第十九話 ゴクウとセンプは死にました
あれ? 何が起きたのかな?
ゴクウさんの頭が風船のように爆発したように思えるよ。中身はトマトケチャップ入りで血が飛び散っているように見えた。
いいや、現実的にゴクウさんの頭は打ちぬかれている。もう一人の僕、銃を愛するモンローセンプによって。
センプの右の人差し指と中指は欠けていた。指の関節を骨肉弾という銃弾代わりにしたのだ。骨が再生するまでかなり時間がかかるようである。
今までゴクウさんが喉元に食らいついており、それを引き剥がした。
だがあいつは僕と同じ人造人間、多少の傷で死ぬことはない。だが痛覚は残っているし、常人の数千倍の再生能力はある。
ひゅーひゅーと喉から笛のように息を吹いていた。ゴクウさんはぽいっと地面に放り投げる。まるで車に轢かれた猫のようにビクビクと痙攣していた。
「ヒュー・パーンチ!!」
弱り切っているセンプに対して、僕は容赦なく必殺技のヒュー・パンチを食らわせてやった。
ぼぉんと破裂音を立てて吹き飛んだ。
「ニーハオ、サイチェン!!」
センプはそう言って森の中へ飛んでいく。僕のヒュー・パンチは磁力をまとったものだ。殴られた瞬間体内に磁力が巡り、細胞組織に損傷を与える。僕たち人造人間でも喰らえばひとたまりもない。
植物の身体を持つバオバブさんや、人面犬のズルタンさんと稽古したが、丸一日身体が動かなかったくらいだ。
今はセンプは放置しよう。ゴクウさんを診ておかないと。
☆
ゴクウさんは瀕死だった。頭に骨肉弾を数発撃ち抜かれている。だくだくと血があふれ出ていた。普通の人間なら致命傷だが、人造人間なので即死には至らない。その代わり無茶苦茶痛いけど。
「ゴクウさん大丈夫ですか!!」
「……大丈夫に、見えるかね?」
ゴクウさんはかすれた声で皮肉を言った。目は虚ろだ。いくら僕らが人造人間でももう助からない。
「すぐ研究所に戻りましょう!! ミルズとアシュラなら治療してくれます!!」
そうだ。僕らは人造人間。普通の人間より回復能力は高いのだ。研究所に行けば治療は可能だ。それに神応石の力がある。いくら死んでも記憶は受け継がれるはずだ。僕は楽観的であった。
『それは無理だ。ゴクウは助からない。そもそも神応石は知識を受け継いでも人格は消えてしまうのだ。我々が生前の人格を保っているのは奇跡なのだよ』
ミルズの声がした。僕らは遠くにいても念話で会話ができるのだ。生きている無線機と言えばわかるだろう。
『儂の調査したところ、龍京の守護者である王大頭は一度死んで再生した。だが受け継がれたのは知識だけで前の人格は死んでいるのだ。ゴクウをビッグヘッドに喰わせて再生させても、以前のゴクウにはならないのだよ』
絶望的な発言に僕は目の前が暗くなった。ミルズの生前は杖技網厚といい、神応石研究の第一人者だった。その彼が無理と言ったのだ、ゴクウさんはもう助からないのである。
僕はとても悲しくなった。ゴクウさんは中華帝国の人間だし、四年前まで面識はなかった。でも世界で僕たち一二人は人外と化した。同じ人間や亜人たちとの輪には入れない。アマテラス皇国の花主人や、機械帝国の機械女帝は人造人間ではないけど、オンリーワンな存在だ。僕と同じ人造人間のディーヴァの同級生らしいので、今でも交流はしているという。これは例外だ。
僕の作った金属細胞があれば人類は不慮の事故による死を避けることが出来る。脳が損傷を受けても障害を残さないのだ。僕はママに虐待されてきた。パパには放置されてきたのだ。虐待されても放置されても平気な心さえあれば独りぼっちでも生きていける。僕はそう思っていたんだ。
『それは違うぞ。ヒュー・キッドよ』
突然頭の中に声が響いた。それはゴクウさんの声だ。もう彼は瀕死だ。身体は氷のように冷たくなり、温かい血を大地に吸わせている。
『人は一人では生きられない。心の中に道しるべが必要なのだ。私にとってのそれは皇帝陛下なのだよ』
ゴクウさんは念話を続けている。僕は余計なことは言わない。彼の遺言はきちんと聞くべきだと思ったからだ。
『お前は世界を核の炎で包み、私や皇帝陛下を殺した大罪人だ。その一方でお前の作った金属細胞が私を復活させ、間接的に作られた怪物大頭のおかげで陛下は復活した。成長すれば中華帝国はもちろんのこと、ヨーロッパ全土に根を張ることが出来るだろう。その点はお前に感謝する』
普通の人は死んだら終わりだ。僕の作った金属細胞に、神応石を使ったビッグヘッドが世界を、そして人を救ったのだ。人の運命はどう転ぶかわかったものではない。
『维诺姆も同じだ。陛下という太陽に魅入られたが、太陽にあこがれすぎてその身を焦がし、焼きつくしてしまったのだ。私はあいつを恨んでいない。同じ陛下に忠誠を誓う者同士、悪辣ではあったが、評価するに値する男だった……』
