第十六話 ゲット・ユア・ガン
「さぁ、お前たち! こいつらを殺すんだぁ!!」
モンローセンプがキョンシーたちに指令を出した。僕とゴクウさんの二人だけで戦う羽目になった。相手は50人ほどいる。全員男で身体を鍛えており目が白く、武器を持っていた。
鍬を持つ者もいれば弓矢を持っている者もいる。
僕らは武器を持っていない。でも巨大なアライグマなどを一撃で倒すことはできる。
だけど彼等は殴っていいのだろうか。センプに操られた人間は元に戻れるかどうかわからない。
ここ最初村のスゥは額に穴が開いて死んでいた。それがむくりと起き上がったのだ。今の僕は相手の体温を感知することが出来る。それどころか人の心臓音が聴こえるし、相手を区別することも可能だ。
今の彼等は体温があるし、心音も聴こえる。だがどれも弱弱しい。センプはキョンシーと言っていた。中華帝国版のゾンビと言う奴だな。昔ワゴンセールで購入したキョンシー映画のビデオを見たことがあるが、ワイヤーアクションを多用した迫力のある映像だった。まさに不気味な子供たちだ。
「……ポゥ!!」
奇妙な掛け声とともに、複数のキョンシーたちが矢を放った。弓矢は原始時代から伝わる古臭い武器だが、それ故に単純かつ強力な武器でもある。
腕を磨けば拳銃にも負けない武器だ。僕とゴクウさんは矢を避けるが、その隙に鍬を持ったキョンシーが襲い掛かってきた。
さすがの僕も鍬の刃に当たる。少し痛むが致命傷じゃない。ゴクウさんは足元に鍬を当てられた。僕が作った金属細胞を組み込んだ人造人間は常人の肉体を遥かに超えている。ビルから飛び降りても身体が砕けてしばらく動けなくなるだけだし、炎の中に入っても息苦しいだけだ。とはいえ視界不良になるし、皮膚が焼けてしばらくひりひりするが。
とはいえ僕らの身体は人間と同じだ。普通の人間と同じような弱点がある。さすがの僕らも足を狙われたらひとたまりもない。
「ひゃっはっは!! どうだ俺の兵隊どもは!! 俺の命令を忠実に聞く玩具の兵隊どもだよ!! ひゃっはっは!!」
センプは高笑いしていた。小魚をぼりぼり食べるだけであいつは何もしていない。なんで何もしないのだろう。
あいつはスゥを殺したんだ。一体どんな武器を使ったのだろう。どうしてその武器を自分たちに使わないのだろうか。
「ヒュー・キッドよ、あいつは暗殺が大好きだ」
ゴクウさんが言った。
「自分は派手な衣装を着て、自分を凶刃の的にする。そして暗殺部隊を使って反乱勢力が集まったら一網打尽にするのが手だった」
僕も図書館で中華帝国の歴史を読んだことがある。センプの前身である维诺姆は子飼いの暗殺部隊を使って、自分に逆らう者を皆殺しにしてきた。
皇帝である黄帕克は友人たちの交流と称して、维诺姆の不正の証拠を集め、死刑台に追い込んだそうな。
「下手に手を出すのは危険だ。奴はキョンシーたちがいなくなれば、隠し玉を出してくるだろうな。気を引き締めなければ」
ゴクウさんは唾を飲み込んだ。余程緊張しているのだろうな。当時の维诺姆は国民に恐れられている一方で、国民の人気も高かった。なぜなら当時の中華帝国はイギリスの植民地にされていた。さらに日本共和国にもいいようにされており、皇帝の権威は失墜した。
それを復活させたのが维诺姆なのだ。飢えに苦しめられたが、国の誇りを取り戻したことで皇帝とは別に英雄視されていたのである。
「彼等がどれほどタフか、確かめてみる必要があるな」
僕は近くにいるキョンシーにヒュー・パンチをかます。
右拳に磁力を纏っており、これに殴られた相手は体内磁力を狂わされ、全身がボロボロになる。さらに大型トラックに衝突されたように吹き飛ぶので、全身の骨にひびが入るのだ。こいつは中国に住む巨大アライグマやヌートリアで実験した。殺した動物はアシュラが解剖して調べてくれたのだ。
キョンシーの一人が吹き飛んだ。センプの頭上を飛び越えて、カラぶき屋根に突っ込む。
センプは振り向きもしない。他のキョンシーたちも動揺していないのだ。
そして吹き飛んだキョンシーはずぼりと抜くと、ごろごろと転がって地面に落ちた。
相手は何事ももなくむくりと起き上がる。
「……どうやらかなり頑丈みたいですね」
「そうだな……」
僕とゴクウさんはキョンシーたちの圧迫感に冷や汗をかいた。人造人間でも汗をかくのだなと思った。
センプはにやにや笑っている。わざわざ説明する必要はないように無言を貫いていた。それが不気味であった。生前の僕なら胃がいくつあっても足りなかっただろう。
だが僕は人間じゃない、人造人間だ。肉体もそうだが精神も超人になったのだ。
するとセンプは口笛を吹き始めた。余裕のつもりだろうか?
