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第1話 破滅の日

「うぅ、ここは……?」


暗闇の中、龍英雄ロン インシオンは目を覚ました。

 彼は十八歳の少年であった。中華帝国、略して中国の士官学校を卒業したてである。

 北部にある玄武ヘイウ県に帰ってきたばかりであった。玄武県は緑豊かな森林に囲まれた国である。そこは古くから龍一族が複数の民族をまとめ上げていたのだ。


 英雄はそのおさの長男であった。両親と五歳離れた弟の虎鳳フーフォンとは3年ぶりになる。

 お土産には帝京ディキンに出展している日本共和国のスーパーでお菓子や乾電池、便利な日常雑貨などをリュックサックいっぱいに買ってきた。

 国内の物は粗悪品が多く、高くてすぐ壊れるし、食品は下痢や吐き気を催すからである。

 群所色の士官学校の制服を着たままの帰国だ。


 英雄は故郷に向かう定期バスに何時間も揺られつつ、懐かしい家族の顔を思い浮かべていた。

 バスは崖の上をぎりぎり走っている。路面舗装などされておらず、でこぼこ道で乗り心地は悪い。

 

「そういえば今年はノストラゴメスの大予言の年だったな」


 英雄は士官学校の同級生たちの噂話を思い出した。なんでもフランスが生んだ大予言さノストラゴメスは破滅の予言を残したというのだ。


『一九九九年、七の月。西の大陸に住む恐怖の大王は世界を瞬く間に炎を包むだろう。しかし、それは終わりではない。南に住む箱舟の住民が百年後に現れ、世界に秩序をもたらす始まりの日でもあるのだ』


 英雄はオカルトに興味はなかった。同級生たちは気弱な友人に対して、もうすぐ世界は滅ぶんだぞと脅して楽しんでいた。それに怯える姿をみんなで笑い飛ばし、教官に見つかって大目玉を喰らい、連帯責任で校庭を十周走らせたのである。思い出したくない、忌々しい記憶であった。


 中華帝国ではほとんどが無神論者だ。精々儒教の影響が強いだけである。

 儒教とは千年以上昔の学者である孔子こうしが唱えた道徳・教理を体系化したものである。その学問内容を儒学という。儒教は、その国家教学としての規範性・体系性を強調した称なのだ。宗教とは違うのである。


  詳しく述べると中国古代の儒家思想を基本にした学問を儒学と呼ぶ。


孔子の唱えた倫理政治規範を体系化し、四書五経ししょごきょうの経典を備え、長く中国の学問の中心となった。

自己の倫理的修養による人格育成から最高道徳「仁」への到達を目ざし、また、礼楽刑政を講じて経国済民の道を説くのである。

のち、朱子学・陽明学として展開した。日本には四、五世紀ごろに「論語」が伝来したと伝えられ、日本文化に多大の影響を与えたそうだ。


 士官学校の入学式でも皇帝陛下が「国民に大事なのは道徳である。人を陥れてはいけない、不真面目に生きてはならない。道徳こそが人間にとって重要な教育なのだ」と説いた。


  なので英雄はあまりオカルトに興味はない。道徳こそが重要であり、人を面白半分にからかう者を軽蔑していた。


 英雄はぼんやりと窓から外を眺めていた。すると空が突然光り出し、衝撃が走る。バスの中はごろごろと回転し、崖の下へ落ちていったのだ。


 ☆


 英雄が目覚めたとき、辺りは静かだった。やけに寒く感じる。

 いったいどうなったのかと、周りを見回すと、バスの中は地獄と化していた。

 運転手や乗客は転落の衝撃で死んでいた。バスは床が天井のようになっている。おそらく横転して崖の下で止まったときにさかさまになったのだろう。


 英雄は身を起こした。だが自分の身体に違和感を覚えた。

 それは両手を見てすぐにわかった。自分の手が真っ白い毛に覆われているのである。

 さらに頭を撫でてみた。耳の形がやけにとんがっており、鼻も平べったくなっている。

 そして頭には角が生えていたのだ。


 慌ててバスのガラス窓で自分の顔を映してみた。そこには自分の顔がノヤギに変貌していたのである。


 英雄はあまりの状況に発狂しそうになった。だが外の様子が少しおかしい。急いで窓をけ破り、外へ出てみる。

 すると空は真っ黒な雲に覆われていた。まるで黒いじゅうたんのようである。

 日が差さないので寒さを感じているが、全身に生えた毛のおかげでそれほど寒さは応えなかった。


「いったいどうなっているんだ。なぜ自分はノヤギになったのだろうか」


 英雄は頭をひねって考えた。そういえば自分の家はノヤギを飼っていた。ノヤギは環境に強く繁殖力が強い。

 バスが横転した時、自分は死にたくないと強く思った。強くなれるならノヤギになりたいと心の片隅にあったのかもしれない。


「とりあえず村へ戻ろう。幸いこの身体だと力が湧いてくる」


 英雄は自分の身に起きた不幸を、幸運と捉えることにした。

 バスの中に戻り、死んだ乗客たちの荷物を回収した。その上で、墓を作り、丁寧に弔った。

 おみやげの詰まったリュックサックはまるで綿のように軽かった。乗客の所持していた荷物を四つほど手にしたが、苦にならないのだ。

 

