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第9話 賢人の実力

「ああ、つらい。とてもつらいなぁ」


 白馬の亜人である賢人シェンレンは泣き言をつぶやいていた。彼は龍京ロンキン胖虎パンフ将軍の孫だ。祖父はキンシコウの亜人で国士無双と呼ばれており、父親も同じである。

 賢人は馬の亜人だが家の中で本を読むのが好きだ。かといって体力は常人以上に高い。

 丸一日歩き続けても、次の日に疲労は残らないほどの強靭さはある。


「なんだなんだ賢人。随分弱気じゃないか、馬並みのお前さんがこんな根性なしとは思わなかったぞ」


 ノヤギの亜人である金剛ジンガンが言った。道らしい道はない。あるのは空を覆う森の木だけだ。金剛は太陽の位置で方向を定めている。彼に任せれば迷うことはない。


「歩くのに不満はないよ。こう見ても荷物を背負っても問題はないさ。ただ僕は荒事が苦手なんだよ、戦うとなったら僕は足手まといになってしまうよ」


 賢人は臆病者だった。馬は大抵臆病で繊細だ。それでも軍馬など戦場を駆け巡る馬はいる。

 賢人は最初から後継ぎから外されていた。祖父と同じキンシコウではないからだ。母親の血が濃く、逆に弟がキンシコウなのでそちらを後継ぎとされている。

 他の亜人同士で子供を作ることはできる。だが後継ぎは父親と同じ種族が望ましいとされていた。


 なので賢人はあまり武術を鍛えていない。放置されているのである。


「うむ。俺は逆に頭がよくないからな! 知識豊富な賢人が羨ましいぞ!!」


 カピバラの亜人である主角ズゥジャオがうなずいた。彼は宰相小夫シャオフの孫だ。彼はアカギツネの亜人である。よって主角は後継ぎから外されていた。彼らは政治から切り離された落ちこぼれだが、逆に自由な身の上である。

 その一方で金剛は彼らを差別しない。彼は次期大臣だが、身分を気にすることを嫌った。

 なので人間の女巫ニュウを差別しないのも同じだ。


「はっはっは、卑下するのはよくないな! 人それぞれだ、お前らにはお前らのやるべきことがある。あまり周りの人間に振り回されないようにな!!」


 金剛が言った。それを聞いて二人は安堵する。この男は裏表がない。人を見下すことを嫌うのだ。もちろん偉そうな奴や威張る奴は嫌いで、手痛いお仕置きをすることはある。


「それに龍京で一番偉いのは王大頭ワンダトウだ。あいつの胸三寸で政治が決まるんだよ。親父たちなんか気まぐれで役職を解かれてもおかしくないのさ」


「おいおい、王大頭様をあいつ呼ばわりするな。あのお方はそれくらいでは怒らないが、周りの大人たちは神経質になっているんだぞ」


「うむ。今も我らが見えない位置で見守ってくださるからな! あのお方の心の広さは井の中の蛙大海を知らずだな!!」


「いや主角。それは侮蔑のことわざだぞ」


 主角の言葉を賢人がたしなめる。王大頭は彼らの見えない位置で待機していた。いつでも彼らを守れるよう見守っているのだ。

 森を進んで三日になる。途中で野営をして過ごした。その際に金剛と主角がアナウサギやアライグマを狩ってきた。賢人は川の近くに徘徊する亀ミシシッピアカガミガメを捕まえる。いくら本の虫でも野営をする気概は持っていた。

 

 四日目に川の近くを歩いていると、野営の後が見つかった。これは随分前のものの様だ。

 おそらくは調査隊のものだろう。地面には焼いたブラックバスやブルーギルが捨てられている。

 昔はここに住んでいなかったが、数十年前に王大頭が持ち込んだものらしい。繁殖力が高くあっという間に増殖したそうだ。


 主角が前歯を伸ばして魚を捕っていく。もとからこの国にいるソウギョも手に入った。あとはウシガエルなどのカエルも捕まえる。足が鳥の手羽先のようにうまいのだ。

 この日の夜はごちそうにありつけた。火を焚き、獲物を焼いて食べる。岩塩を振りかけるだけでうまい。

 

「ふぅ、疲れた体には塩が一番だな。城の優雅な生活も悪くないが、気の合う人と一緒に食べるのが一番楽だ」


「うむ。他の連中は俺たちを見下すからな! 特に大雄ダシオン様は大変だ。金華豚の亜人なのに後継ぎは虎しか生まれなかったんだ。それゆえに虎鳳フーフォン様と一緒に大頭船で海に出るしかなかったのだ!!」


 主角が生きたまま甲羅を裏返しにして焼いた亀を食べている。味付けはしなくとも食べられるのだ。さらに甲羅の中に溜まった汁もうまい。

 昔は生き残った者で力を合わせて暮らしていた。なのに今は身分や種族で差別されている。

 大雄の一族もそれなりの地位があるのだが、フゥ一族の娘と結婚した。後継ぎはすべて虎しか生まれなかったのだ。それでズゥ一族の猪の亜人の娘を息子に嫁がせても虎の亜人しか生まれなかった。

