第8話 主角の力
「ふぅ、行けども行けども森ばかりだな」
ノヤギの亜人である龍金剛は愚痴をこぼした。
今彼は白虎県に向かう森を歩いていた。道はない。交流がないからだ。獣道程度はあるが人間が歩くには不自由である。
五十年前はそれなりに人の流れはあったが、キノコ戦争によって人の営みは激変した。
身に着けているのは腰みのに、食料を入れた革のカバンだけである。
背後には白馬の亜人の賢人とカピバラの亜人の主角も歩いている。彼らは旅装束を着ている。賢人はとぼとぼと、主角は楽しそうに歩いていた。
賢人の図体は大きいが臆病者だ。逆に主角はカピバラだが堂々としている。いや、何も考えていないだけかもしれない。
「ああ、なぜ僕はこんなことをしているのだろう。龍京城で本を読んでいたかった……」
「うむ、城の中では体験できないことばかりだ。清々しいなぁ!!」
賢人は俯きながら弱弱しく声を上げ、主角は豪快に笑っていた。
森の中は歩きづらい。茂みで視界が遮られ、歩くところも落葉や木の枝などで不安定だ。それにうっそりと暗く、まるで巨人の口の中を連想させる。
金剛は狩りをするためによく山に入るが、賢人は未経験だ。主角はそれなりに巨大化したノヤギを狩っている。
「この森も王大頭が作ったものなんだよな。昔はこの辺りは荒野でゴミの山に汚染された土が広がっていたそうだ」
「僕はよく知らないな。ただ王大頭様が見せてくれた木版で知っているけどね」
王大頭の木版とは、自分が観た光景を、木版を口に飲み込み、焼き付けることができるのだ。
木版だが写真と同じ画像を再現できるのである。生きたカメラと言ってもいいだろう。
龍京にはキノコ戦争で荒廃した写真を飾る博物館があった。
「でも人間の村では不満を抱いているものが多いというよ。失われた自然を復活されて迷惑だという人がいると聞くね」
賢人がつぶやいた。なぜ人間の村は自然を回復したことに嫌悪を示すのか。
それは王大頭が活躍するのが気に食わないのである。ビッグヘッドという怪物によって荒廃した世界が再生されたのだ。彼らは人間のプライドを粉々にされ、憎しみを募らせているという。
さらにキノコ戦争によって貴重な動植物が消えてしまい、新たに外来生物が持ち込まれた。キノコの毒に汚染された荒野にビッグヘッドが喰らい、新たな森を作った。
そしてアライグマやヌートリア、生命力の強い外来生物を持ち込み、新たな生態系を生み出したのである。
当時の中華帝国を知るものはレアな動物と植物が消えてしまい、金にならなくなったと恨み節を謡っていた。自分たちの信じていた社会が崩壊し、王大頭たちが起こした国の制度に反発しているのである。
数年前までは龍京と人間の集落では争いが続いていた。今の長老が和平を結んで今に至る。
玉葉館で働く遊女、女巫が働いているのは、人間たちに重要な役職に就かせないためだ。男は力仕事などに回されている。兵士になるものもいるが、危険な野外の警備を任されており、不満を抱いていた。
「今は過去の栄光にしがみつく老害どもが足を引っ張っている。未来を変えるのは俺たちだ」
金剛が言った。彼は常に未来を見ている。自分は英雄の孫と呼ばれているが、それは自分の体の一部と思っていた。周りが英雄の孫と見るならそれでいい。あくまで自分は自分らしく生きる。それが龍金剛であった。父親の超人は少しひねくれているが。
ちなみに王大頭も旅に同行しているが、姿を見せない。彼はあくまでお目付け役であり、手助けはしないそうだ。
☆
「ケーッケッケ!!」
不快な笑い声とともに、上空から何かが飛んできた。それは雉であった。
