壊されたアースリーとエルフな女の子
「ほんと? ほんとに、おじさん達信じていいの?」
幸いにもまだ水は家の井戸水を勝手に拝借し、濡らしたハンカチで少女の顔を拭く。
(この感じ、なんか懐かしいな)
「当たり前さ。キョウヘイはな、凄いオトコなんだぞ!」
(俺が、凄い?)
アマンディは、少女の周りをぽてんぽてん跳ねていた。大方、泣き止まそうとはしてるらしいが、スライムって年齢とかあるのか?
「怪我とか、ない? あっても、何も持ってないけど」
「うん。どこも痛くない」
煤で汚れた女の子の顔や手足も、なんとかサマになってきた。
「きみ、お名前は?」
恭平は、その女の子の顔を見て、ふとどこかで見たような気がしたが、ここは恐らく人間の住む世界ではないことを、初めてアマンディを見て、実感した。
「エスティ。ねぇ、パパもママもみんな死んじゃったの?」
「わかんない」
「ボク達が来た時、この街には誰もいなかったもんな」
恭平は、アマンディと顔を見合わせたが···
「アマンディ。お前、ヒーリングやってくれるか?」
身体に傷こそなかったが、いまだ小さく震えている。なんとかして、外に連れ出してみたいが···。
「まかせとけって! さ、エスティちゃん! ボクの顔に手を突っ込んでみて」
「え?」
エスティは、アマンディと恭平の顔を交互に見たが、恐る恐る両手をアマンディの顔というか身体に入れていった。
「あ、温かい。お風呂みたいにあったかい」
???
恭平の時は、ひんやりとした感じだったのに、今度は温かいのか。不思議なスライムだな。アマンディって子は。
「キョウヘイ! もっといいの見せてやろーか? それっ!」
アマンディは、そう言うとエスティの身体を静かに包み込んでいった。
「凄い。なんというんだ、それは」
昔、愁にねだられて水族館で見た筒を泳いでるアザラシを思い出させた。
「わからん。けど、みんな出来るんだぜ、っと!」
伸びてエスティの身体から離れたアマンディは、元の姿に戻り、エスティはエスティで、震えがなくなっていた。
「アマンディちゃん。ありがとう!」
「······。」
アマンディは、ちゃん付けで呼ばれたのが不満なのか、急に無口になった。
「さて、どうする?」
「あたし、お腹空いちゃった」
「ボクも···」
「······。」
エスティはわかるが、スライムって何食うの?そもそも、この街···
「そういや、ここパン屋だ。なんかあるかも知れんな」
「そうだ! ここパン屋だ!」
「お腹すいたぽ···」
恭平とアマンディ、エスティは、物音を立てないように静かに店を物色していった。
「パン、チーズ、ミルク···と水!」
食べ物は、麻袋に入れ、ミルクや水は、水筒みたいな筒に入れて腰から下げた。
服も少し拝借し、恐らくこの世界の人らしい格好になった。
そうアマンディを除いて、は。
「お前はいいだろ、そのままで」
何か言いたげなアマンディを無視して、辺りに誰もいないのを確かめてから出た。
「エスティ。お前の家はどっち?」
「あっち!」
まだ小さなエスティを抱っこし、恭平は旅人を装いながら歩く。
「でも、ほんといないな」
「うん。パパ···ママ···」
エスティの家は、街の外れにあったが、やはりここにも人の気配は無かった。
「何か大切なものは? あまり多くは持って行けないけど」
「ほら、お人形とかお洋服や本とかあるでしょ?」
エスティを床に下ろすと、トコトコと扉の前に立った。
古く錆びたドアノブをひねって押し、中に入って数分後。
「これでいいの?」
「うん」
「可愛く描けてるぅ!」
この世界には、まだカメラはないのか、エスティは一冊のノートと鉛筆を持ってきた。
「パパとママとあたし···」
一冊のノートに描かれた三人の顔は、どれも笑っていた。
(愁もこうして絵を描いていたのだろうか?)
