第2話 王大頭の帰還
「まったく、面倒臭いな……」
龍金剛は愚痴をこぼした。彼はノヤギの亜人である。筋肉隆々で真っ白い毛に覆われても、鍛えられた筋肉は誤魔化せない。
前方にはアカギツネの亜人である龍小夫が歩いている。彼は六三歳の小柄の老人であり、この国の宰相であった。
ここは金剛の実家である龍京城である。木造建築だが壁にはコンクリートが塗られていた。
古代の城を思わせる造りで、何もかも広くて大きい城だ。廊下の広さも学校の体育館並みであり、兵士がバレーボールやバスケットボールを一度に複数プレイできるほどだ。
そして玉座の間にやってきた。赤い絨毯の上に金細工の玉座が置いてある。
その上に青いだぶだぶの服を着ているノヤギの亜人が座っていた。五十歳の中年で、でっぷりと太っている。
右には鎧を着たキンシコウの亜人が立っていた。六十歳ほどで歴戦の強者を連想させる。
「超人大臣、ただいま戻りました」
小夫は恭しく頭を下げる。大臣なのになぜ玉座に座るのか。彼はこの国のトップの代理人なのである。一番偉いのは王大頭なのだ。
龍京を建国した立役者であった。今は世界中を旅しており、留守にしている。なので大臣が政治を行っているのだ。
軍事は右に立つ龍胖虎将軍が、財務は小夫宰相が務めている。特に小夫は金剛の教育係も務めていた。
「うむ、小夫よご苦労であった。さて我が息子金剛よ、また城下で騒ぎを起こしたそうだな?」
超人は感情なく言った。金剛はそれを聞いてふてくされた顔になる。
二人は親子だが普通の家族とは違う。超人は国を治める人間として育てられてきた。そしてその息子も後継者として鍛えられてきたのだ。
もっとも子供が親の言う通りに動くとは限らない。金剛も一般家庭と同じように、親に反発する年ごろであった。
「否定しねぇよ。この国で起きる騒ぎはすべて俺のせいになるんだからな」
「自分を卑下するのは感心しませんな。あなたの仕業かどうかは部下の報告で理解しております」
金剛の言い分を否定したのは胖虎だ。確かに金剛は問題を起こす。気に入らない人間にケンカを売ったり、遊郭で遊ぶことは日常茶飯事だ。
しかし恐喝や騙りを行ったことは一度もない。金は狩りで稼いだ金で遊んでいる。
中には金剛の悪名を利用し、無辜な市民から金を脅し取り、それを金剛の命令だと主張する者もいる。
だが胖虎が秘密裏に調べ上げており、虚偽の罪で一生採掘場の労働に送られていた。
「そもそも俺より有能な弟たちがいるだろう。そいつらに任せればいいじゃないか」
「それはできません。なぜならあなたは大臣の一番上の息子なのです。年齢順でなければ争いの元ですぞ」
今度は小夫が答えた。超人は五十歳で、金剛は十八歳。随分遅く作られたと思うが、その前に金剛には兄がいた。三人いたが全員夭折してしまったのだ。長男は病死で次男は事故死。三男は妾の一人に殺害された。
超人には十二人の側室がいる龍一族の周りには十一の部族があった。
キノコ戦争で起きたキノコの冬を乗り越えた部族だ。体の造りも丈夫である。
そこの族長の娘たちを超人の嫁にしたのだ。
金剛の母親は羊の亜人が多い、羊一族の娘だ。不思議なことに子一族はねずみの亜人が多く、牛一族は牛の亜人が多かった。
龍一族の場合はバラバラである。これは不思議ではない。龍は架空の生き物なのでイメージが湧きずらいのだろう。
「まったく忌々しいな。そもそも父上は建国に関わる英雄の息子ってだけだろう。実際に国を発展させたのは小夫や胖虎だろうが」
金剛の皮肉に超人の顔が歪む。それは触れてはならないことだった。超人は英雄の息子という建て看板だ。能力があるかと言えば苦笑せずにはいられない。
むしろ小夫と胖虎の方が有能だ。さらに言えば金剛は良くも悪くも人を魅了する。人気の高さは父親より上だ。それが超人の悩みの種である。
「口が過ぎるぞ金剛。大臣の侮辱は許されない。しばらくは謹慎してもらいます」
胖虎が言った。金剛は不貞腐れる。小夫は侍女を呼ぶと、金剛は玉座の間を出て行った。その姿が見えなくなると超人はため息をつく。
「まったく頭が痛いな……。私が無能だということは周知の事実だ。早く息子に玉座を明け渡したいくらいだな」
「それを人前で口にしてはなりませぬぞ。それを雪花様に知られたら小言を喰らいますな」
小夫がたしなめた。雪花は超人の母親であり、金剛の祖母だ。今も健在で王宮を仕切っている。
自分が意見を言っても母親がダメと言われたらダメなのだ。息子が自堕落になっても無理はない。
とはいえ雪花は頭ごなしに息子を抑えつけることはしない。息子を立てつつ、周囲に恥をかかせないように思想を誘導させているのだ。
