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第1話 金剛《ジンガン》登場

「そこのお前、止まるんだ」


 ここは龍京ロンキンと呼ばれる都市だ。四十六年前に玄武ヘイウ県にある龍一族の集落から生まれたのである。

 五十年前に世界は滅んだ。キノコ戦争によって猛毒の胞子はばらまかれ、熱風によって文化は焼き尽くされた。

 かつては中華帝国という国で、首都は帝京ディキンであった。皇帝陛下が支配しており、何百年も君臨していたのだ。

 

 さて呼び止めたのは男二人だ。犬と猿の亜人で、青銅の鎧を着て、青銅の兜を被っていた。さらに鉄の槍を手にしている。龍京を巡回する警邏だ。

 呼び止められたのはノヤギの亜人であった。年齢は十代後半だが、警邏たちより背が高い。身に着けているのは腰巻だけだ。上半身は筋肉隆々である。

 周囲には着物を着た亜人たちが遠巻きに見ている。編み笠を被った者や、荷物を背負った行商人などがいた。警邏たちのやり取りにハラハラしている者もいれば、日常茶飯事のように冷静な者もいる。


「なんなんだ、俺に用が、あるのかよ?」


 ノヤギはふてぶてしい笑みを浮かべていた。警邏は少し後ずさりしている。


「あっ、あるぞ!! 龍金剛ロン ジンガン!! 我々は小夫シアオフ様の命令で、お前を捕らえに来たのだ!!」


「そう我が国の宰相である小夫様の命令だ!! だからお前を捕まえてもクビにはならないんだ!!」


 二人の警邏は金剛に槍を突き付けた。どうやら彼は偉い人の身内らしいが、金剛はまったく平気な顔をしている。


「小夫爺さんの差し金かよ。まったく俺のことはほっといてほしいね」


「ふざけるな!! お前は偉大なる龍英雄ロン インシオン様の孫で、大臣である超人チャオレン様の息子なのだぞ。ふらふら遊んでていいわけないだろ!!」


「お前に対しては呼び捨てにして構わんとのことだ!!」


 警邏たちは怒鳴った。彼らの会話を聞いて、金剛が龍京の建国者である英雄の孫と知り、驚愕する者がいた。彼らは旅人か、都にはめったに来ない人間だ。

 冷静なのは都の住人だ。金剛と警邏たちのやり取りはもう生活の一部になっている。慌てふためく者は少ない。


「まいるねぇ……。俺はこれから遊郭に行って遊びたいんだよ。それに俺は暴力が嫌いだ。俺の拳は重い、下手をすれば裏表ふっとんじまうからな」


 これは物理的にも社会的にも抹殺されるという意味だ。金剛は都を治める大臣の息子だ。手を出せば権力によって抹殺されるのは目に見えている。それを抑えたのが宰相である小夫だ。

 それでも金剛は平然としている。彼はいたずら好きで人をおちょくるのが好きなのだ。


「黙れ! お前みたいに権力を盾にして、遊び耽る奴が大嫌いなんだよ!!」


 犬の警邏が金剛に槍を突き刺した。殺意がこもっている。よほど彼は横柄な人間が嫌いなようだ。


 金剛は槍をよけた。身体を少しだけ捻り、ぎりぎりでかわしている。

 見物人はぱちぱちと拍手をした。


「くそぅ! 俺たちは毎日地獄の訓練をしているんだ! 好色に耽るやつに負けるもんか!!」


 猿の警邏が槍を振り回した。金剛の頭を目掛けている。下手すれば怪我をしかねないが、宰相からもらった免罪符のおかげで、彼らは金剛に対して遠慮がない。


 金剛は首を少し動かした。槍は素通りしてしまう。警邏たちは懸命に金剛を攻撃するが、彼は身体を動かすだけで、まったく当たらない。

 その内警邏二人は息切れを起こした。


「ぜぇぜぇ……。この混蚤フンダンが……。むかつくんだよ……」


 犬の警邏が悪態をついた。混蚤は馬鹿かたわけという意味である。

 猿の警邏も目には怒りの炎が燃えていた。最後に金剛に一矢報いないと気が済まない様子である。

 その時後方で見物人が笑い声をあげた。


「アハハ。金剛様は何もしてないのに、もうクタクタだよ。おっかしー」


 モグラの亜人の女の子供が笑い転げていた。この子は金剛のことを知っているようで、警邏を小馬鹿にしている。

 隣には一回り大きいモグラの母親がおり、必死に子供の口をふさごうとしていた。

 それを猿の警邏に聴かれてしまう。


「おい、お前! 俺たちのことを笑いやがったな!! 餓鬼のくせによぉ!!」


「まったくだぜ! この都が安全に過ごせるのは、俺たちのおかげなんだぞ!! それをバカにするとは許せないな!!」


 警邏の怒りの矛先が子供に向けられた。金剛に勝てない腹いせに、無力な子供を狙ったのだ。

 警邏たちはモグラの母子に詰め寄り、子供を蹴り上げた。母親はお許しくださいと泣きすがるが、猿の亜人は母親を殴り、地面に倒した。そして蹴りを入れる。


 金剛は駆け寄り親子を守った。


「……お前ら。狙いは俺だろう、こいつらは関係ないだろうが」


 金剛は静かな怒りを震わせていた。彼は自分が馬鹿にされたり、暴行を受けることには寛容的だ。それが他者に向かうことを人一倍嫌うのである。


「うぅぅぅる、せぇぇぇ!! 俺たちは偉いんだ、偉いから何をしても許されるんだ!!」


 犬の警邏が槍を突いてきた。口から泡を垂れ流している。もう正気ではない。目も白目を剥いていた。

 