麻袋の中にノートと鉛筆をしまい、椅子に掛けてあったブローブをエスティに掛けた。
「ね、さっきポケットから落ちたの見て、怖がってたのはなんで? もしかして、これが出てるの見てたの?」
エスティを怖がらせないように、スマホを出さずに聞いてみると、小さく頷いた。
わからない。
この街全体の人や動物が消えた事と俺が持ってるスマホが、どんな関係があるのだろうか?
辺りが少し暗くなり始め、恭平達はエスティの地下収納庫で夜を明かし、陽が昇りきる前にそこを出発した。
「なにかが起きてるんだ、きっと」
「エスティちゃんのパパやママも生きてるって!」
ほんの数時間前に出会った時とは違い、エスティも少し笑う事が出来た。専ら、笑わかしていたのは、アマンディだったが。
「ここが西なら、まだ街とかあるんだろうけど」
「うん。あるよ、あっちに」
エスティが指さした方向もまた一本道が続いていた。
「あっちかぁ。あっちには、どんな街があるんだい? エスティちゃん」
「おっかない人たちがいーっぱいいるの!」と聞いて、恭平は急に帰りたくなった。
「おっかない?」
「うん! けむくじゃらのモダルがいる」
「モダル? 知ってるか? アマンディ」
「んぅ、どうだろ? ボクが一番怖いのは、モーサだからなぁ」
モーサとは?化け物?
「モーサ? あたし、知らない。それなに? 食べれる?」
(いまなんと?食べれる言わなかったか?)
「食べれないよ。モーサは、ボクらの先生だから」
(おい···。化け物想像したじゃないか)
時々、休憩を挟みつつ色々と話をした。
エスティは、この国でいう年齢は、自分達が住んでた世界の二倍だった。
「···ってことは、エスティは、8歳位か?」
「ううん。あたしは、4! さい!」
「お前は···」
「なんだよっ! ボクにだって年齢位あるぞ!」
何故か名に張り合うアマンディ。
「じゃ、いくつなんだ?」
「えーと、多分16?」
堂々とわかる嘘に笑う恭平ではあったが···
「そうだな。アマンディは、お兄ちゃんだもんな」
昔、甥が遊びに来た時、自分が愁にそう言ったのを思い出した。
最後に愁に会った時、俺は仕事の電話を受けていたな。愁は、何も言わず雨が降り続ける外をずっとレストランの店内から眺めていた。
『パパなんか、だいっきらい! どっか行っちゃえっ!』
涙を流しながら、そう言って香が待つ家へと走っていった。
「おじさん?」
「キョウヘイ? どうした? 急に黙って」
「あー、いや悪い。昔の事を思い出していた」
「おじさん、子供いるの? ほら、この指に···」
左手の薬指には、銀色に輝く結婚指輪が嵌められていた。
外そうにも、怖くて外せない結婚指輪。これを外したら、愁には二度と会えない気がして。結婚指輪の裏には、結婚した日が彫られている。愁は、結婚して一年目の記念日の日に産まれたから···。
「子供。うん、いるけど、もしかしたらもう会えないかな」
気付いたら、この世界。俺は、もう死んでるんだろうし。
「じゃ、おじさんのお嫁さんもしてるんだね!」
「たぶん」
「いいな、お前らだけ···」
アマンディは、この身体だから結婚しても指輪の交換はないらしいが、凄い儀式があるらしい。
「俺からしたら、お前らの方が凄いよ」
「うん」
アマンディ達スライムは、結婚すると互いの身体を分裂させ、身体に吸収させる。動物とは違い、交尾もないがそれなりの儀式も結婚と同様同じ。
細胞分裂、か。
「お兄ちゃんは、魔法使える?」
「ボクらは、まだヒーリングだけ。え、なに? お前、使えるの?」
(子供は、仲良くなるのが早いな。愁、ごめんな)
「まだ、そんなには使えない。火が出せるだけ」
(そうか、火が出せるのか、エスティは。って、火?!)
「すげーな、おい。火なんて、ボクらは使えないよ」
エスティが、魔法を使えるのにも驚いたが、スライムも魔法が使えるのにはかなり驚いた恭平。
「先に、言うが、俺はこの世界の人間じゃないから! 使えないから!」
「「······。」」
(なにこの驚いた顔は。むしろ、驚くの俺!)