第5話 リベルターの村
「ふむ、まだまだゴミが流れてくるのう」
砂浜にパンダの亜人が立っていた。頭にオレンジ色のバンダナを巻き、青色のチョッキを着ている。茶色のズボンを履いており、右側には剣を挿していた。
愛くるしいパンダではあるが、体中には潮の臭いが染みついている。荒々しい船に乗り続けたので顔つきも鋭く、歴戦の勇者を連想するだろう。
彼の名前は龍虎鳳。鳳凰大国出身の海賊だ。
鳳凰大国はかつて中華帝国と呼ばれた国だ。自称ではなく他国の人間が口にしているだけである。
その理由は伝説の鳥、鳳凰を意味していた。五十年前にキノコ戦争が起きて以来、人々の生活レベルは石器時代並みに低下した。
人々は村を作り、よそ者を忌み嫌っていた。キノコ戦争が起きたときに彼らは死んだ人間の肉を食べたからだ。
それ故に彼らは自分の浅ましい行為を恥じ、知られることを恐れた。そのため同じ村人以外の結婚を認めなくなったのである。
過去の出来事を隠すために。
そして長いキノコの冬が終わった後、世界はゴミの山と化した。海岸には大量のプラスチックや様々なゴミが流れてついている。
長い冬が明けて、溶けた雪解け水とともにゴミが流されていったのだ。
さらに世界各国には被爆湖という湖ができている。
キノコの毒がたっぷりと含まれた死の湖だ。さらに各種の工場から流れた薬品などが混ざり合い、さらに生物を寄せ付けない湖となっていた。
虎鳳が立っているのはかつてアメリカと呼ばれた国、カルフォルニアのサンフランシスコであった。
彼がこの国にやってきたのは二十年前だった。王大頭が生み出した大頭船を使い、世界中の海を回ってきた。
最初に来たとき、海岸線は見渡す限りゴミの山であった。不快で吐き気を催す臭いに、どす黒い海水はプラスチックのごみが浮かんでいた。
「これでもきれいになった方です。二十年前は地獄でした。今は楽園になっておりますよ」
虎鳳の後ろから声がした。そこにはジャガーの亜人が立っている。腰が曲がっており、灰色のローブを身にまとっていた。樫の木の杖を手にしている。かなりの高齢のようだ。
虎鳳は六十三歳だが、まだまだ若く見える。
ジャガーの亜人はカルロスといい、サンフランシスコに住んでいる老人だ。昔は南方にあるメキシコに不法入国した経験がある。
キノコ戦争を体験した世代であった。
「世界はあなたのおかげで再生の道を歩んでおります。あなた方が放射能の濃い場所にビッグヘッドを派遣し、浄化していくのですから。それにスルトヘッドにトールヘッド、フレイアヘッドのおかげでガスや電気、水道には困らなくなりました。あなたたちは不死鳥です。不死鳥の使いでございます」
「うちの国は鳳凰と呼ばれているがね。もっとも俺たちは世界をひとつにする気はない。あくまで自分たちの国を守りたいだけさ。お前さんたちが俺たちの国を鳳凰大国と呼んでも訂正する気はないね」
虎鳳が笑いながら言った。彼はこの五十年間でたくましくなった。虎鳳は船に興味を抱いた。世界中がどうなったのか知りたくなり、王大頭に相談したのだ。
その結果が大頭船の誕生である。ビッグヘッドの性質を持つ生きた船だ。
船には巨大な目と口がある。汚染された海水はゴミと共に喰らい、目から涙真水と涙鉱石を排出する。
そのおかげで真水には事欠かさない。涙鉱石には死んだ魚の死体で作られた涙白肉があり、非常食として重宝していた。
「毎年、この海岸を媽祖号で片づけているが、まったく綺麗にならないな。五十年も昔なのにゴミが途切れることがない。旧時代の連中はゴミ以下だな」
媽祖は中国の女神の名前だ。航海・漁業の守護神として信仰を集めていた。まさに大頭船にふさわしい名前である。
「そうですな。私もキノコ戦争が起こる前は、この国のモラルの低さには驚きましたよ。自分たちは世界一なんだ、だから何をしても許されるんだという傲慢さが目立ちましたね。企業なんかもゴミを船に積んで太平洋に捨てるなどありましたが、地元の新聞には一切載りませんでしたよ。もっとも当時の私は英語を読めませんでしたけどね」
「まあ、俺もそうだな。ガキの頃は辺鄙な山奥に住んでいてね。勉強の重要性などまったく理解できなかったよ。王大頭から英語を学び、世界各国に広げたおかげで汚れた世界もきれいになりつつある。いいことだ」
「しかし、今でも世界を亡ぼしたのはチャールズ・モンローの仕業と言われるのですよ。私はそれが歯がゆいですね」
カルロスは悔しそうにつぶやいた。
現在の彼はリベルタ―という村に住んでいる。亜人が多く住む村だ。二十年前は人間たちによって家畜扱いされていた。虎鳳が人間たちを叩きのめし、太平洋にある孤島、奴隷島に押し込めている。
西側はまだましで、東部、ニューヨークがあった場所では今も人間が亜人たちを奴隷にしているという。いつかそちらも叩き潰し、開放する予定でいる。