ゴクウさんの声が小さくなる。もうこの人の寿命は切れかけているのだ。
『最後に、ズルタンに謝罪してくれ。君の妻と娘を呼んだのは私だ。私が夏休みだからと言って娘さんたちを招待したために、巻き込まれたのだからな』
そう言ってゴクウさんは死んだ。僕との初対面はあまりよくなかった。だけど四年間も一緒に過ごせばその人となりはわかる。ゴクウさんは真面目なのだ。中華帝国というか皇帝に忠誠を誓っているのである。
『……あなたが魅羅と茉莉花を誘わなければ、二人の死に目を見ることが出来なかった。むしろ感謝しているくらいなのに……』
今度はズルタンの声がした。彼は仕事の関係で中国に来ていたのだ。核の炎で二人は死んだが妻はウンディーネに、娘はディーヴァとして復活した。
ミルズは自分好みの人間を中国で探していた。ゴクウさんが誘わなければ、二人は日本に残ったまま死んでいただろう。運命は二人を一度冥土に送ったが、再び太陽の下へ戻したのである。
僕は周囲を見た。キョンシーたちは一歩も動かない。命令する人間がいないからだ。
その中には村の代表者であるスゥもいた。みんな目が死んでいる。何とも言えない気分になった。
僕はセンプの元へ行く。ゴクウさんの遺体はそのままだ。だが放置はしない。試しにキョンシーたちに遺体を守るよう命じたら、素直に従った。なぜだろう、僕はセンプの元へ急いだ。
☆
「へへへ……。随分遅かったねぇ」
センプは森の中にある開けた場所で仰向けに倒れている。しゃべり方は品のない方に戻っていた。
僕の眼から見て、こいつはもう助からない。ゴクウさんと同じ虫の息だ。だからと言って止めを刺すつもりはない。
「七星、いやゴクウはどうなった? いいや、言わなくてもわかるぜ。あいつは死んじまったんだろう。へっへっへ……」
センプは軽口を叩いていた。口から血が垂れている。目も白くなっていた。元々こいつの能力ゲット・ユア・ガンは筋肉を骨に変換するのだ。それ故に骨肉弾を発射するたびに筋肉は消耗してしまい、動きが鈍くなる。
「あいつは真面目過ぎるんだよ。陛下に対して青臭いことばかり抜かしていたからなぁ。目障りだったよぉ。でも、俺は嫌いじゃないぜそういうのは」
「……」
「同じ陛下を崇拝する者同士、嫉妬はしたが敵じゃねぇ。俺を死刑に追い込んだのは陛下の命令だ。怨んじゃいねぇよ」
「……アメリカ人の僕には理解できない感情だな。東洋人の思想は理解できないよ」
「理解しなくても結構だぜ。俺だって銃を撃ちまくりたいアメリカ人の気持ちなんかさっぱりだ。多分人造人間になろうとも変わらないだろうぜ」
センプはけらけら嗤っていた。同じ人間なのにどこか怪物に見える。
「そうだ、いいことを教えてやろう。キョンシーたちはもう一生元には戻らないぜ。だが同じモンローなら言うことを聞く。一度命令を下せば放置しても問題はない。後は……」
センプは言いよどんでいる。何を言いたいのだろうか。
「モンロークラウト、龍英雄には気をつけろ。奴の一族は異常だ。俺が生前核の実験を陛下に進言したところ、龍一族が自ら実験してくれと懇願したのさ」
僕は驚いた。確か维诺姆がラジシャン砂漠で核実験を遂行した話は聞いている。そこに住んでいた龍一族は核の炎で焼き殺された。生き残った人間も被爆して苦しみながら死んだという。帝京から医者が派遣されたが、それは被爆の実験結果を調査するためだと聞いていた。
それが龍一族は被害者ではなく、自ら実験動物になることを志願したという。東洋人の自己犠牲というか、皇帝の忠誠心が度を過ぎている感じだ。
「陛下はいたく感服してな。龍一族の者に対して優遇するようにしたのだ。当時の龍一族の長の娘は正室となり、親族は親衛隊などに抜擢されていった。現在龍京で龍一族が仕切っても文句がないのはそのためだぜ」
「それを僕に言って、何になるのかな?」
「英雄、クラウトは危険すぎるんだよ。皇帝陛下に心酔しているのはいいが、俺やゴクウ以上の狂信者だ。すべての人類を抹殺し、世界を皇帝大頭のものにするつもりなのさ。民草のない国を支配しても意味がないのに、あのバカは……」
そう言ってセンプは息絶えた。二人とも敵対していたが、中華帝国の皇帝に対しての忠誠心は本物だった。国と言うより皇帝個人を崇拝していた感じだった。だがすべては忠義のためだ。
僕の大好きなオムスビマンも他人のために戦っている。最初は説得を試みるが結果的には暴力で解決しているけどね。
僕はゴクウさんの遺体と一緒に、センプの遺体も回収した。シンドバードさんを呼んで運んでもらうことにする。