「ひゃははははは!! 俺たちは何をしてもおとがめなしだ! 俺たちは法律に守られているんだ!!」


 猿の警邏は槍を振り回してくる。彼らは普段、権力を使って弱い者いじめを楽しんでいた。屋台では金銭を払わず商品を奪ったり、女を見たら建物の陰に連れ込み暴行して楽しんでいた。

 そんな彼らにとって金剛をいたぶるのは最高の娯楽である。権力者の息子を傷つけてもおとがめなしなのだ。これほど素晴らしいものはないだろう。


「まったく、くずはどうしようもないな。良い鉄は釘にはならない、善い人は兵士にならないとはよく言ったものだ」


 金剛はため息をついた。

 警邏たちは金剛を挟み、攻撃してくる。

 金剛はすっと消えてしまった。警邏たちは目を剥いたがもう遅い。


 犬の警邏の槍は猿の警邏の腹を突き刺した。

 猿の警邏の槍は犬の警邏の頭部を思いっきり叩き付けた。


 猿の警邏は口から大量の血を吹き出した。

 犬の警邏の首は反対方向に回っている。

 金剛は指先ひとつも動かさずに、相手を始末したのだ。


 見物人たちは拍手喝采であった。モグラの母子も喜んでいる。

 金剛は腰巻からお金を出す。それを迷惑料としてモグラの母子に与えた。


「ふぅ、やっちまったな。可哀そうなことをしたよ」


「いんやいんや。こいつらは問題を起こす坏蚤ファイダンです。今日にも処罰され死刑台に送られるので、手間が省けましたよ」


 後ろから声をかけられた。金剛が驚くとそこにはアカギツネの亜人の老人が立っていた。緑色の立派な着物を着ている。小柄で金剛の腰辺りの背丈しかないが、威圧感があった。


「小夫爺さん!! なぜここにいるんだ!!」


 金剛は声を上げた。自分より背の低い老人に対して恐れを抱いているようだ。


「ほっほっほ。あなたの行動などお見通しですよ。さあお城にまいりましょう」


 老人はすたすたと歩いてきた。まるで散歩の様な気軽さである。


「ひっ、ひぃ!!」


 金剛は腰を抜かした。先ほど警邏たちを相手に取ったとは思えないうろたえぶりだ。

小夫は右足を上げると、金剛の左脚を踏んだ。金剛は根を張ったようにまったく動けない。

 小夫の目は妖怪じみていた。見物人もよく見る光景だが、慣れることはないのだろう。


「ほいっと」


 身を曲げた金剛の耳を、小夫が掴む。ぎりぎりと強い力で掴まれ身動きが取れない。

 小夫はそのままずるずると金剛を引きずっていった。


「離せ、離してくれ!! 俺は遊郭に行って朝まで遊ぶんだ!!」


「駄目です。金剛様は勉強をしてもらいます。私はあなたの教育係でもあるのですよ」


「糞親父の命令かよ!! 俺は跡継ぎになる気はない!! 弟たちにまかせればいいだろう!!」


 金剛は非難の声を上げる。しかし小夫は無視した。


「無理ですね。あなたは超人様の長男です。長男は家督を継ぐ宿命を持ちます。あなたの意見など関係ありません」


 有無を言わさず、小夫は金剛を引っ張っていく。大きな通りには人通りが多く、馬車などが行きかっていた。

 そこにひと際立派な馬車が待機している。馬は巨大なノヤギだ。キノコ戦争の影響で肥大化した変異種である。当初は目のない、脚のない奇形が多かったが、ここ数年で正常なノヤギ同士を交配させた結果、馬に劣らない品種が産まれたのである。


 金剛は馬車に押し込まれ、城へ向かった。見物人たちは解散していく。

 すぐに別の警邏たちがやってきて、問題を起こした警邏の死体を大八車で運んでいった。

 彼らは同僚の死に対して何の感情もなかった。むしろ死んでくれて安堵していた。


 小夫が金剛捕獲を命じたのは問題のある警邏だけだ。庶民はおろか世間でも嫌われる人間を選んでいる。

 大抵金剛によってひどい目に遭うので、気分がいいと評判だ。

 金剛は問題のある男ではあるが、龍京では人気者である。

 

 ☆


 白虎パイフー県にある森では不思議な生き物をよく見ると評判だ。

 キノコ戦争を生き延び、長い冬を越してきた部族は結構多い。彼らは狩猟で生活していた。あまり他の部族と交流することがなく、独立しているのだ。

 そんな彼らが見た不思議な生き物は、異形の怪物であった。


 人間の頭部を持つ鹿に、人間の頭部にアライグマの手足が生えた生き物などが目撃されたのだ。

 最初は幻覚かと思ったが、村人がそいつを狩ったのである。

 人面鹿だ。禿げ頭に目を剥きだした男の顔だ。


 体に刃物を入れると、がりがりと音がする。金属を削っているような感覚だ。

 血液も赤い色ではなく、水銀のような色をしていた。さすがに口にする者はいない。

 村人は不気味に思い、獲物の遺体を川に捨てた。


「ぐふふふふ……」


 背後に不気味な声がした。まるで地獄から鳴り響くような不快感を催す。

 村人が振り向くと、そこには怪物の群れがあった。


 人面鹿に人面犬、頭部に猿やアライグマの手足が生えたものや、翼が生えた者もいた。どれも目をむき出し血走らせていた。

 まるで畜生地獄から這い出てきたような、恐怖感があった。


 そして村は滅んだ。

 第二部スタートです。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは人工物かな。 次回の更新を待ちますね。 時はあっという間に過ぎて復興ですね。
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