人間の頭に、額には雉の首が、耳は翼であごの下は鳥の足が生えている。
目をぎょろつかせ、視線は定まっていない。通常の頭より一回り大きく、それが十数匹もやってきたのだ。
「ふん、人面雉か。相手にとって不足はない!!」
「いや、僕は怖くてたまらないよ!!」
「うむ、賢人は後ろに下がるがよい!!」
主角は両腕を組みながら前に立つ。そして前歯を向けた。
二本の前歯はニョロニョロと伸び始めた。蛇のようにグネグネ動くと、人面雉めがけて攻撃する。
人面雉は奇声を上げながら攻撃してきた。狭い森の中を平気で飛行している。
木の枝が切断され、木の幹に切り傷ができた。どうやら彼らの翼は包丁並みの鋭さを要しているようだ。
主角は冷静に前歯で人面雉を叩き落す。目から歯を突き刺し、ぶんぶんと振るって木の幹に叩きつけた。
べちゃりと木の幹に張り付くと、ぺりぺりと剥がれ、地面に落ちる。するとぴくぴく震えると、再び飛び立つのであった。
「主角はがんばっているが、とどめを刺すのは俺だな。いくぜ!!」
金剛は両腕を伸ばした。そして上に向け、力こぶを作る。
フロント・ダブルバイセップスのポーズだ。これはボディビルのポージングの一つである。
祖父の弟、龍虎鳳が教えてくれたのだ。彼は海賊として活躍しており、世界各国から様々な土産を持ってくる。それは鉱物や食料だったり、情報なども含まれていた。
そんな中で金剛はボディビルの話に興味を抱いたのだ。ボロボロの本だが、鍛え抜かれた筋肉の写真に魂を奪われたのである。
さてポージングをとると、彼の体は熱気を帯びていた。鍛えた筋肉を熱し、その熱気を操るのである。
その熱気に恐怖したのか、人面雉たちは一斉に金剛に襲い掛かった。
だが金剛の放った筋肉の熱風により、人面雉の体は沸騰する。そして体は崩れて死んでいったのだ。
死骸からは水銀らしきものが流れ出た。チャールズ・モンローが言っていた金属細胞というものだろう。人間と動物を融合させるなど、凶器の研究としか言えない。もっとも金剛たちはあまり科学を知らないので、魔法の類と思っている。
「さすが金剛はすごいね。僕には真似できないよ」
「何を言っているんだ賢人。お前や主角だって使えるじゃないか」
「僕は自信がないよ。主角の方が強いって」
「うむ! だが俺では倒しきれなかった。あの怪物たちは金剛の力でないと無理だな。まだまだ修行が足りないな!!」
主角はがっはっはと笑った。
彼らは特殊能力を使うことができる。これは神応石の力でできたのだ。
幼少時、金剛たちは周囲から期待を受けていた。なぜなら龍京を建国者たちの孫だから。
一般人は無責任に彼らを期待する。建国者の孫、英雄の孫なんだから強いんだ、賢いんだ、すごいんだと。
周りからの期待を集める一方で、失敗を期待する目もあった。
エリートの一族が何かミスをすれば、彼らも同じ人間だという安心感を得たいのだ。
さらに毎日贅沢な食事をしているので嫉妬もしていた。実際は一般人の食事と変わりはないのに。
そんな環境だからか、金剛は虎鳳から教わったボディビルに興味を示した。
スクワットから、腕立て伏せに腹筋を軽くこなした。
鉄棒を使い、懸垂を行ったりもした。さらに虎鳳が拾って修復したトレーニング器具も使ったのだ。
おかげで彼は美しい筋肉を手に入れた。祖母の雪花の勉強は逃げ出しても筋力トレーニングは逃げなかった。
賢人は知識を、主角は武術を鍛えた。
ある日、金剛はポージングをしていると、体中に熱気を帯びていることを知った。
それを自在に操ることができたのである。
主角の場合は、自分はネズミなので前歯を自在に伸ばせるだろうと思い立ったそうだ。
