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第6話 猿の怪物

「いらっしゃいませー!!」


 華やかな着物を着た亜人たちが、ノヤギの亜人、龍金剛ロン ジンガンを迎えていた。

 ここは龍京ロンキンの北側にある娼婦街である。二階建ての木造建築にきらびやかな装飾品や色とりどりの旗などが飾られていた。

 まだ太陽が真上にあるため、客の数は少ない。この時間帯で遊びに行くのはよほどの遊び人だけである。

 

 建物の入り口には横文字で『玉葉館ぎょくようかん』と墨で描かれていた。


「おう、女巫ニュウはいるかい?」


 金剛はサソリの亜人の娘に声をかけた。身体中固い毛で覆われており、口には牙が生えている。手の爪は鋭く常人をより一回り大きい。尻にはサソリの尻尾が生えていた。

 それに華やかな着物を着崩している。

 

「はい、おりますよ。というか女巫姐さんを指名する人は、金剛さまくらいなものですね」


「そんなに人気がないのかよ」


「そうですね。なんというか陰気なんですよ。そりゃあ虫の亜人であるわたしも客を取ることは少ないですけどね。姐さんの場合は卑屈な感じが致しますね」


 サソリの遊女はぺらぺらとしゃべっている。小馬鹿にしているわけではなく、真剣に考えている感じだ。女巫は売れっ子とは言えないが、面倒見がよい性格なのである。


「俺には関係ないね。予約なしでも遊べるから最高じゃないか。いつもの部屋でいいな?」


 そういって金剛は店の中に案内される。そして二階からひとりの遊女が現れた。

 それは人間の女であった。絹のような肌に、カラスの羽根のように黒い髪の毛が印象的である。孔雀をあしらった着物に、孔雀の様なかんざしを挿している。

 顔形は美しいのだが、生気のない能面の様な顔であった。それ故に客が寄り付かないようである。

 胸をはだけており、メロンの様な胸が見えた。無愛想な顔と反して暖かく柔らかい肉まんであった。


「よう女巫。来たぜ」


「どうぞ、こちらへ」


 素っ気ない返事だが、金剛は気にしない。金剛は代金の入った袋をサソリの遊女に渡した。これは金剛が狩りで稼いだ金だ。親の金ではない。


 こうして金剛は二階の座敷へ上がるのだった。


 ☆


 部屋の中は十畳ほどであった。漆塗りの食器に、屏風が置かれてある。

 女巫は三味線を弾いていた。金剛は寝転がって、曲を聞いている。時々酒を飲み、ごろごろと畳の上を転がっていた。

 元々金剛は女巫を抱くことはなかった。女を金で買い、性交に及んだことすら一度もない。

 金剛は女たちが身に着けた芸を純粋に楽しんでいるのだ。人形のような女巫を眺めるのもそのためだ。


「……金剛さまが早く来るとは思いませんでした」


 ぼそりと女巫がつぶやいた。


「ふむ、そんなに俺に会いたかったのか?」


「いいえ、あなたさまが宰相さまに捕まったと聞き、しばらくは拘束されると思ったからです」


「はっはっは、お前に会いに来るのに理由などいらないさ。実際には雪花シュエファばあちゃんに捕まったけど、無事に振り切ったよ」


 金剛はけらけら笑い飛ばした。彼は無理やり逃げ出したのである。

 女巫はまったく動じていない。いつものことだと思っているのだ。

 彼女は再び三味線を弾き始めた。金剛はうっとりとした表情で曲を聴いている。


「……関係ないが、お前はチャールズ・モンローという名前を聞いたことはあるか?」


「いいえ、聞いたことはございませぬが」


 金剛の問いに女巫は答えた。いきなり金剛がこのようなことを尋ねたのは初めてだからだ。


「その名前に何か深い意味があるのでしょうか」


 女巫が訪ねたが、金剛は何もしゃべらない。もうこの話はこれで終わりだ。


 金剛は雪花から聞いた話を思い出す。

 五十年前にキノコ戦争が起きた。いったいどの国が先に破滅のボタンを押したのか。

 その謎を龍京の守護者である王大頭ワンダトウが解いた。世界を滅ぼす兵器は世界同時に行われたのである。

 もちろん時差があるが、計算してみると、やはり同時で行われたという。


 そもそもきっかけはなんなのか。それもわかっている。コンピュータが暴走し、ミサイルを発射したのだ。

 その結果が現在につながったのである。


(俺が産まれる前の話だが、どうでもいい話だ。しかし、老人たちにとってはまだ終わってないんだよな。そして今でもある人物を憎んでいる。バカバカしいことだ)


 金剛はまどろみながら雪花の話を思い返していた。

 キノコ戦争など話でしか聞いたことはない。老人たちは世界が滅んだ話をオウムのように繰り返す。

 王大頭の話ではその犯人はわかっているという。

 その名もチャールズ・ヒュー・モンロー。アメリカに住む悪魔だそうだ。

 中華帝国ではあまり有名ではないが、アメリカやヨーロッパでは悪魔として名高かった。

 

 その理由は彼の所業にあった。彼は生理学に精通しており、金属細胞メタルセルと呼ばれるものを発明した。

 この細胞を移植されると寿命が数十倍に伸びたのだ。さらに身体が丈夫になり、腹がすかなくなるのである。

 それがオルディネ教の逆鱗に触れた。神が作り出した命を人間がもてあそんだからだ。

 

