからないようである。
「私は実験体の一人だよ。金属細胞を埋め込まれてね。私の場合は死んだあんたの嫁の一人を土台にしているから真っ当な人型をしてるけどね」
「実験体だと!! お前の顔は知らないが、なんでお前は自由に動けるんだ!! それに僕の女たちはみんな醜い動物との合成にしているはずで、お前みたいなきちんとした人間はいないはずだぞ!!」
「私にもわからないわ。でも今はこうして目覚めている。そしてあんたが私を改造人間にしたことは知っている。だから私はあんたに復讐してやるのよ、あんたに嫌がらせをしてやるんだから!!」
少女はモンローに対して恨み節を言った。モンローは激昂している。よほど腹立たしいのだろう。
金剛たちは森の中で彼女と出会った。自分が改造人間だと告白したが、最初は信じてもらえなかった。彼女は証拠だと言って、白い豆くらいの大きさの石を木に埋め込む。すると木がビッグヘッドに生まれ変わったのだ。彼女はビッグヘッドを生み出す能力を付加されたのである。
彼女はモンローの研究所にはモンローが帰ってきていないことを教えた。王大頭はそれは一大事だと金剛たちを口の中に入れ、一気に走った。普通に走っているだけだが、歩幅が違うので常人の十倍速く龍京へ戻れたのである。
「くそぅ!! 創造主の僕に対してその口の利き方はなんだ!! なんてむかつくガキなんだろう、今すぐ殺してやる!!」
モンローは口笛を吹いた。すると略奪行為を働く人間たちが頭を抱えて苦しみだした。
体は見る見るうちに変貌していく。巨大な犬や猿、鳥などに姿を変えていったのだ。
モンローに囚われていた女巫はその様子を見て、驚愕した。人間が短時間で獣に変えるなどありえないからだ。
「ははははははははは!! あいつらの脳内には金属細胞を埋め込んでやったのさ。そしていつでも改造人間になれるようにね。もう元には戻れないよ、それと意識ははっきりと残してある。獣の身にやつしながら、人間の心を持つんだ。もちろん僕の命令通りに動く忠実なしもべだよ。まったく最高だぜ!!」
モンローは高笑いをしていた。女巫は呆れかえっていた。人間に対して含むものはあったが、ここまで残酷で無邪気な悪意は見たことがない。
人間を玩具扱いにして、げらげら笑い転げている。モンローは人間の顔をした悪魔だと思った。
「さてヤギの化け物君。君には素敵な相手を紹介するよ。そう君のパパさ。はりきってどうぞぉ!!」
モンローが叫ぶと、金剛の前に一人のノヤギの亜人が現れた。
五十歳の中年でこの都の最高責任者、龍超人である。
金剛は父親の前に立った。幼少時からあまり親子の会話は少なかった。それでも周囲からはこの国を動かす偉大な指導者と教えられてきた。
この国は王大頭も一緒に国を治めている。王大頭の場合はキノコ戦争の後始末のため、世界中を回っており、龍京の事は超人に任せていたのだ。
「親父……。なんて馬鹿な真似をしたんだ……」
金剛がつぶやいた。すると超人は見る見るうちに顔を真っ赤にする。
「親父じゃないだろう!! 偉大な皇帝と呼べよ!!」
まるで子供の癇癪みたいに怒鳴り散らした。金剛は驚かない。父親が周囲から偉大なる祖父、英雄の息子と持ち上げられていることを知っていた。
それを不満に思っていることも予測していた。よく雪花が祖父を引き合いにして、超人を陰でこっそりと叱っている姿を幼いころに見たことがあったのだ。
「なんで私は皇帝ではないのだ、どうして大臣などと呼ばれているのだ。まったく、納得がいかない、納得がいかないね。それもこれもあのデカ頭の怪物のせいだ、あいつがいるから私はまったく目立たず、飾り物扱いされているんだ。許せない許せない許せない……」
超人はぶつぶつとつぶやいていた。目はうつろで口からよだれを垂れ流している。
この国では偉大な存在である王大頭をデカ頭呼ばわりしている。よほど追い詰められたのだろう。
「別に名称が皇帝でなくても関係ないだろう。そもそも皇帝を名乗れるのは五十年前に滅んだ中華帝国の皇族だけだ。荒廃した世界を再生したのは王大頭だ。あんたはその事実を無視するつもりか?」
「だぁまれぇぇぇぇ!! 私は偉いんだぞ、すごいんだぞぉ!! この世でもっとも優れた私が馬鹿にされる苦しみを、お前如きにりかいできるものか!! 私はこの世界を支配する、私の言うことを聞く人間こそがもっとも優れた民族なのだ!! 私に逆らうものはすべて家畜以下だ、みんな潰してやる!!」
もう超人は人ではなかった。この世の理から外れた怪物へ変貌してしまったのだ。
「ふはははははははは!! 私は強いぞ、強いんだ!! 見ろ、この鎧のような肉体を!!