「ひゃはは!!」
家から突然人が飛び出した。それは子供だった。目は白目で手に石を持っている。そいつで僕たちに投げつけた。頭に石が当たる。かなり痛い、大人なら頭蓋骨が割れてもおかしくない威力だ。子供の腕力じゃない。
他にも女や老人も飛び出してくる。どいつもこいつも白目だ。この村はすでにモンローセンプの手に落ちていたのだ。
「貴様ぁ!! この村のみんなをすべて殺していたのか!!」
僕は怒った。4年間ずっと村にいたわけじゃない。世界各国で貧しい村にヒューパンチを食わらせた後、いろいろ知恵を授けていた。この村だけ特別視していたわけじゃない。しかし思い入れはある。
大人たちは最初僕を怪訝な目で見ていた。だけど水車動力を使った製鉄や冷蔵庫を見た時は感動していた。風力で畑を耕す方法を教えたら子供や女たちも喜んでいた。
老人たちも無力な自分に嫌悪し、老人でも働けるようになると泣いて感謝してくれた。
今の彼等は感情を一切排除されている。ただ生きているだけの存在。人形だ。
人造人間の僕らですら感情はある。感情を取り除いたセンプは悪だ。こいつは自分の思い通りになる人形が欲しいだけなのだ。
「ひゃっはっは!! その通りだよぉ!! この世界の人間はすべて皇帝陛下の奴隷なんだよぉ!! なんでもいう通りになる人形に変えるのが俺の力と言っておこうかねぇ!!いっひっひ!!」
センプはゲラゲラ笑っている。罪悪感などない。全部本気だ。こいつは狂っている、皇帝陛下のためなら何でもしていいと思い込んでいるのだ。人の気持ちなんか一切配慮していない。アメリカ人の僕ですら吐き気のする邪悪だ。
「ふん!! 皇帝ってのはよほど馬鹿なんだろうな! お前みたいな外道を重宝していたんだから!!」
僕の言葉にセンプは静かになった。ゴクウさんはやってしまったという顔になる。一体どうしたのだろうか。
「……今、陛下を馬鹿呼ばわりしましたか?」
いきなり敬語で話し出した。まるで冬将軍が到来したように冷たい声だ。血が凍りつくような気がする。
「私の事などどうでもいいのです。他人に否定されようと罵倒されようと構いません。ですが……」
センプのにやついた表情は一変した。鬼のような形相に変貌したのである。
「陛下を侮辱した罪は死でもって償ってもらいます」
センプは右手で指を弾くと、弓を持ったキョンシーたちは屋根に上って矢を放ち始めた。
後ろでは子供や女たちが遠巻きで石を投げてくる。鍬を持った連中は巧みに矢を躱していた。恐らくキョンシーたちは計算して矢を放っている。
僕の視力だと飛んでくる矢を弾き飛ばすことはできる。でも背中に目はないから後ろから投げられた石は躱せない。ゴクウさんはしっぽで石を弾いていた。
「やってしまったな。あいつは自分の悪口や陰口は一切気にしないが、陛下の侮辱は人一倍許せない性質なのだよ」
ゴクウさんは説明した。かつて生前のセンプに商人が賄賂を贈った。上質の酒を献上したのだが、それは皇帝に献上しろと断ったという。
しかし商人は皇帝を傀儡と見なし、「あんな飾り物なんかどうでもいいでしょう」と罵ったそうだ。
それを聞いたセンプは激怒し、その商人の一族を死刑にしたのである。商人の財産はすべて国庫に納めた。酒も一緒だ。
「あんな風に敬語を使っているときが一番怖いのだ」
なんということだろう。普段は冷静沈着だが切れると口汚くなる人間は多い。しかし切れて敬語を話し出すのはセンプが初めてだな。世界は広い。
「本来あなたたちに使う予定はありませんでしたが、仕方ありません。あなたたちを教育するために使わせてもらいます」
センプは右手を突き出した。人差し指と中指をそろえている。そもそもあいつはガンマンの格好しているが、肝心の拳銃を持っていない。あの指を拳銃に見立てているのか?
ぼしゅっと音がしたら、ゴクウさんの右手が伸びた。
「ぼぅっとするな!!」
「ごめんなさい!! でもそれはなんですか!?」
ゴクウさんの右の手の平には白っぽいものが突き刺さっていた。それは骨だった。肉片がこびりついており、うねうね動いている。
「骨だ。奴は指の骨を銃弾のように発射したのだ!!」
「骨だって!! あいつは骨を無限に作れるのか!?」
いくら人造人間でも骨を無尽蔵に生み出せるのだろうか。いや確か筋肉が骨になる病気があったはずだ。
進行性骨化性線維異形成症といって骨系統疾患と呼ばれる全身の骨や軟骨の病気の1つだ。子供の頃から全身の筋肉やその周囲の膜、腱、靭帯などが徐々に硬くなって骨に変わり、このため手足の関節の動く範囲が狭くなったり、背中が変形したりする病気だったはずだ。生まれつき足の親指が短く曲がっていることが多いという特徴があるという。
この病気の原因は遺伝子の一部が変異を起こしたともいわれている。恐らくあいつは任意に指の筋肉のみを骨に変え、銃弾に変えられるのだろう。
小魚を食べているのは骨を強化するためだろう。
「……こいつは厄介だね」
「何がですか?」
「骨自体は問題じゃない。問題は肉片だ。こいつらが人間の細胞を乗っ取ってくるんだ。多分人間の眉間に打ち込めば死んだ人間を蘇生させるのだろう」
なんということだろう。僕らは人造人間だからすぐ乗っ取られないだろうが、ゴクウさんの右手は震えている。当たればただでは済まない。どうしよう。
「これが私の能力、ゲット・ユア・ガンですよ」
センプは冷静に口にするのであった。