 当時のマスコミはこぞってモンローを叩いた。おりしも不況や難民問題でアメリカとヨーロッパは鬱積した空気に包まれていた。

 思い通りにならない苛立ちを募らせ、貧しい生活に憎しみを抱いていたのだ。

 彼らはモンローを潰しにかかった。彼は十八歳でありながら億万長者であった。一生食べるに困らない彼を叩くことによって憂さを晴らすことにしたのだ。


 もちろん、他の金持ちも叩かれていた。だがモンローの場合、非論理的な実験を繰り返し、富を得たのだ。別の金持ちも許せず攻撃したという。


「くだらないなぁ、人を攻撃して憂さを晴らして何になる。自分の不幸は自分で打ち砕かねば意味はないだろう」


 金剛はぼそりとつぶやいた。女巫は反応しない。あくまで独り言として聞き流していた。


 ☆


 玉葉館に得体のしれない人物が立っていた。ボロを身にまとっており、姿かたちはわからない。悪臭を放ち、ふらふらと歩いていた。

 熊の亜人の男衆が取り囲んだ。世の中には頭のおかしい人間がいる。そのために屈強な男たちを用心棒として雇っていた。


「ぐしゅるるるる……」


 獣の唸る声だ。強風が吹くと、ぼろが外れる。

 その姿を見た男衆は腰が抜けた。それは人外の怪物だったからだ。


 それは巨大な猿であった。猿は長い腕で足代わりに歩いていたのだ。

 その腹部には人間の男の顔がついていた。目は大きくむき出しており、口からよだれを垂れ流している。

 両足は剣のように鋭くなっていた。


「ぐしゅるるる……」


 腹に埋もれた顔はぎょろりと周りを見回した。男衆はおびえている。初めての怪物にみんな驚いていたのだ。


「ぐしゅるるる……」


 猿の怪物は両腕を大きく曲げると、思いっきり高く飛んだ。

 怪物は建物を軽々と飛び上がった。次に瓦屋根を突き破る。

 その下には金剛のいる部屋だ。


 金剛は気配を感じると、女巫を突き飛ばした。その瞬間に猿の怪物が上から落ちてきたのだ。

 金剛は闖入者に驚いたが、すぐ気持ちを切り替えた。

 こいつは数日前に城を襲撃した人間鹿レンルに似ていたのだ。


「おいおい、この前の怪物を似ているじゃないか」


 猿の怪物は金剛に襲い掛かった。両腕を足代わりにし、両足を剣の代わりにしていた。

 足の剣は鋭く、柱やふすまを簡単に切り裂く。

 金剛もさすがに危険だと思い、よけるしかなかった。


 男衆が数人棍を持ち、怪物に立ち向かった。

 だが怪物は両腕で天井を掴み、両足の剣で男衆の首を刎ね落とした。

 ごろんごろんとスイカのように首が転がった。


 それを見た遊女たちは悲鳴を上げる。人の死に縁がないわけではないが、あまりの非常事態に混乱したのだ。


 猿はにやりと笑うと、遊女たちに向かって攻撃してきた。

 遊女たちは大根のように斬り捨てられ、床は血の海となった。


 これを見た金剛は怒った。無関係な遊女たちを何の迷いもなく凶刃を振るうなどありえない。

 そして猿は女巫を狙う。


「ぐしゅるるる!!」


 猿は女巫を襲うが、彼女は霞のように消えてしまった。

 猿は勢い余って壁を突き破り、二階へ落ちてしまう。

 金剛がモスト・マスキュラーのポーズを取り、陽炎を生み出したのである。

 そのため怪物は相手を見誤ったのだ。


 衝撃で怪物は倒れたままだ。金剛は二階から飛び降り、猿の腹部にある顔を踏みつぶしたのだ。

 ポージングで身体を熱したのだ。そして猿の顔は沸騰し、身体はどろどろに溶けたのである。金属の臭いを漂わせていた。


 周りは人が集まっていた。彼らは町を荒す怪物が倒されたことに喜んだ。


「さすがは金剛さまだ。怪物をやっつけたぞ」


「ざまぁないな、怪物め。いい気味だ」


「金剛さまは龍京の守護者だよ」


 町の人々は金剛を褒めたたえた。しかし金剛の顔は晴れない。

 怪物のせいで多くの人々が犠牲になったのだ。


「……おい」


 金剛はサソリの遊女の声をかけた。彼女は無事で仲間の死を嘆いていたのだ。


「金を出す。派手な葬式を出そう。死者を笑って弔おう」


 その言葉に他の遊女たちも笑顔になった。しかし金剛の心は暗いままだ。

 あの怪物はどこから来たのだろうか。

 人間鹿と同じなのは間違いない。いったいあの怪物はどこから来たのか。


「フハハハハ!!」


 ふいに高笑いが聴こえてきた。相手は建物の屋根の上に立っている。

 全身、銀色で髪の毛も銀色であった。身に着けているのはブーメランパンツのみで、こちらも銀色である。


「我が名はチャールズ・モンロー!! 世界を自由に扱うものだ!! お前たちの命はボクの手のひらにあるのだ!!」


 金剛はその姿を見て、悪魔だと思った。

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