新天地にてその2
草の上でぐでっと横たわっている、狩った魔物を魔法で出した水で冷やし、血抜きしたのちにブロックごとに解体していく。
解体の役目はいつも俺が請け負っているが、冷やして固くなった肉の塊を手に持ったナイフで捌いていくこの作業も、数をこなすうちに何となく慣れてきた気がする。
初めはとどめなく流れてくる赤い血に恐怖したり、なかなか進まないナイフに焦れったさを感じたりしていたものの、端末の『掲示板』に載せられていた工程を何度も実践するうちに、スムーズにこなせるようになってきた。
もちろん、まだ発展途上の技術ではあるが、『掲示板』に書き込んでくれた方には感謝しかない。
魔物を解体していくつかのこれを肉の買い込んでいるプレイヤーに持っていけば、ある程度のポイントと引き換えてくれるのだ。
今では魔石から得るポイントに並んで、重要なポイント収入源になっていたりする。
だいたい10体くらいの魔物を狩り終えた頃だろうか。太陽が頭上に登り、体を動かしっぱなしだったことも相まって、ものすごくお腹がすいた。
「そろそろどっかお昼食べに行く?」
「うん、行こっか」
妹からの返事は空腹を肯定するものだった。
中央広場へと向かう。
そこに行けば何かしらの屋台が出ているに違いない。
気持ちの良いそよ風に揺らされ、微風にさらされる度にふわっと膨らむ透明感のあるショートカットの黒髪が、並んで歩く俺の視界の左端でなびいている。
やはり、柚希はかわいい。
客観的に見た今の俺と彼女の関係は、兄妹という血縁関係によってのみ繋がっていられる気がする。もちろん、生きてきた十数年間にそれなりの親密さや信頼を得ることはできたと思っているが、ここは地球ではない。
法律みたいな明文化されたルールは存在しないし、犯罪行為を裁く機関も置かれている訳ではない。そもそも刃物や魔法が誰しもの手に届く場所にある時点で、プレイヤーたちの良心に今の箱庭の平和は委ねられているといっても過言ではない。
何が言いたいかというと、兄弟だから妹のことは守ってあげたいし守るべきだと思っているが、兄弟だからこそ、妹の自由は奪われるべきではない、とも思っている。
彼女が望んでいるならば、俺のもとから離れて生活するのがあたりまえなのではないか、余計な気遣いをさせてしまっているのではないか、という心配である。
ぶっちゃけると、俺に構いっきりにならなくていいんだよ?っていう申し訳なさ。
柚希に伝えてみる。
ちょっと片言になってしまったが、言いたいことは伝わった筈だ。
「ふっ、なにそれ」
「いや、だって……」
「私がここにいたいって思ってるから大丈夫。それに……こっちに来てから不安だったし。まあ、お兄に彼女ができたっていうならどっか行くけど?」
「できるわけないでしょ」
「うん、知ってる」
「おいこら」
「……ていうかほぼずっと二人っきりだったじゃん……」
「え?ごめん聞こえない」
「何も言ってない!!」
左脇腹に割りと強めの衝撃。
ツッコミにしては痛すぎません?
そんなやりとりをしてるうちに広場に到着した。
円形の中央広場の片隅、木で作られた大きな長テーブルの端っこに二人並んで座る。
真っ正面には、ケモ耳をピン、と伸ばした暗めのオレンジ色をした髪の長い女性が座っていた。
恐らくキツネの獣人であろうか、『箱庭』に来る際に一部の人の身体に変化があったと聞いているが、実例を見るのはこれで始めてだった。
一瞬交差する視線。
特に何かがおこるわけでもなく、シチューをすくったスプーンをそのまま口に運ぶ女性。
ちょうどごはんを食べ終わったようで、立ち上がってからトレイを両手でもって、すぐに見えないところまで去ってしまった。
「どんだけ見てるのさ……」
「いやー、ほんとにケモ耳になっちゃった人がいるんだなって」
「確かに私も初めて見たけど……それでもガン見しすぎ。セクハラだよ?」
「さーせん」
それにしても、すごいクールな人だったな。
いつか触ってみたい。ビバ、ケモ耳。
「柚希にケモ耳生えたりしないかな」
「…………」
「ごめん冗談だって」
頼むからそんな冷めた目で見ないで。
お兄ちゃん新しいナニかに目覚めちゃうから。
兎肉のシチューと盛り合わせのプレーンパンを完食し、お腹いっぱいになったところでまた狩りに出かける。
正直それくらいしかやることないんだよなぁ……
「そういえばさ、街から西にちょっと行ったところにある樹林の近くで、新しい拠点を造ってるみたいなこと聞いたんだけど」
「あー、それ俺もそのスレ見たわ」
「狩りばっかりもなんか飽きてきたしさ、そっち行ってみるっていうのはどう?」
「別にいいけど……やっぱり危険じゃない?
この前遠征組が森林の探索中にケガ人を出したって聞いたんだけど」
「それは拠点のさらに奥の方でしょ?しかも新拠点には遠征組も一部残ってるみたいだから安全だって」
「んー……柚希が行きたいならいいけど」
「それにさ、安全なところでダラダラ過ごしてる訳にもいかないでしょ?ポイント貯めて贅沢だってしたいし、レベルだって上げなきゃいけないんだから」
「それはある。早く剣スキル取りたいしなぁ
じゃあ行くか!」
スキルをとるにはスキルポイントが必要になるのだが、それまたレベルを上げてボーナスを貰うか、開拓ポイントをスキルポイントに変換するかの二つしかない。
ちなみに開拓ポイント100万ptでスキルポイント1を獲得できるという、とんでもないレートだったりする。
箱庭に来たときにボーナスで、どのプレイヤーも10ptずつ貰っているのだが、俺と柚希は生活の事を考えて《属性才能/火》《属性才能/水》をそれぞれとっていたりする。
スキルはあくまで補助的な役割しか果たさないので、剣スキルツリーにある《ノックバック》や《シャープネス》に貴重なポイントを割くなら、ちょっとお高めな《属性才能》スキルを取るべきだと判断した。
その恩恵で、どこでも水を出せたり、火で熱を加えることが日常的にできるようになった。
朝目覚めたときの顔を洗う水や、魔物を解体する際の冷やす水も、柚希の魔法を使っていたりする。
「じゃあちょっと休憩したら西に行くか」
「りょーかい」
僕を甘やかしてくれるお姉ちゃんください(半ギレ)