第十七話 モンローセンプとゴクウ
「もう許しません……。あなたたちを奴隷にしましょう」
モンローセンプは先ほどの品がないしゃべり方から一変して、凄味のある男になった。
狂気じみた言動より、より圧迫感が増したと思う。
センプによって生み出されたキョンシーたちは僕たちを包囲している。こいつは紀元前219年ほどにローマを荒らしたハンニバルの戦術、カンナエの戦いのようだ。騎馬を利用してローマ軍を包囲し袋叩きにしたものだ。
こいつは20世紀でも通用する戦術である。僕らはキョンシーに囲まれてしまった。一人一人は大したことはないが、相手は痛覚が鈍い。さらに感情がないので恐怖を感じないのだ。
「えい!!」
突如ゴクウさんが僕を殴った。突然の暴挙に僕は目を疑った。だがゴクウさんは右手を押さえている。多分自分の意志では制御できないのだろう。
「こいつは厄介だ。私の右手が思い通りに動かない。センプの骨、骨肉弾と名付けようか。あれは人の脳を撃てば、相手は死ぬが付着した肉片によってキョンシーとなって蘇生されるだろう。しかし我々の場合はセンプの操り人形にされてしまうようだ」
「取り除く方法はないのでしょうか?」
「いや、無理だな。すでに私の体内に潜り込んでいる。完全に支配から逃れるにはこれしかない!!」
ゴクウさんのしっぽが右手を切り飛ばした。切断された右手が地面に落ちるとぴくぴくと痙攣している。ゴクウさんは険しい顔になった。さすがの人造人間でも欠損は厳しいようだ。
「だっ、大丈夫ですか!!」
「大丈夫ではない……」
ゴクウさんは脂汗をかいている。なにが彼をここまで突き動かしているのだろうか。
「……私はあの男の奴隷になりたくない。それは皇帝陛下が望む中華帝国とはかけ離れるからだ。その一方でセンプの功績も認めているのだ。これは私の意地なのだよ」
ゴクウさんはセンプをにらみつける。その目は相手を焼き殺さんばかりだ。僕と世代は違うし、国柄も違うから理解に苦しむな。
「さすがですね。申七星、いえゴクウでしたか。あなたは陛下の学友として支えてくれましたね。ですが青臭いのが欠点です。キョンシーになれば余計な考えもなく、清々しくなれますよ」
「悪いがお断りだ。私は自分の意志で陛下に仕えているのだよ」
「ほう、では陛下と再会したのですか」
「ああ、そうだ。ビッグヘッドと化した陛下は中華帝国にどっしりと根を下ろす偉大な指導者に生まれ変わったようだ」
「まったくですね。陛下が成長すれば中国全土はもとより、世界を支配することが出来ます。しかし支配する奴隷たちを皆殺しにするのは認められません」
「お前のように意思のないキョンシーを増やすのも認められないね」
ゴクウさんとセンプさんはにらみ合っている。だが戦況は僕らの方が振りだ。痛みと感情がないキョンシー軍団に絡まれると、身動きが取れなくなってしまう。
その間に骨肉弾を喰らったらおしまいだ。センプはあまり身動きしない。恐らくは能力の関係だろう。筋肉を骨に変換する性質故に激しい動きは取れないかもしれない。
あいつがキョンシーたちを使って動かないのはそのせいだ。
「骨肉弾は私がすべて受け止める。君はセンプを倒すことに集中してくれ」
「……骨肉弾を受けたらあなたはどうするのですか?」
「……」
ゴクウさんは答えない。東洋人は自己犠牲の精神が強い。我が身を顧みず忠義を尽くすことを美徳としている傾向があるのだ。アメリカ人の僕にはさっぱり理解できないが、そういうものだと割り切っている。ズルタンもそういう傾向が強い。
「君は余計なことを考えなくていい」
ゴクウさんは前に突き出た。右手は欠けてもしっぽでキョンシーたちを吹き飛ばしていく。だがセンプは動かない。骨肉弾を撃ち込む隙を狙っているようだ。
僕はキョンシーたちを殴っていく。拳に磁力を込め、動きを止める。
いくら痛覚が鈍くても構造は変わらない。次々と気絶していく。
ぼごぉと鈍い音がした。後ろを振り向くとゴクウさんが左足を振り上げていた。太ももに骨肉弾が突き刺さる。
ゴクウさんは尻尾を使って左足の膝を大根のように切り落とした。
流れる血は赤い。人造人間でも熱い血は流れているのだ。
センプは真顔のままだ。ゴクウさんの惨事に対して何も言わない。本当に頭に血が上ったセンプは冷静だ。むしろ不気味である。ここで口汚く罵ってくれたらいいのに、なんともいえない迫力があった。
「ぐぅ!!」
「ゴクウさん!!」
「振り返るな!! あいつを殺さない限り、我々に勝機はない!!」
ゴクウさんに喝を入れられて、僕ははっとなる。
僕はキョンシーたちを倒していく。放たれた矢は躱していった。石を使って頭を打ち抜けば簡単に殺せるかもしれないが、僕はやらない。人でなしになった僕が人を殺すのは抵抗があった。もちろん人殺しを楽しむ外道は息の根を止めるが、彼等はセンプの奴隷であり操り人形だ。命令されただけの人間の命を奪うことはできない。