 それ故に大雄の一族は呪われているとして忌み嫌われている。なので虎鳳とともに大頭船に乗り込み、七つの海を駆け巡っていた。なんでも元アメリカにあるカルフォルニアを中心に中継基地を作っているというが、龍京ではあまり関心がなかった。なぜなら都に住む者にとって、龍京が世界の中心であり、他の国は侮蔑の対象でしかなかったのだ。


「まったく王大頭の教えが広がらないのが問題だな。昔の出来事が次から次へと忘れ去られていく。雪花シュエファおばあちゃんが歴史の勉強を教えるのも渋る奴が多いそうだ。まったく昔より今の方が大事というやつが多すぎる!!」


 金剛は怒っていた。自分が大臣にふさわしくないと陰口をたたかれるのは我慢できる。しかし敬愛する祖母が貶されるのは許せなかった。彼女を老害と称し、余計なことを教えるなど周囲に苦情をいれられていることも知っていた。

 龍京は今傲慢不遜になりつつある。自分たちが世界を再生したのだから、自分たちが偉いと思い込んでいるのだ。まったく生まれてから龍京を出たことのない大人たちの言葉は空気より軽い。


 ☆


「がはははは……」


  闇の中から笑い声が聴こえる。おかしくて笑うより無理やり笑い声をあげている感じだ。

 焚火の炎からうっすらと現れたのは虎であった。

  それも虎の頭の横に手が生えていた。さらに虎のしっぽには人間の頭がついており蛇のようにきょろきょろとしている異形の怪物であった。人間の顔は白人男性で、目をぎょろつかせ、よだれを垂れ流している。

 それが三体もいる。賢人は驚いたが他の二人は平気そうだ。


「虎の話をしていたら虎の怪物が出たぞ。こいつらも人造人間メタニカルアニマルなんだな。人間虎レンフゥと名付けよう」


「うむ。ちょうど三体、こちらも三人。ちょうどいいな!!」


「ちょっ、僕はやだよ。戦いたくないよ!!」


 金剛と主角は乗り気だ。虎は相手にかみついてくるが、頭についてある両手で相手を捕まえてくる。

 さらに人間の頭も蛇のようにこちらへかみついてきた。なかなか厄介な相手だ。


 金剛と主角は人間虎レンフゥをそれぞれ一体ずつ引き離した。残るは賢人のみ。


「あわわわわ……。僕は戦いたくないのに……」


 賢人は逃げ出した。野生の虎に対して背を向けるのは愚の骨頂だが、賢人の足は速い。まさに馬脚であり、走るヤギウマにも追いつくほどだ。

 だが人間虎は普通の虎ではない。金属細胞で強化された怪物である。

 森の中に逃げても人間虎は巧みに木を避けていく。対して賢人は馬だ。夜の目は効かない。


 どてっと地面に転がってしまう。人間虎は木に登り、高く飛んだ。賢人に突撃しかみ殺すつもりなのだろう。

 

「ひぃぃぃぃぃ、やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 賢人は混乱した。鼻息が荒くなる。破れかぶれだと賢人は人間虎に鼻を向けた。

 すると彼の鼻の穴から二本の矢が発射された。放たれた矢は人間虎の両目に突き刺さる。

 たまらず、人間虎は体勢を崩してしまい、そのまま地面に落下した。

 

 賢人は鼻の穴に矢を隠し持っていたのか? いいや、違う。それは彼の力だった。

 賢人は鼻毛を自在に操ることができるのだ。鼻毛は埃など守る機能がある。彼はそれを自在に伸ばし、矢のように放つことができた。

 その一方で女にだらしないと決めつけられた。鼻毛は女にうつつを抜かすと揶揄されており、鼻毛でトンボを釣る阿保とも呼ばれていた。

 なので賢人は真面目に生きて本を読み知識を蓄えるようになったのだ。


 人間虎は目をつぶされた。しかししっぽの先にある人間の頭部が生きている。あちらが健在な限り人間虎を倒すことはできない。

 それに金剛の筋肉の熱風以外で倒せたためしがないのだ。


 万能無敵な生き物はいない。熱風でしか倒せないというなら、なぜ熱風で倒せるのか考えるのだ。


 賢人は鼻毛を伸ばす。今度は槍のように二本の鼻毛を伸ばした。狙いは人間の頭部だ。鼻毛の槍は顔に突き刺さるが、相手は全くひるまない。

 賢人は力を込めた。鼻毛に熱を送る。すると人間虎は苦しみだした。そして動かなくなる。


 賢人は動かなくなった人間虎に近づいた。すると体温が異常なまでに冷たいことに気づく。

 おそらくこいつらは体温が異常なまでに冷たいのだ。金属細胞は有機体と違い熱を帯びない。体温が低いので多少の傷は平気なのだろう。逆に熱を帯びた攻撃に弱いのだ。


「こいつらは死人だ。死人だから熱に弱いんだ!! だから金剛の攻撃はよく効くんだ!!」


 詳しい過程は省き、結論だけを口にする。金剛はともかく主角の攻撃は通用しなかった。逆に熱を込めれば相手に聞くのである。

 早くこの情報を伝えなければ。賢人は真っ暗な森を走っていった。


 その闇の中から巨大な顔が浮かぶ。王大頭だ。


「ふふふ、どんどん知識と知恵を身に着けていくな。感心感心……」


 そう言って人間虎の死骸を食べるのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 賢人も意外に強いんですね。賢さもあって、一番バランスがいいタイプですよね。
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