第二十話 モンロークラウト
鳳凰大国の西部に森が広がっていた。ビッグヘッド、この地では怪物大頭と呼ばれているが、彼等によって生み出された森であった。
かつては中華帝国の白虎県という名であった。皇帝の名においてアジア中のゴミが集められていた。二〇世紀は大量生産の時代であった。それ故にゴミも大量生産されており、社会問題になっていたのだ。
五四年前は放置されたゴミの山で悪臭を放ち、蠅がたかっていた。地下水は腐り、毒の水が川に流れている地獄だった。それがビッグヘッドによってきれいな森に生まれ変わった。水源地も浄化されており、世界各国から集められた動植物によって新しい森になったのである。
そこにひとつの集落があった。竪穴式住宅で、住民は毛皮を着ており、打製石器や弓矢を手にしていた。
集落の中心には広場があった。木を石で削られた像が飾られている。そこに子供たちが弓矢の練習をしていた。
子供たちは拙い腕で矢を放つ。矢が顔の部分に当たると大人たちは褒めた。まるで子供のように無邪気に笑っている。
「あっはっは!! 馬鹿皇帝に突き刺さったぞ!!」
七〇代ほどの老人が歓喜に震えた。頭は禿げ上がっており、白いひげを滝のように垂らしている。手には木の杖を持っており、毛皮を着ていた。この集落の長老的立場だろう。
「あっはっは!! 今のこの世界はあいつのせいなんだ!! 黄帕克の糞馬鹿のせいなんだよ!! あいつがいるせいで今の我々は不幸になったのだ!!」
長老は唾を飛ばしながら叫んだ。どうやら五四年前に起きたキノコ戦争の体験者のようだ。生き残ることが出来たが、言い知れぬ苦労をしてきたのだろう。皇帝に対して憎しみと恨みを抱いていた。相手はもういないので皇帝を模した人形を矢の的にしてストレスを解消していたのだ。
あまりにも哀れではあるが、何も知らない人間にとっては心の慰めになるのだろう。
しかし子供たちの顔は暗かった。弓矢の練習をするのはいいが、木像の相手はさっぱりわからない。中華帝国の皇帝と言われてもピンとこないのだ。
長老が口うるさいので仕方なくやっているだけである。
村の大人たちも皇帝に恨みを抱いているものは少なかった。生まれた時から今の生活を送っていたので、長老の過去などどうでもいいのだ。
かといって長老に文句を言えば、村八分にされてしまう。これでも昔と比べればマシだ。長老の同年代がおり、皇帝の恨みつらみを子供たちにぶつけてきたのだ。
長老が死ぬまでこのくだらない行事は続く。村人はうんざりしていた。
「我らの神は维诺姆様だ!! あの方は素晴らしい人だ!! 皇帝を奴隷にした偉人なのだ!! 儂の不満はあいつのために尽くしたことだがね、あっはっは!!」
長老がげらげら笑っていると、そこに一人の男が現れた。そいつはすべてが紅かった。ソフト帽子にスーツとこの集落では明らかに異質であった。
髪の毛と肌も赤く、全身を血で浴びたような不気味な存在である 。目は刃物のように鋭く、鼻はかぎ爪のようで、口は歯を剥き出しにしていた。耳はとがっており、顎も斧のようであった。
「なんだ貴様は!! よそ者だな貴様!! お前らすぐこいつを矢で殺せ!!」
長老は叫んだ。目を血走らせ、額に血管が浮かんでいる。とても正気ではなかった。
「少し落ち着いてください。実はあなたが聞き捨てならないことを口走ったようで、確認に来たのです」
「なんだとぉ!! 何をわけのわからないことを!! お前たち早く殺せ!! 殺すんだよ!! でなけりゃお前らを村から追い出してやるぞ!!」
もう駄々っ子であった。村をまとめる知恵袋とは思えない。ただ年上だから偉いと思い込んでいるようだ。
「あなたが皇帝の名を口にしたと思ったのですが、気のせいですかね?」
「だまれぇぇぇ!!」
長老が杖を天高く掲げた。村人は恐れをなして赤い男に矢を放つ。数十人が一斉に矢を放った。相手はすぐハリネズミになって死ぬだろう。長老は恍惚の笑みを浮かべている。
赤い男は一歩も動かなかった。矢の鋭さなど恐れていないようだ。この辺りに徘徊する巨大ヌートリアなどひとたまりもない。
だが矢は男に刺さらなかった。カンカンと鉄板に弾かれたように飛んでいく。長老は目を丸くしたが、すぐに気を取り直した。
「なんなんだぁぁぁぁぁ、ぎざまはぁぁぁぁぁぁぁ!! なんでお前は死なないんだぁぁぁぁぁ!! むかつくぅ、むかつくぞぉぉぉぉ!!」
長老は癇癪を起した。
「あなたは皇帝の名を口にしたと思いましたが、気のせいですかね? もう一度聞きますよ。あなたは皇帝の名を口にしましたか?」
