第二十三話 モンローエクストラ 登場
「あ~、壊れちゃった。猫ふんじゃった」
機械女帝の残骸から何かが出てきた。それは四角い細長い箱であった。銀色のマジックハンドに一輪車が付いている。
「君は誰だい? 機械女帝から出てきたみたいだけど」
僕はそれを見つけて声をかけた。
「私も機械女帝ですよ。先ほどは戦闘用端末なのです。モンローエクストラさんと契約したものですが、これで契約は終了ですね」
先ほどと違い、女の子らしい口調であった。先ほどの怪物じみた姿に合わせて、キャラを作っていたのだろう。
「契約って、いったい君はエクストラとどんな契約をしたのかな?」
「あなたたちが壊した私の戦闘用端末が壊れるまで、この牧場を守るという契約です。すでに10年近く守っていましたが、今回でおしまいですね」
「じゃあ、僕たちと協力してくれるかい?」
「そうですね。新しく契約してもいいですよ。もちろんそれ相応の報酬はもらいますが」
なんとも変わり身が早い。本当に彼女は日本人なのだろうか。アメリカ人の契約社会を体現している。
『ひ孫の真仁は変わっておらぬ。幼少時から日本人離れした思考の持ち主なのだ。そのため学校はおろか家族にも忌み嫌われておったのだ。まともな友達は茉莉花ちゃんと真咲ちゃんくらいだったな』
僕の頭の中に声が響いた。ミルズの声だ。機械女帝の曽祖父である。
彼女も僕と同じ孤独だったのか。いや、僕には友達が一切いなかった。唯一の話し相手はミルズこと杖技平蔵さんだけだった。
僕をスカウトしたスネターソフトの連中は、僕の事をあくまでビジネスパートナーとして接していたっけ。プライベートの付き合いは一切なかったな。
さてモンローエクストラに会いに行こう。アラディン、あんまり勝手な真似はしないでよね。
「そいつはどうかな。大体俺はお前の部下になったわけではない。命令するのはやめてもらいたいな」
そりゃあないよ、僕らは12年間仲良くしていたじゃないか。
「あれで仲良しと思っていたら、驚きだな。俺はきちんと仕事をしていたにすぎん。ああ、別にお前が憎いとは思っちゃいない。単純に人にとやかく言われるのが嫌いなだけだ」
僕のそばでシンドバードが木の枝に止まっている。やれやれと首を横に振った。
彼は海賊、龍虎鳳として活躍していた。海賊王国の頭目として率いていたという。
もっともアラディンは18歳当時の記憶を切り離されていた。僕たち人造人間は精神が成長しにくい。基本的にのんびりなのだ。だからこそ何十年も年月を重ねても精神が披露しないともいえる。
さてアラディンはこの際置いといて、エクストラに会いに行こう。
☆
僕たちはエクストラの牧場にたどり着いた。そこは一戸建てくらいの巨大なビッグヘッドたちが働いていた。木を根っこから引っこ抜き、舌で土を均していた。青髪で口ひげを生やしている。珍しいビッグヘッドだ。
「あれはポール・バニヤンですよ。アメリカに伝わる巨人の名前です。開拓時代に土地を開拓した守り神と言われていますが、実際は後年に面白おかしく作られた存在なのです。アメリカを開拓するにはふさわしい名前でしょう?」
機械女帝が教えてくれた。なるほどポール・バニヤンの名前は聞いたことがある。アメリカを開拓するにはふさわしいね。
「ちなみにポール・バニヤンはディーヴァが作ってくれました。見返りに人間の奴隷を百人ほどあげましたね」
「奴隷って……。ディーヴァは日本人だよね。よく奴隷なんか受け取ったね」
「十歳ほどの国籍がバラバラの子供ですよ。ディーヴァの住む海賊島ではきちんと教育した後、真っ当な職業に就かせています。死ぬまでこき使うことはないですよ。ここと違って」
日本共和国は憲法によって自由が保障されていたという。当時そこに住んでいた機械女帝とその同級生は発想がぶっ飛んでるな。むしろアメリカ人に思考が近い。生まれた国を間違えたとしか言いようがないね。
「ところでエクストラとやらはどこにいる?」
アラディンが訊ねた。そうだ。この牧場は木造建ての建物が多い。さらに牧場には何百頭のヤギウシやヤギウマが見える。キノコ戦争の影響でノヤギが肥大化した存在だ。
ヤギウシ達の面倒を見ているのは角笛を握っているビッグヘッドだ。この牧場はビッグヘッドしかいないのだろうか。
「人間はいる。ただし特定の場所で農作業をしていた。手足に鎖を繋がれてね」
シンドバードが教えてくれた。彼は空を飛んで状況を見ているからだ。
「一際大きい建物にモンローエクストラはいる」
くいっとくちばしで方向を示した。丸太で作られた城である。ビッグヘッドたちがぎょろぎょろとスイカのように大きな目をぎょろつかせていた。上唇と下唇に舌をぺちゃぺちゃと当てて音を立てている。
僕たちはさっそくそこへ向かった。近くまで見るとかなり大きい。入り口はアフリカゾウがまるまる通れそうな大きさだ。人間が住むには大きすぎる気がするな。