それを息子が見抜いているので、ますますやるせなさに悩んでいるのである。
「それはそうと王大頭が帰ってくるそうです。今日、伝達が来たからです」
小夫が言った。王大頭は世界各国を旅してきた。五十年前に起きたキノコ戦争の傷跡を修復するためである。
「王大頭のおかげで龍京は安泰だ。火大頭や水大頭は人々の生活に欠かせない」
超人が呟いた。火大頭は巨大な人間の頭が地面に埋まっている形になっている。
地面の下には無数の根が広がっており、各家庭につながっていた。
そこからガスが流れており、ガスレンジやガスストーブに使っているのだ。
燃料は家庭に集められた糞尿や家畜の糞などだ。それを喰わせることでガスを供給しているのである。
水大頭も地面に埋まっている。こちらは汚染された水を浄化し、目から水を流すのだ。
その水のおかげで人々はきれいな水を飲むことができる。さらに涙鉱石が排出されるので、資源は事欠かない。
そして重要なのが涙肉である。魚などは白肉で、獣などの肉は赤肉として排出される。なんでも涙鉱石の膜は百年近く砕けることはない。保存食としてもすぐれていた。さらに膜は早期に砕けば塩になるのである。ビッグヘッドの森にある木の実を使った涙白湯は庶民の味である。
五十年間、これらを使い、腹を満たしてきた。龍京にとってビッグヘッドは生活に必要な存在なのだ。それを生み出したのが王大頭である。
☆
「帰ったぞ」
夜中の王座の間で、野太い男の声が響く。
それは巨大なビッグヘッドであった。顔の大きさは5メートルほどで電柱ほどの高さがある。さらに手足の太さも電柱並になっていた。
龍一族を支えたビッグヘッドの大頭は、巨大になって王大頭に生まれ変わったのである。
「お帰りなさいませ王大頭さま。ご機嫌麗しゅう」
小夫と胖虎が頭を下げる。超人も立ち上がって頭を下げた。
「おいおい、俺とお前たちの仲だ。堅苦しい挨拶は抜きにしようぜ」
王大頭は気さくな口調で小夫たちに言った。小夫たちも緊張が抜ける。
「それもそうだな。ここには我々しかいない。とはいえ口癖は直らないな」
小夫が笑うと胖虎も笑う。超人だけは苦笑いを浮かべていた。
「それはそうと旅の結果はいかがでしたか?」
超人が王大頭に訊ねた。
「ああ、十年間の旅はなかなか実りのあるものだった。世界各国の原子力発電所と核施設に使用済み核燃料の廃棄施設を中心にビッグヘッドの種をばらまいた。そこだけでなくキノコの冬で産まれた被爆湖の処理も行ったよ。特に原発は下手に食べさせたら爆発するから、丁寧に食べるように設定してある。おそらくは世界にある原発や核ミサイルは消え去ったと思う。もちろん排出された涙ウランは健在だが、こちらは人が来れない山奥へ一か所に集めているな。少なくとも今の人類でキノコ戦争を起こせることはできないだろう」
王大頭の説明に小夫と胖虎はホッとなった。超人だけはキノコ戦争の脅威を知らない。生まれたのは暗くて寒いシェルターの中だ。それでも苦労したのは間違いない。
「今の人類というとはどういうわけだ?」
胖虎が質問した。
「俺が調べた結果、面白いことが分かった。ここから遥か西にある地中海にあるアルカ島ではキノコ戦争が起きる前に実験が行われていたのだよ。その名も箱舟計画と言ってな、世界各国の無神論者の若者を集め、百年間閉じ込める計画なのだ。そこにはグランドマザーと呼ばれるスーパーコンピュータによって管理されている。そこでは会話は英語で交わされ、人種や宗教も関係ない自由で平等の世界が作られているそうだ」
王大頭が皮肉を交えて言った。そりゃそうだろう。異なる人種を狭い空間に閉じ込めた挙句、自由と平等を謳っても説得力がない。よくそんな生活を受け入れられるものだと小夫と胖虎は感心していた。
「箱舟計画で重要なのは神応石だ。こいつを額に埋め込むことで百年間狭い島での生活を快適に過ごせるらしい。そうこの俺を生み出したのも神応石だ。アルカ島は巨大なドームで守られている。キノコ戦争の影響を一切受けずにな。うまくいけば五十年後にそいつらの子孫は解放される。そいつらは失われた科学技術を継承しているからだ」
小夫は首を傾げた。なぜ王大頭はこんなことを言い出したのだろうか。そんな遠くの話など関係ないだろうに。
「俺がこの情報を知ったのは、世界各国で死に絶えた人間の神応石を食べたからだ。その中には国のお偉いさんの記憶も混ざっている。そして俺はとんでもない事実を知ってしまったのだ」
「とんでもない事実だと?」
「そうさ。五十年前のキノコ戦争では核保有国がほぼ同時にミサイルを発射したという事実がな」
それを聞いた小夫と胖虎は目を丸くした。超人だけはついていけなかった。