もちろん知らなかったとか命令されただけとか言って、実行する人間にも罪がないわけではない。これは僕のわがままだ。かといってこのまま手をこまねいていてはゴクウさんの命に係わる。アシュラさんのいる研究所に戻ればなんとかなるかもしれない。
それにセンプは抜け目がない。相手はゴクウさんを狙ったわけではない。僕だ。ゴクウさんは右足のみで器用に立ち回っている。ゴクウさんのしっぽは大蛇のようだ。キョンシーたちの顎を打ち抜いていく。痛覚がなくても顎が弱点であることは変わりはない。
次々と気絶させていくが、数が多いのだ。センプはその隙を狙っている。多分僕が一直線で殴り掛かれば、軌道がわかっているので、狙いがつけやすい。
ならばセンプが骨肉弾を撃つ込んだ直後しか隙がないのだ。
「……まさか、彼等を使う羽目になるとは」
センプは口笛を吹いた。すると森から鹿やキツネ、鳥などがやってきた。
だがそれは異形であった。鹿やキツネ、熊や水牛などの頭は人間の頭だった。ビッグヘッドとは違う。全員苦痛の表情を浮かべていた。
鳥たちも人間の頭に耳の部分に翼が生えているものだ。ハロウィンでもこんな気持ちの悪い奴らは見たことがない。
他にも人間が出てきたが、こちらは鹿やキツネなどの頭が乗っかった怪物たちだ。こちらもうげぇとうめき声をあげ、口から涎を垂れ流しにしている。
「あれは確かモンローの研究所にいた人造人間ではないのか?」
「うん。モンロースニークによって生み出された人間獣というものだ。スニークによって解放されたらしいけど……」
彼等は僕、18歳のモンローが世界中から集めた愛人とその子供たちだ。様々な動物の首を取り替えて改造したらしい。悪趣味もほどがあるな。
「彼等には直接私の細胞を注入したのですよ。森の中で徘徊しているのを拾ったのです。どんな人間も陛下の奴隷になるなら使いますよ」
センプは平然と言った。彼にとって異形でも同じ人間なのだろうな。
「そうそう亜人が多く住む龍京という町がありますね。彼等は皇帝陛下を崇拝していますが、如何せん選民意識が強い。私が赴いて彼等を真の意味で陛下の忠実なるしもべに変えて見せましょう」
それを聞いた僕は頭に血が上った。僕は龍京の連中と関わりはない。だが彼等は54年前に起きたキノコ戦争を生き延びた。そして奇跡の存在、エビルヘッドと共に新しく国を立ち上げたのだ。
僕は改めてキョンシーたちを見た。どいつもこいつも目が死んでいる。喜びも悲しみも感じない。人間の形をした怪物だ。そんな奴らを増やす? 絶対に認めるわけにはいかない。
「そんなに奴隷が好きなのか!! 皇帝は奴隷が大好きなのかよ!!」
「……奴隷を使うのは皇族の義務ですよ。無知な人間に鞭を打って教養と常識を植え付けるのです。陛下に仕える喜びを教えるのも我々家臣の大切な役目なのですよ」
センプは何を言っているんだといわんばかりだ。まったく疑問を抱いていない。人の自由を奪っておいて、それが当たり前だと言い切っている。
僕はアメリカ人だがマイノリティと呼ばれて馬鹿にされてきた。けどこんな僕でも他のアメリカ人同様自由を愛する精神を持っている。
かつて僕らの先祖は先住民族たちを虐殺してきた。さらにアフリカから無理やり連れてきた黒人たちを奴隷にしてこき使っては潰してきたのだ。
だからこそ僕たちは先祖たちの罪を認め、あらゆる人種を受け入れるべきだと思っている。僕がメキシコからの不法入国者を支援したのもそれだ。僕らは自由を求める人間に手を差し伸べるべきなんだ。
僕は世界を滅ぼした。やったのは18歳の僕だが、関係ない。
僕は自分の犯した罪を償わなくてはならない。荒廃した文明を復興するのが僕の役目だ。幸い僕にはスプーキー・キッズという仲間たちがいる。
「!?」
センプは右手を突き出す。骨肉弾を撃ち込む気だ。だが背後には矢が迫ってくる気配がある。僕は身体を回転させて回避したが、センプはその隙を見逃さなかった。
躱せない!! 僕は諦めかけた。
だが期待した衝撃は来なかった。ゴクウさんがかばってくれたのだ。弾丸が当たる瞬間、ゴクウさんが飛んできて胸で受け止めたのだ。
ゴクウさんは左手で胸を押さえている。とても苦しそうだ。手足と違って切り落とすことが出来ない。
ここは戦線を離脱して研究所に戻るべきだ。だがゴクウさんは尻尾を使って、天高く飛んだ。
センプ目掛けて飛んでいく。そしてセンプの喉元に噛みついた。
「ゴクウさん!!」
なんでだ。なんであの人は僕をかばうんだ? 僕の事は世界を滅ぼし、皇帝を殺した張本人として嫌っていたはずだ。奇跡が起きたのか皇帝はビッグヘッドとして復活したらしいが、それも結果論だ。
あの人はなんで身体を張り続けるのか、さっぱりわからない。




