生物兵器の試し方
生物兵器の試し方
薙月 桜華
森の中にある村。周りを森に囲まれ、近くには山が見える。
村の中をいきかう人々、井戸の水を汲む少女、走り回る小さな子供たち。騒がしく、しかし平和な日常がそこにはある。
井戸から水を汲んだ少女は水を入れた容器を持って村の中を歩く。容器が思いのか、少し体を後ろに反りながら、ゆっくりと歩いている。
その時、彼女の背後を三人組の少年が通り過ぎた。三人の最後の子供が彼女の背後を通り過ぎようとした時、右腕が彼女の体とぶつかってしまう。
「きゃっ。」
彼女はその衝撃で、悲鳴と共にバランスを崩して倒れそうになる。彼女はなんとか持ちこたえるも容器の中の水を少しこぼしてしまった。彼女は一度水の入った容器を地面に置いた。
「こら、気を付けなさい。」
彼女は通り過ぎた三人組の背中に叫ぶ。その声に三人組の少年は彼女を見る。
「ごめんなさい。」
ぶつかった少年が彼女を見て言った。彼女は三人組の少年が他の人達の体に隠れて見えなくなると、再び容器を持って歩き出した。
彼女は少し歩くと、ある家へ入っていった。
「ただいまお婆ちゃん。水汲んできたよ。」
彼女が家に入ると、白髪交じりの老婆が迎える。
「おかえり、ソニア。」
ソニアは調理器具らしきものが置かれている場所に水の入った容器を置いた。
「ありがとうねソニア。こんな状態じゃなければ自分で行って来れるんだけどね。」
家の中には身ごもった女性がいる。彼女は座ったまま手だけを動かして何かを作っている。
「大丈夫。お母さんは安静にしてて。お母さんが出来ない事、私が代わりにするから。」
ソニアはソニアのお母さんを見る。そこへ、ソニアのお婆さんが声をかけた。
「ソニアよ。ちょっと遠いけれど今からきのこを採ってきておくれ。夕食に使おうと思うんだよ。」
ソニアはお婆さんの言葉に頷く。
「わかったわ。ちょっと、行って来る。」
ソニアは台所の隅にあった袋を拾い上げる。
「お婆ちゃん。お母さんをお願いね。」
ソニアはそれだけを言うと家を出て、森へ向かって走り出した。
空を戦闘機が通りすぎ、ヘリの音が聞こえる基地。その中を歩く軍人とサングラスをかけた男。
「トーマスさん。私どもの商品はいかがでしょうか。」
サングラスをかけた男は隣を歩く白髪交じりの軍人に質問をする。
「ケビン君。君の商品は悪くない。しかし、彼らは所詮自由な動物だ。我々に歯向かう事もある。」
ケビンは目をつむり何度か頷く。彼は何か納得している様子だ。
「おっしゃる通りです。既に出荷されている商品はこちらの意図しない行動をする場合があります。『人間を殺す』という事しか教えられていませんから。」
ケビンは鞄から黒いファイルを取り出す。ファイルを開くと何枚かめくりトーマスへと渡した。
「今回の商品はこれまでの商品よりも強力で我々に歯向かう事も有りません。」
トーマスはケビンの説明を聞きながらファイルに記載された文章を読んでいる。
「これは見た事の無い商品だな。新しい商品か。」
トーマスはファイルに挟んである写真をじっと見る。そこには緑色の猿が写っていた。
「ええ、死を呼ぶ緑色の猿です。この猿に噛まれたり、引っ掻かれたら確実にあの世行きですよ。」
ケビンは笑っているものの、トーマスは驚き興味津々の様子だ。彼らの先には大型のヘリがあり、彼らは真っ直ぐにそこへ向かって歩いている。
「それではその商品と我々に歯向かう事の無い技術のデモンストレーションへと参りましょうか。」
ケビンとトーマスがヘリに乗り込む。ヘリの中には既に兵士が数人とスーツを着た男が居た。スーツを着た男は膝の上に置いたパソコンのキーを叩いている。
