序章 世界が荒廃した日
一九九九年。人口十億人を抱える中華帝国の北部にはごみ処理場がある。
ラジジャン砂漠といい、帝国内のごみはおろか、国外のごみを一手に引き受けていた。
プラスチックのごみだけでなく、電池など処理の難しいものまでまとめて捨てられた。
さらに原子力発電で産まれた使用済み核燃料も埋められていた。ドラム缶に詰められたものを、ただ地面を重機で掘り、埋めただけというありさまである。
ごみは三階建てのビル並みに高くなり、見渡す限りごみの山しか見えない状態だったという。さらに放射能も濃度が高く、人はおろか虫一匹棲めない地獄だったそうだ。
現在は緑の森が広がっていた。いったいどういうわけか。
中華帝国の首都、帝京にあるビルの一室で複数の背広を着た男たちが椅子に座っていた。
大きなテレビジョンには森の映像が流れている。
一人の男が映像を切り替えた。それはごみの山であった。そのおぞましさは見ているだけで吐き気を催し、臭いまで伝わってくる気がした。
「……これが五年前のラジジャン砂漠だ。それが今では緑豊かな森へと変貌するとはな……」
五十代の男が答えた。彼は中華帝国の環境大臣である。ここは環境省であった。
中華帝国は皇帝が支配する国だ。下々の生活は大臣たちの仕事である。
ここには幹部の他に日本企業の人間がいた。
これは商品の結果を見るための集まりであった。
さらに映像が切り替わる。映像にはごみ山を蠢く奇妙なものが見えた。
それは異質であった。いや異形と言っても差し支えないだろう。
巨大な人間の頭であった。耳の部分に手が生えており、あごのあたりに脚がにょっきりと生えている。
それが二頭いて近くにあるごみを食べていた。ごみを区別することなく、ひたすら食べ続けている。その姿は餓鬼道の餓鬼のようであった。
「最初は不気味な生き物に驚いた。それがまさかあの美しい森を生み出すとは思いもよらなかったな」
環境大臣は映像を見ながらつぶやいた。
「はい。このビッグヘッドはわが社が生み出した地球に優しい生物なのです。かれらはゴミを食べます。さらに食べたものは涙鉱石といい、目から涙とともに流します。
そして半年経てば木に変化します。さらに実になって増えるのです。それを何度も繰り返し森を生み出すのです」
映像はまた切り替わった。今度は二十頭に増えている。二頭だけでは焼け石に水だが、桁が増えるとごみの消費が早くなる。
さらに二百、二千になるとごみの山は小さくなっていった。ビッグヘッドは水を求めて井戸を掘る。木に変化するときは五メートルほど離れて並ぶのだ。
オスとメスがいて、オスは木材に、メスは食べられる木の実をつける。
目から出た涙鉱石は一か所に集められる。中身は土だの、鉄だのに分けられた。ビッグヘッドは食べたものを頭の中に集め、分別するのである。
問題は菌類を殺すことだ。ビッグヘッドは汚染された物質を食し浄化する。だが自然界にある大切な菌類も死滅してしまうのだ。その点は菌類を殺さないように汚染された地面を舐めて浄化している。
「毬林くん。日本の技術力はすごいな。放射能汚染を浄化する生き物を作るのだから」
「はい。遺伝子工学の賜物ですよ。かつて一九四五年、日本共和国はドイツと共同で核兵器を作りました。ですが工場のある疲労島と詠崎が事故で爆発し、数十万人の人が亡くなったのです。私の祖母も事故で亡くなりました。それ以来日本は放射能を浄化する研究を始めたのです。自分たちの間違いを正すためにね」
毬林満村は沈痛な面持ちで応えた。三十代のさわやかな男性だ。アイドルほどとは言えないが、甘いマスクは女性にもてる。もっとも正確に問題があり、仕事以外ではあまり友人がいなかった。
環境大臣は答えず、映像を見る。そこには半透明の拳大の石が映された。それは涙鉱石である。
「涙鉱石は研究の結果、向こう百年は放射能に守られます。もっともその前に膜を削れば食塩の代わりになるのです。ビッグヘッドは放射能汚染を浄化する地球の救世主なのですよ」
