第二十五話 ジョセフと ロザリア
「あんたがロザリア・ヒューか?」
1981年、ここはカルフォルニアにある州裁判所の一室だ。長テーブルとパイプ椅子しかない殺風景な部屋である。
そこに二人の男女が向かい合って座っていた。
ロシア系アメリカ人のジョセフ・シェンク・モンローは、20代後半のがっちりした体格の男であった。金髪に岩のような四角い身体をしている。
ロザリアは18歳でジプシーのように髪を結っておらず、茶色が入った縮れ毛が腰まで伸びていた。右目は前髪で隠れている。水色の服を着ていた。まるで精神病院の入院患者のようだ。
目はぎろぎろしており、どこか虚ろであった。
「……はい」
ロザリアはこくんと首を縦に振った。
「よしわかった。今日から俺が君と結婚するわけだ。お腹にいる子供の為にな」
ジョセフは両手を上げておどけていた。ロザリアは全く答えない。
彼は司法取引で彼女と結婚することとなった。所得税回避の罪で有罪判決を受けない代わりであった。
最初は反対した。子供の父親が誰だか聞かされたからだ。堕胎しろと突っぱねたが、ロザリアはオルディネ教の信者であり、中絶は悪魔の行為として拒否したという。
さらにロザリアは自分を指名したという。ジョセフは実業家だ。彼はマイクロコンピュータで商売をしていた。友人はワシントンでスネターソフト社を立ち上げている。
旧約聖書で知恵の実を食べるようアダムとイブをそそのかした蛇を、逆に天使が喰らうという意味で、snake eaterの略にしてスネターと名付けたらしい。
「あんたの過去は改めて聞いているよ。はっきり言って胸糞の悪さでは私の人生ではナンバーワンだ。さらに君と結婚しなきゃならないことも最高の不幸だと思っているね」
「……あなたは、コンピューターに詳しいのでしょう? これを見て頂戴」
ジョセフの嫌味を一切無視してロザリアはテーブルに何かを置いた。
それは指輪を入れるケースだ。だが蓋を開くと白っぽいビー玉ほどの石が入っていた。
ジョセフは怪訝そうに見たが、どうも普通の石ではないようだ。じっと見つめていると頭から魂を抜き取られる気分になる。
「……この石は何だい? 見ているとすごく不安になるね」
「これは神応石ていうの!!」
ロザリアはいきなり立ち上がり、両手をテーブルに叩き付けて、叫びだした。
「戦争に行ったおじいちゃんが日本人からもらったものなの!! おじいちゃんは日本人の捕虜になったけど、日本人からもらったこの石を握っていると、すごく勇気が湧いたって言ってたわ!! さらに他の捕虜もおじいちゃんと気持ちが伝染してつらい捕虜生活も堪え切れたって言ってたわ!! それで戦争が終わってその日本人は戦犯として処刑されたんだけど、おじいちゃんがこの石の研究を続けるべきだと上司に訴えたわけ!!」
ロザリアは一気にしゃべると、疲れたのかパイプ椅子にどかっと座った。
ジョセフは半信半疑であった。そんなすごい石があるならなんで今まで広まっていなかったのだろうか。
「オーケィ。君の話は中々興味深いね。でもそんな素敵な石ならなんで世間に広まっていないのかな? そもそもその研究は今も続いているのかい?」
「続いていないわ」
ロザリアはテーブルに突っ伏しながら答えた。
「アメリカは核開発にむちゅうになっちゃったのよ。核爆発で生まれるキノコ雲に心を囚われたわけ。人間を焼き尽くすのが面白くてたまらなくなったわけ。日本の場合は事故で都市が2つとも壊滅したけど、意図的に使えば効果的だと思ったわけね。この石があれば人間はマンガのヒーローみたいに超能力が使えるようになるのに、もったいないことしてますわ」
今度はやる気がない口調であった。ジョセフは後悔した。キチガイ女と結婚する羽目になった自分の人生を呪った。
「むきー――!! あんた信じてないね!! じゃあ、証拠を見せてあげるわ!! 私が虐待するパパから逃げ出せた奇跡を見せてあげる!!」
そう言ってロザリアは部屋の隅にあったパイプ椅子に目を付けた。すると髪の毛がもぞもぞと動き出す。そして髪の毛は一気にパイプ椅子に絡みつくと、ロザリアの元に持ってきた。
ジョセフは呆気にとられた。どんなトリックを使ったんだ? いや、そんな形跡はなかった。これは本当なのか、自分は夢を見ているんじゃないのかと頭の中に疑問符がたくさん浮かんだ。
「どう、すごいでしょ? 私は家の地下室で毎日毎日神様に祈ったわ。おじいちゃんの形見であるこの石を握りしめて。そしたら髪の毛がパパの鞭を切り裂いたのよ。そのままドアを髪の毛で破壊して逃げ出したわ。その後猟銃を持ったパパが警察官の警告を無視した挙句、蜂の巣になって死んだときはすかっとしたわね!!」
ジョセフはロザリアの話を聞いていなかった。この石の研究を進めればとんでもないビジネスになる。ジョセフの頭の中は金の事でいっぱいになる。