「彼は何のために居るのかね。」
トーマスがケビンに尋ねる。ケビンもパソコンを操るスーツの男を見た。
「彼はデモには欠かせない存在です。あとは実際のデモを見てください。」
トーマスはケビンの言葉に頷く。トーマスは操縦者へ一言二言告げると間も無くヘリが地上を離れた。
「頼まれた通り、デモ用の目標を決めておいた。それと、君が運んできた商品は私達のちょうど真下に格納してある。目標には今から二十分程度で着くだろう。それまでしばらく待とう。」
トーマス、ケビンや兵士がじっとしている中でスーツの男だけがパソコンのキーを叩いていた。
ソニアはきのこを探して森の中を歩いていた。太陽の光が木々の間からソニアを照らしている。
ソニアは空を見上げる。見えた青空は澄んでいた。ソニアはそれから辺りを見回した。
「たしか、この辺りだったはず。」
ソニアは前かがみになり、注意深く地面を見始めた。木々の根元を覗き込んでいく。
「あ、あった。」
ソニアは白い物体を拾い上げる。彼女の手にはきのこがあり、太陽の光に照らされている。ソニアは採ったきのこを別の角度から何度か見る。
「良さそうね。」
ソニアは採ったきのこを持ってきた袋に入れた。そして、再びきのこを探し始める。
その時、鈍く耳障りな音が聴こえてくる。ソニアは音がする方を見た。すると巨大な鉄の塊が耳障りな音を立てて、ソニアの真上を通り過ぎていく。
「あのヘリ。村の方向に向かってる。」
ソニアはヘリが通り過ぎたことを確認する。そして、再びきのこを探そうと地面を見始めたとき、ソニアの動きが止まる。その目は見開かれ、まるで銅像のように固まっている。再び体が動き出すと、村の方向を見た。
「まさか。」
ソニアはその言葉を言い終える前に村へ向かって走り出していた。
ヘリは森の中にある村へと向かっていた。
操縦席にいる男がトーマスに何か告げている。トーマスは頷き、ケビンを見た。
「もうすぐ村に着くそうだ。」
トーマスの言葉にケビンは窓から外を見る。隣ではスーツを着た男がパソコンのキーを叩いている。
「社長。準備出来ました。」
「わかった。すぐ実行出来るようにしておけ。」
ケビンは窓の外を見ながらスーツの男へ言った。ケビンの位置からも村が見えるようになっていた。
ヘリは村に少しずつ近づき、やがて村の上空に着く。ケビンが窓から地上を見下ろすと、ヘリを見上げる村人達が見えた。
「さて、始めましょうか。」
ケビンは微笑すると、トーマスを見た。
「商品を降ろして下さい。」
トーマスは頷くと、操縦席に伝える。ヘリは村の端、森と村の間の上空に停滞する。すると、ヘリの下部が開き大きな檻が地面に向かって勢い良く下りていく。檻は鈍い音とともに地面に着いた。中には全く動かない黒鳥と多数の緑色の猿が居る。まるで置き物のように全く動かない。
「さあ、行って来い。」
ケビンの声にスーツの男は再びパソコンのキーを叩き始めた。
すると、先ほどまで置き物のように動かなかった動物たちが突然動き出す。最後にスーツの男がリターンキーを叩くと、檻が開いた。
「ショーの始まりだ。」
緑色の猿たちは檻から勢い良く飛び出し、村の中心にのびる道を走っていく。村人を発見するとすぐに飛びつき、噛み付くか引っ掻き傷を付けた。
ある緑色の猿は道を歩く女性の腕に飛びついた。
「なんなのよ。」
緑色の猿を腕から引き剥がす女性。猿は引き剥がされると、すぐに女性から逃げた。地面に座り込む女性。その腕には生々しい傷跡がある。女性は傷口に触れようとすると痛いらしく触れられないようだ。