超人は両腕を上げた。すると着ている服がびりびりと破けた。体が一気に膨らみ、衣服が風船のように破けたのだ。
その身体は三メートル程に膨れ上がった。どす黒い紫がかかった体に、目は血のように赤く光っている。
父親は文字通り怪物に変貌してしまったのだ。
「くっ、親父の奴まんまとモンローに騙されたな! 仕方ない、賢人! 主角! そちらは任せた。俺は親父を倒す!!」
「うむ、任せるがいい!! 祖父も復活したから百人力だぞ!!」
「いや、任されても困る! おじい様は衰弱しているから戦えないんだ!! うぅ、怖すぎる!!」
主角は人間獣を相手に意気揚々としているが、賢人は嫌厭していた。
ちなみに褐色肌の少女は消えている。一体どこに行ったのやら。
「ははははははははは!! 親子で殺しあうなんて最高だぜ!! 僕はちょっかいを出さないから、思う存分骨肉の争いを見せてくれよ!!」
モンローは興奮していた。まるで貴重なスポーツの試合を観戦しているような雰囲気だ。あの男は見た目は青年だが、精神は幼児そのものである。
「ぐふぅ、ふっふっふ! 金剛、私はお前が嫌いだったのだよ。お前は私より人気があって好き勝手に遊んでいる。私に持たないものを持つお前は真っ先に殺してやりたいと思っていたのだ。その願いが叶い、私はとっても嬉しいよ。どうせならあの婆の見ている目の前で殺してやりたいね」
「あの婆とは雪花おばあちゃんのことか。実の母親に対しての口の利き方じゃないな」
金剛は怒っていた。我が父親ながらここまで馬鹿だとは思わなかった。だが心の底では父親を見下していたのも事実であり、父親を追い詰めたのは自分の責任でもある。
「せめておばあちゃんが気を失っている最中に形をつけさせてもらうぜ!!」
「ぐはははは!! 死ねぇ!!」
超人の巨大な右拳が金剛を撃ち抜いた。まるで岩を爆破したような音が響く。
まともに喰らえば瀕死は確実だ。しかし金剛はびくともしない。
超人は動揺していた。この世で一番強くなった自分の拳が通用しなかったのだ。
「軽いなぁ。あんたの拳は軽すぎるよ」
金剛が言った。すると超人の拳から湯気が出ている。金剛自身が熱を発しているのだ。
筋肉を鍛えた際に生じる超回復の熱が金剛の体を、石炭を燃やしたストーブのように真っ赤に熱しているのだ。
「馬鹿な!! 私の拳が、こんな!?」
拳だけではない。右拳から熱は伝線し、右腕はぐつぐつと煮だっている。
慌てて左手でかきむしるが、逆に左手も火傷を負い、水膨れができた。
さらに胸に触れるとそこも爛れていく。超人の体は金剛の熱でどろどろに溶けていったのだ。
「ぎゃああああああああああああああ!! なっ、なんで私が、こんにゃ、こんにゃめひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
超人の体が爆発した。最後まで全身に激痛が走り、生まれてきたことを後悔しながら超人は惨めな死にざまを晒すのだった。




