第二十八話 モンロースナックとキニュラス
「もう12年か……」
僕は空を飛びながら中央アジアを突っ切っていた。
僕の名前はヒュー・キッド。シャムネコの頭を持つ、正義のヒーローだ。僕の正義はお腹を空かせている人々に食事を与えることだ。それも一回限りでは意味がない。
荒れ果てた大地を耕し、他所から繁殖力の強い動物を連れてくる。
キノコ戦争が起きて74年の月日が流れた。その間世界は徐々に変わっていく。
僕の真下には線路が敷いてあった。これは鳳凰大国、かつて中華帝国と呼ばれた国が作ったものだ。エビルヘッドというビッグヘッドが鉄を大量に食べて、線路にして吐き出しながら進めているのだ。
ロシアのモスコーからワルシャワに向かい、ウィーンからヴェニス、リヨンまで通すそうだ。線路の横に集落を作り、補給が出来るようにしているらしい。その線路をビッグヘッドトレインというビッグヘッドが運転するという。これは僕の仲間であるガリバーさんが調査した結果だ。
すでに世界各国の首都は壊滅状態で、ビッグヘッドたちによって整地にされている。
わずかな亜人たちが集落を作り、細々と暮らしていた。中世ヨーロッパ風の空気が世界中に蔓延している。
「それにしてもクラウトはともかく、スナックすら見つからないとは……」
僕はため息をついた。僕と同じモンローのクローンでありながら、人格は他者の記憶を使われているのだ。
クラウトは龍英雄といい、龍京の礎を作った男だ。だがこいつは狂人で、中国の皇帝さえいれば人間なんかいらないと断言している。それも自分自身を含めているのだ。
もっともこいつは世界中の人間を一気に殺す算段が付かなければ動くつもりはないそうだ。人々が恐怖を抱かないためだとか。
なんで僕がそんなことを知っているかと言えば、クラウトは徒歩で旅をしているらしく、割と人助けをしていた。そこでクラウトの話を聞いて、今に至るのだ。
「でもゲルダとハッピープリンスは激怒していたな。英雄を汚すなと」
12年前にクラウトと対峙した結果アラディンは殺された。そこでクラウトの心情を知ったのだ。
それを聞いたゲルダのヒステリーはひどかった。偉大なる英雄を汚すなと。プリンスも怒っていた。自分の父親がそんな最低な人なんて信じられないと。
ゲルダは英雄の妻で、プリンスはその息子だ。ゲルダは18歳当時の記憶を持ち、プリンスも18歳の記憶を持っている。
ゲルダはアラディンと違って英雄の本性を知らない。本人の記憶の中では美化されているんだろうな。その結果彼女は僕らの研究所を出ていった。メンテナンスフリーだから問題はないけど、一人ぼっちで大丈夫なのだろうか。
プリンスは僕らと行動を共にしている。下手にクラウトと出会ったら悲惨だからね。
『ヒュー・キッド。ちょっといいかしら?』
突如頭の中に声が響いた。僕たち人造人間にしか使えない念話だ。声の主はウンディーネだね。いったいどこにいるのかな?
『今はオラクロ半島よ。チレニア海にいるわ』
チレニア海は地中海にある。ローマやナポリに面しているのだ。そこで何をしているのだろうか。
『モンロースナックが見つかったのよ。長い間放浪していたみたい。やっと足取りがつかめたわ』
そうだったのか。僕は急いでオラクロ半島へ向かう。時速119キロで一気にかっ飛ばすぜ!!
☆
オラクロ半島は元イタリアだった国だ。ヨーロッパ大陸南部の国で正称、イタリア共和国と呼ばれていた。
イタリア半島とシチリア・サルデーニャなどの島からなる。
首都はローマで北部では鉄鋼・化学工業が、南部ではオリーブ・オレンジなどの栽培が行われていた。
476年にゲルマン人の傭兵隊長オドアケルによって西ローマ帝国の滅亡後、小国の乱立が続いたが、1861年に成立したイタリア王国が1871年に全土を統一し近代国家を形成したという。
1922年、ムッソリーニのファシスト政権が誕生したが、第二次大戦の敗北で崩壊、1946年の国民投票によって王制を廃止し、共和国となったそうだ。
古代ローマ帝国の遺跡・美術品が多く、世界有数の観光国だった。
僕はその国に飛んできたが、街並みは写真で見たイタリアそのものだった。人も人間ばかりで亜人はいない。男は辮髪で女は全員三つ編みだ。男たちは辮髪を巧みに使って重い荷物をヤギウマが引く馬車から降ろしていた。
女たちは調理で両手がふさがっていても、二本の三つ編みで赤ん坊をあやしている。
町は石造りで出来ており、所々にビッグヘッドがいた。海岸にはガスタンクより小さいビッグヘッドがゴミ交じりの海水を飲んでいた。
どうやらこの国はビッグヘッドを利用しているようだ。
僕はウンディーネの待つローマにたどり着いた。かつてローマはイタリア共和国の首都だった。同国中部、テベレ川下流域に位置し、市内には七つの丘や世界最小のバチカン市国がある。