「うるせぇぞぉぉぉぉ!! 黄帕克の馬鹿がどうしたってんだぁぁぁ!! あのバカのせいでわしの人生はめちゃくちゃになったんだぞぉぉぉぉ!! あいつが親父をこの田舎に飛ばさなければ、儂は今も帝京で何不自由なく暮らしていたんだぁぁぁぁ!! あの七星のジジィは帝京でぬくぬく暮らしやがってよぉぉぉぉぉぉ!!」
すると赤い男の眼が光った。瞬時で長老の懐に入ると、頭部に右手に人差し指を突き刺した。あまりの痛さに長老の眼を剥いた。パクパクと口を開けている。
だが終わりではなかった。頭部の穴から火が噴き出たのである。
長老は全身妬けるような痛みに襲われ、地面に芋虫の如くごろごろ転がっていた。
「ふん。あなたは人間蝋燭になったのです。人の体内にある燐を利用して燃やしているのですよ。後は体内の脂肪と血液を燃やし尽くすまでその痛みは続きます」
赤い男は冷たい目で長老を見下ろしていた。そして皇帝の顔を象った木像から突き刺さった矢を引き抜く。そして木像の前で土下座をしたのだ。
村人たちは驚いた。長老に対しての行為はどうでもいい。むしろ苦しんで死んでくれた方がいいのだ。異様な力を持つ男が何で木像の前で土下座をしたのかわからなかった。
そうこうするうちに長老の頭部から火が消えた。体内の脂肪を燃やし尽くしたので、長老の身体はミイラのように干からびていたのだ。
「ところであなたたちはなぜよそ者を嫌うのですか? 何か事件があったのですか? ああ、私の名前は老雄と呼んでください」
老雄が訊ねてきた。長老の息子である五〇代の中年男が答えた。まるでヒグマのようにふっくらしており、髭を生やし胸毛も生やしていた。
「うちの親父は帝京では偉い人の立場だったそうだ。五四年前にここに飛ばされて過ごしていたんだが、キノコ戦争の影響はそれほどでもなかったらしい。だがプライドの高い親父は平民たちと同じ生活をするのが我慢できなかったんだ。親父と同じような人間も大勢いて、地獄だったよ」
「確か白虎県は申一族が管轄でしたね。陛下の命令に不満を抱くなど不敬にもほどがありますな」
「俺の爺さんはそれを誉れにしていたそうだが、息子はそうでもないってことさ」
息子は吐き捨てた。だが老雄が皇帝に対して崇拝していることがよく分かった。皇帝を侮辱すれば長老と同じような悍ましい死にざまを迎えるだろう。
「それとは関係ないが、ここ数年村の外でキョンシーを見かけたんだ。話しかけても全く答えない。不気味な人間だったが、親父は無視していたな。親父は自分の集落に固執していたが、それ以外は関心を持っていなかったんだ」
息子の表情が暗くなる。父親は小さい集落が世界なのだ。それ以外はどうでもいいように思える。
「キョンシーか……、もう問題はないでしょう」
老雄は答えた。キョンシーを生み出したのはモンローセンプだ。オリジナルモンローである自分たちは念話を自在に切り替えができる。会話をすることはできないが、相手の生死くらいはわかる。ここ数日でセンプの命が絶えたことを理解していた。
もっともセンプが死んでもキョンシーは元に戻らない。以前、キョンシーを一人殺したが、相手は悲鳴も上げずに息絶えた。
「私はこれで帰りますよ。そうそうもしかしたらヒュー・キッドという猫頭の少年が空を飛んでくるかもしれません。その時に彼から叡智を授けてもらいなさい。ではまた」
そう言って老雄は立ち去った。息子は長老の遺体を埋めるように指示する。こんな愚者でも父親だからだ。
次の日から校庭の木像に土下座する日々が始まった。周辺の集落にも皇帝の悪口は厳禁だと触れ回った。そして長老の死にざまも一緒に伝えたのである。
「そういえば五四年前の環境大臣は申一族の人間でしたね。陛下の信頼が厚いお方でしたが、あの長老とはえらい違いですね」
老雄は思い出す。自分が士官学校に通っていた時、皇帝陛下の尊顔と環境大臣の申七星を拝見したことがある。
その環境大臣は五四年前にキノコ戦争で亡くなった。自分と同じように人造人間に改造されて復活したのだ。
「あの人も亡くなってしまいましたね。维诺姆様がセンプとして復活したときは驚きましたが、惜しい人を亡くしたものです」
老雄はつぶやいた。悪名高い维诺姆だが龍一族では皇帝陛下に忠を尽くす好人物であった。自分の祖父が核実験のために自分の一族の一部を犠牲にしたことがあったが、尊い犠牲だと思っている。寧ろ皇帝の為に命を懸けたのは誉れであった。
「……今はまだ一人しか燃やすことが出来ない。一度に複数の人間を燃やし尽くさなければ意味がない……」
老雄こと、モンロークラウトは右手を見てつぶやいた。その目は悲しげであった。