 故郷の村はバスで一時間かかる距離だ。丸一日歩き続ければ大丈夫だろうと、英雄はそう思った。


 身体は思ったほど軽くなっていた。重い荷物はまるで空っぽのプラスチック容器で、かさばることだけが面倒なくらいである。

 英雄は崖の上を登り、道なりにそって歩いていく。整備されておらず民家もない危険な道だが、彼は気にせず歩いていった。


 丸一日かけて村に戻ったが、そこは地獄であった。

 村人のほとんどは死んでおり、死体がそこら中に散らばっていた。

 英雄は急いで自分の家に戻る。レンガ造りの家だ。彼はそこで信じられない物を見た。

 家の玄関前に、両親の死体が転がっていたのだ。その真ん中に一頭のパンダが泣きじゃくっていた。


 パンダは英雄が来たことに気づくと、泣くのをやめ、彼に駆け寄った。

 そして英雄に抱き着き、再び泣き出したのである。


哥哥グァグァ!!」


 哥哥とは兄を意味する言葉である。


「……まさか、虎鳳なのか?」


 英雄は小さなパンダが我が弟だと知ると、目の前が真っ暗に見えた。

 なぜこうなってしまったのか。英雄は変わり果てた弟から話を聞くことにした。


 なんでもラジオから他国が核攻撃を仕掛けたというのだ。虎鳳も最初放送を聴いたときは冗談だと思っていた。

 ところが北部にあるラジジャン砂漠方面に巨大なキノコ雲が現れるのを見た。その瞬間、外にいた人間は衝撃波の影響で死んでしまったのである。

 ラジジャン砂漠は使用済み核燃料を処理しているとのことだが、不思議に放射能検査では自然界に存在する放射能度しか検出されなかったという。


「わが国でも核ミサイルの開発は進んでいると聞いたが……。いったいなぜ?」


 英雄は考えてみたが、よくわからなかった。

 士官学校でも核兵器は抑止力に使う物であり、実際に使ってはならないと説明した。

 一九四五年に起きた日本共和国の核実験事故では何十万人の市民が犠牲になったという。

 兵器として活動させれば、人類が滅んでもおかしくないとされていた。

 

 だがこの兵器に魅力を感じ、アメリカやロシアはこぞって核開発に勤しんだ。日本の事故など自分たちには無関係だと言わんばかりに。

 一九八八年、ロシアにあるチェルノブイリでは核実験の事故により、広大な大地が汚染される事件が起きた。そのためロシアは核実験を凍結させたという。

 それでも核兵器の魅力は捨てがたく、こっそりと核開発は進んでいるそうだ。


「哥哥。おいらたちはどうなるの? なんか空が暗くなっているんだけど……」


「士官学校では核攻撃が起きた際に、地表の粉塵が舞い上がって上空を覆う現象が起きるそうだ。それが核の冬というらしい。しかしこの曇り具合からして我が国だけとは限らないようだな……」


「食べ物はどうするんだよ。お日様が出てこないと畑を耕せないよ」


「それはそうだが……」


 英雄は周りを見回した。両親の死体だけでなく、村人の死体がちらばっている。

 もしかしたら自分たちと同じように生き延びた子供がいるかもしれない。今は力を合わせる時である。


「……虎鳳。おやじたちの死体を集めろ」


「埋葬するのかい?」


「いいや、食べるんだよ」


「食べる?」


 虎鳳はきょとんとなった。兄が何を言っているのかさっぱり理解できなかったのだ。


「おやじたちの遺体を食べるんだよ。もちろん、そのまま食べるわけじゃない。保存食として加工するのさ。おやじたちだって息子の俺たちが生き延びると思えば喜んでその身を捧げるだろうよ」


「でっ、でも、人間を食べるなんて」


「いいや、俺たちは人間じゃない」


 英雄はきっぱりと言い切った。


「俺はノヤギで、お前はパンダだ。言葉は通じ合うけど、人間じゃない。人間じゃないから人肉を食べてもいいんだよ。頭が悪いなお前」


 英雄に指摘され、虎鳳は手を叩いた。そんなうまい考えがなんで思いつかなかったのか、気づかなかったのだ。


「なるほど! さすがは哥哥だ。頭がいいな!」


「そうだぞ。頭は生きているときに使うのが一番だからな。その前に生き残りがいないか探してみよう。いたら死体の加工を手伝わせるんだ。もちろん加工した肉はみんなで仲良く食べるんだぞ」


「忙しくなるね」


「まったくだ。さあ、行こう」


 こうして英雄と虎鳳は生き残りを探し、死んだ人間の肉を加工する作業へ移るのであった。幸い、ふたりは家畜を解体した経験があり、解体用の器具もそろっている。

 核の冬に備えて、食べられるものは食べる。だって自分たちは人間じゃない、亜人なのだから。


「そういえばなんでお前はパンダなんだ」


「なんでだろうね。おやじたちがおいらを家に押し込めたとき、家ががたがた揺れていたんだよ。その時死にたくない、生まれ変わるならみんなに愛されるパンダになりたいと思っていたんだ。そのせいかな」


「偶然だな。俺の場合はしぶといノヤギになりたいと思っていたんだよ。いやはや人間はいざという時には動物に生まれ変われるのかもしれないな」


「本当だね」


 あっはっはと兄弟は馬鹿笑いをするのであった。

 この世界における中国は現実の中国ではありません。

 歴史もまったく似ているようで違います。

 スペインやフランスなど似たような名前はありますが、現実とは別です。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここで亞人化!! 亞人なったためか、両親がなくなっても悲壮感がないですね。生きる為には何でもするというところが亞人化の鍵でもあったんでしょうね。
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