古代ローマ帝国の首都でもあった。ローマ教皇庁所在地として長くヨーロッパの政治・文化・宗教の中心だったという。
パンテオン・コロセウム・カラカラ浴場跡など古代ローマ遺跡が多い。
1980年には世界遺産(文化遺産)に登録されたそうだ。その後、1990年に登録範囲が拡大され、登録名は「ローマ歴史地区、教皇領とサンパオロ‐フォーリ‐レ‐ムーラ大聖堂」となったらしい。
その町並みは本で見た時と変わりがない。なんでもディーヴァが生み出したカーペンターヘッドが荒れた街を食らいつくし、その地に記憶された建物を再現したそうだ。
「こっちよー!」
ローマの港にウンディーネが待っていた。青白い肌に青い魚のしっぽの人魚だ。
緑色のウェーブがかかった髪に、金の髪飾りに金の首輪、そして金の腕輪に薄緑色のパレオを巻いていた。
耳はひれの様に伸びており、白いビキニを身に付けている。童話に出てくる人魚だ。
彼女がウンディーネ。ディーヴァの母親でもあり、ズルタンの妻だ。
「待たせましたね」
「いいえ、ちっとも。12年と比べたらましでしょう?」
それもそうだな。さてスナックはどこにいるんだろう? 逃げられなきゃいいけどな。
「私はここよ」
いきなり声をかけられた。いったいどこにいるんだろうと、僕は周りを見回したが誰もいない。
「ここよ、ここ」
すると海面に泡がぼこぼこと大量に出てきた。そして勢いよく水柱が上がると、そこから一人の女性が飛び出てきたのだ。
それは妙齢の女性だった。黒い髪の毛は脚まで伸びている。まるでギリシャ神話のメドゥーサのようだ。もしくは伝説の怪物クラーケンにも似ている。
蛇のような目に、白い肌。赤い口紅に、赤いぴっちりしたスーツを着ていた。まるでモデルのような美しさだが、なぜか僕は恐怖を感じた。蛇に似ているからだろうか。
「初めまして。私がモンロースナックです。私はあなたの中にある女の部分を強調した存在なのですよ」
スナックは握手を求めた。僕はつられて握手をする。なぜだろう、僕はこの人が怖くてたまらない。
「あれ、ウンディーネさんは慌ててませんね。最初からスナックがここにいることを知っていたんですか?」
「はい。私は彼女に頼まれてあなたを呼びました。話をすれば結構わかる人だったんですよ」
ウンディーネはあっけらかんと答えている。この人はどこか浮世離れしているのだ。娘のディーヴァもそうだが、なんとなく不気味な感じがする。
「その通りです。私はある事情で長年あなたたちとの接触を避けていたのです」
「避けていたって? どういうことですか?」
「あなたたちの持つ微量の電波を感じ取って逃げていたのです。この国の人々が自分たちの力で立ち直れる時間が欲しかったのですよ」
どういうことだろうか。彼女はモンローセンプとモンローエクストラとは違う気がした。
「私たち、正確には私とチャーリーなのですが、とある男が私たち二人を殺しに来るのです。人の集まる場所にいても相手は無視して襲ってくるからです。奴は長い間私たちを求めてきました。特にここはあの男の生まれ故郷です。私はここの住人達に神応石を分け与え、髪の毛を操る力を身に付けさせました」
そうだったのか。彼女は人々の平和を壊さないために人目を避けていたのか。
あれ、なんでこの人僕の名前を知っているの? チャーリーはママが付けてくれた相性なのに……。
「!? まさかあなたはママなのか!!」
僕は驚いた。だがパパがエクストラとしてよみがえったのなら、ママが復活してもおかしくないだろう。僕がこの人に恐怖を抱いたのは本能だったのだ。
「……今の私はモンロースナック。あなたの母親は死んだわ。奴が来るまで相談を……」
『ミツケタゾォォォォォ!!』
突如空から叫び声がした。それはヤギ頭の巨漢だった。サソリのしっぽに鶏の羽根で空を飛んできたのだ。
「!! もうこんなに早く来るなんて!!」
スナックが焦っている。どうやら想定外の出来事のようだ。
「ふふふ。私が教えてあげたのよ」
そこに声をかけてきたのは、ゲルダだった。白銀の身体を持つ彼女は冷酷そのものだった。
一体あの怪物は何なんだ? ミルズがこっそり作った人造人間なのか?
「違います。あれはキニュラスという怪物で、色欲の権化です!!」
スナックが叫んだ。キニュラス? どこかで聞いたことがあるな、どこだろう?
『ミュラー!! アドニスゥゥゥ!! ココニ、イタノカァァァァ!!』
キニュラスがスナックと僕を見て叫んだ。ミュラーにアドニス。これはギリシャ神話の登場人物の名前だ。だがこれは……。
「ふぅ、彼から聞きましたよ。ヒュー・キッド。あなたは不義の子だったのですね。汚らわしい」
ゲルダは冷たい目を向けてくる。キニュラスにミュラー、アドニスといったら……。
「あなたの父親は祖父だったというわけですね」
それを聞いたスナックの表情は険しくなった。