さてチャールズ・モンローとは何者か。当初虎鳳は知らなかったが、改めてカルロスたちに話を聞いたのだ。
本名はチャールズ・ヒュー・モンロー。カルフォルニアのロスアンゼルス出身であった。
ロシア系アメリカ人で、オルディネ教の熱心な信者である両親の下で育ったのだ。
十歳で大学に入学する頭脳があり、卒業をした後には特許を取っており、億万長者になっていた。
そこから彼の人生は激減したと言われている。特に両親は息子の出世を喜ぶどころか毛嫌いしていた。自分の働きよりも息子が多く稼ぐことが気に喰わないのである。
さらに周囲の人間には嫌われていた。天才はいつの世も孤独なのだ。
彼は生物学で博士号を取っていた。画期的な新薬や医療法で稼いでいたのだ。
特に金属細胞の開発は画期的であった。金属と有機体を合成させた細胞を、モルモットに移植すると数十倍の寿命を保ったのだ。
それがオルディネ教の逆鱗に触れた。限られた生を蹂躙したとして教会が破棄を要求したのだ。さらにモンローに殺意を抱く者が多く、毎日警備員によって射殺されるのが日常茶飯事であった。
「ですがあの人は素晴らしい人でした。我々不法入国者を保護してくれたのです。会社を作り、雇用を増やして、清掃会社を作りました。そのおかげでゴミだらけの町はきれいになったのです。さらに無償で通える学校を建ててくれました。そのおかげで文字の読み書きができるようになったのです」
「よい人だな。なんでそんな人を非難するんだろうな」
「やっかみですよ。この国はアメリカンドリームと呼ばれていますが、成功する人間をねたむのはどの国も同じです。それだけではないのですがね」
「どういう意味だ?」
「ノストラゴメスの大予言をご存知ですか。当時はそれで大騒ぎでしたよ。世界を破壊する人間がモンローさんと決めつけていたのです。アメリカはもちろんのこと、ヨーロッパでは不況で攻撃する人が欲しかったのです。今でも人間の中にはモンローさんが世界を破壊した犯人で、モンローさんを口汚く罵り、似顔絵を描いてダーツの的にするなど盛り上がっていましたよ」
虎鳳は何とも言えない気分になった。虎鳳はキノコ戦争前の海外の事はよく知らない。
自分の住む村で人生が完結していたからだ。今は違う。世界各国を回り、荒廃した世界を再生する。それが彼の役割だった。
もちろん、好意だけが帰ってくるわけではない。自分たちの地位を脅かされるので迷惑だと感じる者も多かった。
大抵は人間の集落で、亜人を忌み嫌い、奴隷にするのが大好きなのだ。
そもそもノストラゴメスとは中世ヨーロッパ時代の人間だという。
そんな奴の予言を信じ、個人を攻撃するのは人としてどうかと思った。
「おーい、虎鳳!!」
遠くから声がした。それは金華豚の亜人であった。右目に眼帯をかけ、胸には十字の傷と、矢が刺さった痕が複数残っている。
大雄だ。彼は虎鳳と共に七つの海を駆け巡っていた。
「おう大雄、どうした?」
「大変だぜ、またあいつらが出やがった」
大雄は興奮している。またということは、何度も起きているということだ。
虎鳳はそれを聞いて、頭を掻いた。
「マウスピースどもだな。人間を襲い、その理由をモンローのせいにする怪物どもだ」
「その通りだ。あいつらはゾンビみたいなやつらで、殺してもどろどろに溶けて消えてしまう。神応石が見つからず、どうにもならないんだ」
マウスピースとは代弁者を意味する言葉だ。マウスピースという怪物は身体が黒く、よろよろとゾンビのように動き、生者に攻撃してくる。
そして「俺はチャールズ・モンローに命令されて攻撃しているんだ、モンロー様がやれと言っているんだよ」と口にするのである。
彼らは世界各国に出没しており、人々は大変迷惑している。そのためマウスピースのボスであるチャールズ・モンローへの憎しみがますます強くなるのだ。
リベルターでは信じている人間はおらず、常に弓矢や槍で撃退していた。
「チャールズ・モンローねぇ……。死んだ人間のせいにするとは、どういう了見かねぇ」
「でもモンローさんは鳳凰大国と縁があるはずですよ」
カルロスが言った。それに驚く虎鳳。
「実は一九九九年の7月ごろにモンローさんは中国へ渡っています。自分が作った別荘に百八人のガールフレンドを連れてね。当時の新聞ではマルキ・ド・サドの悪徳の栄えの再現だと非難していましたよ」
マルキ・ド・サドはフランスの貴族で、作家でもあった。彼の書いた作品はあまりにも背徳的であり衝撃的であった。それ故に精神病院に押し込まれた経歴がある。
悪徳の栄えは敬遠な女性は悲惨な末路をたどり、淫らで享楽的な女性が幸せになるという内容だ。清楚で質素な生活を信仰するフランスでは許されない小説であった。
「でも、もう死んでいるだろうな……」
虎鳳はそうつぶやいた。
リベルターとはスペイン語で自由を意味します。