「確かにそうだな。しかしこいつはわが国以外に買い手がないだろう。値段が百億でも買うだろうが、他の国は嫌悪するだろうな。何しろ君たちは神の許可なく新しい命を生み出した。今はオルディネ教やタルティーブ教が幅を利かせている。あいつら神は一人だけで他の神は認めず、抹殺をもくろんでいたからな。さらにタルティーブは同じ教団でもいがみ合っているんだ。ビッグヘッドの存在など認めないだろうよ」
毬林は苦い顔になった。確かにビッグヘッドは素晴らしい商品だ。だが道徳的に言えば許されざる存在である。
オルディネ教はイタリアのローマに本拠地があり、タルティーブ教は中東を中心に広がっている宗教だ。
オルディネ教は五星形をシンボルとしており、タルティーブは偶像崇拝を忌み嫌っている。特に外国人がアニメのキャラグッズを持っているだけで怒り狂って殺しに来るので危険視されていた。
さらに日本でも原発を反対する団体が研究の中止を訴えていた。使用済み核燃料を処理されると自分たちの主張が崩れるからだ。彼らにとって被爆者の気持ちよりも自分たちの利益が大切なのである。
毬林の会社もそういった嫌がらせを受けており、家族にも危害を加える輩が多くいた。
アメリカに住む天才少年チャールズ・ヒュー・モンローも画期的な発明を行ったが、これも神の意志に背くとして排他的なデモが行われている。詳しい内容はわかっていない。その彼はなぜか中国の西方にある白虎県で別荘を建てたから、不思議に思われていた。しかも世界各国の美女たちが集まったという。
毬林にとって大事なのは家族だけでハーレムには興味がなかった。
「とはいえ我が国は広い。ラジジャン砂漠以外にもゴミ捨て場はいくらでもある。そこに各国からゴミを買い取り、ビッグヘッドで処理してしまえばいいのだ。さらに涙鉱石の存在も重要だ。消費するだけの鉱石が再生されるのだからね。皇帝陛下もお喜びになるだろう。貴殿は我が国と取引してくれればよいのだよ」
環境大臣が慰めた。毬林はほっとする。元々中国は利益を中心にすることが優先される。
例えそれが遺伝子操作で生まれた、神の意志に背く存在であっても構わない。
世界各国からのごみを引き受ければ、ビッグヘッドによってリサイクルされる。つまり中国は資源確保において世界を一歩リードしていると言えるだろう。日本も自国のゴミをすべて中国に輸出することで国内を洗浄できるのだ。一石二鳥である。
「そういえば帝京では君の家族が旅行に来ているそうではないか。終わったらたっぷりと家族サービスをするといい。家族は大切だよ」
「ありがとうございます。妻と娘は甘えん坊なのでたっぷりと……」
そこにバンとドアが乱暴に開かれた。息を切らした男が部屋に入ってくる。
「どうした。ノックもなしに失礼だぞ」
「はぁ、はぁ、それどころでは、ありません!!」
男はぜぇぜぇと息をしている。いったい何事なのだろうか。
「核が、核ミサイルが発射されました!! 現在我が帝京にも向かって―――」
それで終わりだった。ピカッと空が光ると、熱風が吹き上がる。周辺のビルを熱で溶かし、人間を燃やし尽くした。
そして核の衝撃でキノコのように粉塵が舞い上がる。空は粉塵で真っ黒になった。
真っ黒な雲は地球を覆った。太陽の光を一切拒み、地球は長い冬の時代へ突入したのである。
ラジジャン砂漠には熱風は来なかった。ただ核の冬で雪が積もり始めている。
そこに一体の異形の怪物が地面からぼこりと出てきた。
それはビッグヘッドであった。歪んだ顔は目をぎょろぎょろとさせると、その場を立ち去るのであった……。
のちにこの事件はキノコ戦争と呼ばれるようになる。
ラジジャンは中国語でゴミ捨て場という意味です。
オルディネはイタリア語で秩序を意味し、タルティーブはアラビア語で秩序を意味します。
オルデンサーガの世界は架空の世界であり、実在する名前は似ているようで別物ということにしました。