「エクストラの姿は異常だ。覚悟した方がいい」
シンドバードが忠告してくれた。一体エクストラはどんな姿なのだろうか。
するとずしんずしんと地震が起きた。いいや何か巨大なものが歩いてきているのだ。まさしくアフリカゾウと同じくらいの。
それは城から出てきたが、僕は目を丸くしてしまった。
だってそいつは人間ではなかったのだ。
トラック並みに巨大なベッドは4本足で歩いていた。ベッドには二つの大きな目が付いており生き物のようだ。その上には巨大な人間が寝ころんでいた。
それは肥大化した人間であった。アフリカゾウ並みに巨大な身体で手足はおまけ程度にちょこんとついていた。体毛に覆われており、股間の部分はおむつのような物が履いてある。そこにパイプが伸びており、ベッドの下のタンクに繋がっていた。恐らく排せつ物を処理するためのものだろう。
頭は太った豚のような男の顔が虚ろな目をしていた。さらに銀色のロボットがせっせと食事を男の口に入れている。まるで世界三大珍味のフォアグラみたいに、太らせているようだ。
こいつがモンローエクストラ。もう一人の僕だろうか。
そこに一羽の赤いハゲワシが止まった。どこか作り物のような感じがするな。
『初めまして、わたくしはモンローエクストラでございます。この鷹の名はデイビー、生きているベッドの名前はクロケットでございます』
鷹のデイビーが声を出して挨拶をした。
『本体のわたくしはただ食べるだけの暴食の豚でございます。会話はデイビーが、移動はクロケットの仕事なのでございますよ』
「……僕の名前はヒュー・キッド。君と同じチャールズ・ヒュー・モンローだ。こちらのランプの精はアラディン。巨大なカラスはシンドバードだ」
『ご挨拶ありがとうございます。おや機械女帝さん、あなたの身体は壊れたようですね。これで契約は破棄ですよ、後で違約金を払ってもらいますからね』
「仕方ありませんね」
小さな端末である機械女帝は事務的に答えた。キノコ戦争によって世界は荒廃したのに、まだ契約にこだわるのだろうか。なんかアメリカ人の意地汚さを感じるな。
『違いますよ。荒廃したからこそ契約は神聖なのです。人種や国籍を問わず契約だけが正義なのです。わたくしの故郷であるロシアは平等にこだわりすぎて国を崩壊させましたからね』
「ロシアが故郷だって? あなたはロシアの移民なのですか?」
僕のパパと同じだな。なんでも祖父母と共にロシアからアメリカに移住したって話だ。
『そうですよ。ですがあなたは私の事をよく知っているんじゃないですかね?』
なんだって? 僕はあなたの事なんか知らないぞ。そんな醜く太った怪物に知り合いなどいない。
『モンローエクストラは怠惰のアメリカ人を象徴しています。あなたは自分の父親のような怠け者になりたいと思ったでしょう。わたくしはそれを具現化した存在なのですよ』
なんということだ。確かに僕はパパのように怠けてみたいと思っていた。でもママに虐待された僕を助けてくれなかった。だからパパに反発していたんだ。
「だからといって僕はあなたを知らない。一体あなたは僕とどんな縁があるんだ」
『……アイム・ユア・ファーザー』
え? 僕の父親だって? そんな馬鹿な。確かにパパは僕がお金を稼いで以来、仕事をせず怠けていた。でもあそこまで肥満化などしていないはずだ。その前にカジノでジャックポットを当てて心臓発作を起こして死んだんだ。
『わたくしの名前はジョセフ・シェンク・モンロー。チャールズ・ヒュー・モンローの父親です』
パパの本狂を名乗った。こいつは本当にパパなのか? なんで僕、モンロースニークはパパを人造人間にしたんだ? なんで? なんで?
『あっはっは。なぜわたくしが甦ったか疑問に思っていますね。これは18歳のチャーリーの復讐なのですよ』
チャーリーは僕の愛称だ。ママもパパも僕をそう呼んでいた。やっぱりこいつは本物のパパだ。
『キノコ戦争で荒廃した世界に、育児放棄したわたくしを蘇らせ、地獄を味合わせたかったのでしょう。ですがあなたはわたくしのことをよく知らなかった。わたくしから真実を知って発狂してしまったのですよ。そのためスニークは龍超人を操るどころか、操られてしまったのです』
「はぁ? お前は何を言っているんだ。哥哥の息子がなんでモンロースニークを操れたんだよ。どんなことを聞いたんだ?」
アラディンが訊ねた。僕の知らない真実? いや、僕は気づいている。だけど生前パパに聞けずにいたのだ。
怖い。人造人間になったのに、心臓の鼓動がバンドのドラムのように鳴っている。
『チャーリーは私の本当の子供ではないのですよ』
エクストラがはっきりと言った。僕は何となく気づいていたが、とってもショックだった。
ジョセフ・シェンク・モンローのモデルは、ロシア系アメリカ人の実業家、ジョセフ・マイケル・シェンクがモデルです。
エクストラは英語のスラングで、やりすぎ、おおげさを意味します。