「オーケィオーケィ、お前さんとの結婚は承諾した。それでだ。こいつを研究した日本人を教えてくれ。すぐコンタクトを取るから」
「名前は米津平だったけど、世間的には死亡したことになっているの。今は杖技平蔵と言って大学の研究員としてしがない毎日を送っているみたいなの。これは死んだおじいちゃんが教えてくれたんだけどね」
☆
「というわけでひいおじいちゃんはアメリカに呼ばれたのです。その後、ジョセフさんから資金提供してもらい、高度なマイクロチップの開発に成功したのですよ。もっともヒュー・キッドさんと出会う時には自分と接触したことは内緒にしてくれと言われたそうですよ」
機械女性の話を聞いて驚いた。金づちで頭を殴られた気分だ。
まさか平蔵さんこと、ミルズが僕のパパと付き合いが長かったなんて。
『今まで黙っててすまなかったな。これがジョセフ氏の契約だったのだ。自分が死ぬまでとな』
ミルズの念話が入ってきた。
『わしの研究は人体に適度な大きさの神応石を額に移植すると、ある程度身体能力を向上させることがわかった。さらに真仁はコンピュータのマイクロチップの開発に成功した。こいつは通常のチップより記憶容量がけた外れだ。わしの人工AIや、箱舟計画に使われたグランドマザーコンピューターにも使用されておる。さらに大気圏による核爆発による電磁障害にも影響がないのだ。キノコ戦争でも狂わなかったのはそのためだったのだ』
ミルズが説明してくれた。僕が作った金属細胞もスネターソフト社から借りたコンピュータのおかげで演算が極めて短く済んだのだ。
箱舟計画も本来なら無茶な計画だったが、グランドマザーコンピューターの指示のおかげで1999年の7月に計画を実行出来たくらいだ。
『ビッグヘッドも同じだ。神応石を取りつかせることまではできたが、高度な演算能力のおかげで実用可能となったのだ。神応石の実用化は世界を変えた。しかしそのためにジョセフは殺されてしまった……』
殺されただって? パパはカジノでジャックポットを当てたショックで死んだんじゃないの?
『それはデマだ。お前の父親はあえてお前を放置した。母親のロザリアはお前が神応石を使いこなせるよう虐待紛いのことをしていたが、ジョセフ殿はその間お前さんが外を出た時、天才的な頭脳を自由に使えるよう環境を整えていたのだ。スネターソフト社と連携を取ったりしてな。生前はまだ流行っていなかったインターネットで仕事をしていたのだ。それが……』
『ジョセフさんはライバル会社に殺されたのです。当時カジノでは取引相手と商談する予定でしたが、裁縫針で肺を貫かれて死亡したのです。ちょうどジャックポットを当てた客がいたので、それと混合されてしまったそうなのです』
機械女帝が教えてくれた。というか10歳の女の子がスネターソフト社を支えたのはすごいな。でも日本人は天才を活躍させることが大嫌いだと聞く。アメリカのような実力主義の国でないと生きていけなかったのかもしれない。
「ふん、俺にとってはどうでもいいな」
アラディンが言った。彼は退屈そうである。そりゃそうだ。彼は僕と関係ないのだから。
「俺に言わせれば過去なんか変えられないし、隠すこともできない。秦の始皇帝だって自分の過去をすべて焼き尽くそうとしても現代では秘密を暴かれているぜ」
アラディン並みの慰め方なのだろう。なんか僕は嬉しくなった。
あとは火傷を負ったシンドバードさんだ。すでに娘の慶子は体の中に戻っている。
後始末を終えればおしまいだ。
そこに紅い影が現れた。シンドバードを狙っているようだ。僕はすぐに向かおうとしたが、アラディンが先に体当たりした。
「てめぇ何者だ!!」
「……? ああ、虎鳳か。しばらく見ないうちに太ったなぁ」
アラディンを昔の名前で呼ぶなんて、こいつは何者だ?
すべてが紅い男だ。ソフト帽子に紅いスーツ。赤毛に紅目とすべてが紅い異質な男だ。
「あんたは―――、哥哥!!」
哥哥。確か中国語で兄を意味する言葉だ。まさかこいつが龍英雄こと、モンロークラウトなのか!!
「君がモンロークラウトか。まさかここで会えるなんて思いもよらなかったね」
「いいや、偶然じゃないよ。君たちの念話を辿ってここまで来たのさ。しかし血縁ではないとはいえ父親を殺すなんてアメリカ人は恐ろしいねぇ」
クラウトは嫌味を言った。アラディンは動じてない。これが英雄の素顔なのだろう。
「まったくアメリカ人はろくなことをしませんね。世界は中華帝国皇帝、黄帕克陛下のものなのに。世界をキノコの炎と胞子で壊滅させるとは許しがたい行為です。ですが皇帝陛下が怪物大頭となり、ほぼ無敵にしてくれたのですから、そちらは感謝していますよ」
クラウトは僕を睨んだ。僕を憎んでいるという感じがしない。なんなのだろう、この男は。
人造人間の僕は背筋に寒気が走った。
ロザリアはアメリカのギャング、ラッキー・ルチアーノの母親の名前です。