最初は周りの人間に驚かれた。次に恐怖の色が濃くなった。祖母は変わらなかったが、父親は露骨に嫌悪した表情を浮かべているのを金剛は覚えている。
まだ生きていた母親は「金剛ちゃんはすごいわねぇ」と褒めてくれた。
それ以来母親の言葉を胸に秘め、力を活殺自在に操ることを目指したのだ。
王大頭曰く、五十年前に人間が亜人に変化したのだ、彼らが特殊な能力に目覚めてもおかしくないだろうと笑っていた。
金剛だけでなく、同年代の子供たちも能力を発動させることが多かった。
それに引き換え大人たちはまったく皆無である。
おそらくは感受性の高い時期だからこそ、能力を意識しやすいのかもしれない。
子供は基本的に想像力が自由だ。大人たちに正しい知識を教えられて成長していく。
金剛の場合、祖母は厳しくもある程度自由にやらせていたため、自由奔放な性格になったのだ。
「俺だけに頼るのはやめてくれ。自分の身は自分でなんとかしてもらいたいな。俺は女巫を救うために旅立ったんだ。お前らのお守りはごめんだよ」
金剛が毒づいた。生まれてからずっと一緒に生活してきたが、あまり仲良しとは言えない。お互い重鎮の一族ということで、他の子どもより厳しく育てられているが。
「僕だっていやだよ。でも雪花様に言われたんだ、金剛を放置してはいけない、最後まで見届けるようにとね。途中で逃げ出したら胖虎おじいさまに何を言われるかわからないよ。それでも雪花様を悲しませる真似はしたくないな」
「うむ! 雪花様は俺たちみんなのおばあちゃんだ! 小夫じいさんよりもあの人との付き合いが長い! あの人には笑顔でいてもらいたいからな!!」
賢人と主角が言った。彼らは血のつながった家族より、雪花との絆が深い。
「まったくだな」
金剛も賛成した。
「ふふふ、よくぞ倒した」
そこにひょっこりと王大頭が現れた。巨大な人間の顔の怪物だが、幼少時から見慣れているので、親しみがある。
「あんたか。なんで助けてくれないんだよ」
「ふふふ、お前たちの成長を邪魔しないためだ。最初から手助けされると学習することができないからな」
金剛は王大頭をあんた呼ばわりしたが彼は気にしない。王大頭は人間雉の死骸を食べていく。
ぼりぼりと食べていくと、やがて考え込むようになった。
「ふむ。こいつらは外国からの観光客だったようだ。それをチャールズ・モンローによって金属細胞を動物と一緒に移植されたらしい。しかも人間の意識を残して動物の方の脳を優先させているようだ。悪趣味にもほどがあるな」
王大頭の言葉に金剛たちは顔をしかめる。人造人間たちは無理やり動物と融合された人間なのだ。そして苦痛が長引くように自分の意識は残され、自由にできない。
人間を憎んでいるとしか思えない所業に、金剛たちはモンローに嫌悪感をあらわにするのであった。
「なかなか、筋がいいな」
王大頭は離れた場所で待機していた。なるべく金剛たちの力で解決させるべきだと思っている。
王大頭は死んだ人間雉を食べた。そいつが持つ神応石で生前の風景を覗き見る。
全身銀色の青年がにやりと笑っている。まるで爬虫類のように気味が悪い。
何やら騒ぎ立てる声が聴こえるが、恐らく人間雉の元となった者たちの声だろう。
嫌がる彼らを無視して、青年は壁にあるレバーを下げる。さらに絶叫が聴こえてきた。
「吐き気がするな」
王大頭はビッグヘッドという怪物だ。人間の手によって生まれた存在だ。
その彼は人間に吐き気を催すのであった。
主角の設定はまだ語るわけにはいきません。設定を暴露するのは作品の中だけと決めております。