すると、その傷口を中心に肌が紫色になり始めた。それとともに女性は白目をむいて地面に倒れ、痙攣する。
緑色の猿がすべて檻から出ると、最後に黒鳥が檻からでた。
黒鳥は空気を吸い込むと、村全体に聞こえるように首を振りながら咆哮した。
黒鳥の咆哮に耳を塞ぎ立ち止まる村人たちに容赦なく襲い掛かる緑色の猿たち。黒鳥は村の中心に向かって歩き出した。
一匹の緑色の猿が家に入っていく。家の中から聞こえてくる人々の悲鳴の後、緑色の猿は家から出てきた。猿が家を出てからすぐに一人の男性が家からゆっくりと出てくる。しかし、家から出るとすぐに地面に倒れて痙攣するのみとなった。
檻から全ての動物が出尽くすと、ヘリは檻の隣へと着陸した。
ヘリの中ではトーマスたちが目を丸くしながら窓の外の様子を見ている。ケビンたちはその光景を見ながら微笑した。
「トーマスさん。外へ出ましょう。」
じっと外の光景を見ていたトーマスはケビンの言葉に過敏に反応する。
「だ、大丈夫なのかね。あの猿が我々に危害を加える事は……。」
「大丈夫です。心配は要りません。しかし、村人たちが近づいてきた場合は保証来ませんが。」
ケビンはトーマスの言葉を遮るとヘリのドアを開けて外に出た。
「よし、出よう。付いて来い。」
トーマスは連れてきた兵士たちと共にヘリの外へ出た。ヘリの操縦者とスーツを着た男以外は全員ヘリから降りた。
外へ出れば、鉄の扉で遮られていた人々の悲鳴が直に聞こえてくる。
「た、助けて……。」
村人がトーマスたちに近づいてくる。肩にある傷の周りが少し紫色になっていた。
「う、撃て。撃て。」
トーマスの声に兵士達は銃を構え、近づいてきた村人の頭を撃ち抜く。村人は倒れ、少しの痙攣の後、動かなくなった。
トーマスは倒れた村人が動かなくなった事を確認すると、真っ直ぐな道の先にある村の中心へと視線を移動させた。
村の中心から甲高い咆哮が聞こえてくる。黒鳥が村の中心に陣取り、村の隅々まで甲高い咆哮を浴びせているのだ。その黒鳥の周りを緑色の猿が動き回っている。
トーマスは黒鳥の咆哮に顔を歪める。村の中心から遠いものの、トーマスたちが居る場所まで咆哮が聞こえてきた。しかし、隣に居るケビンは聞こえて居ないかのように黙って事が行われている様を見ている。
ケビンの見える範囲にはもう動く村人は居ない。ケビンは体を反転させてヘリに向かって歩きだす。そして、ヘリの中に頭だけ入れるとスーツの男を見た。
「黒鳥を戻せ。そろそろ詰めだろう。」
ケビンの言葉にスーツの男は無言で頷くとパソコンのキーを叩いた。
ケビンはそれを確認するとトーマスの所に戻る。
「そろそろショーもおしまいです。」
ケビンが村の中心を見る。村の中心からは黒鳥がこちらに向かって歩いてきている。
黒鳥は咆哮一つせずに、トーマスたちの横を通って自ら檻に入っていった。
「何故、素直に檻に戻っていくのだ。何故だ。」
トーマスがケビンに尋ねる。トーマスにとっては目の前の光景が信じられないといった様子である。
「彼らにはそれぞれ小さなチップが埋め込まれていましてね。それが彼らを制御しているんです。」
ケビンはヘリの中に居るスーツの男を見る。トーマスも同じくスーツの男を見た。
「まさか、あの男が動物たちを制御しているのか。」
ケビンは村の中心を見る。既に人々の悲鳴は聞こえない。再びケビンはヘリの中に居るスーツの男を見た。
「撤収だ。目標の居ない奴から戻せ。」
スーツの男は無言で頷くとパソコンのキーを叩き始めた。
ケビンはそれを確認すると、トーマスの所に戻る。
近くに居た緑色の猿が勢い良く檻に入っていく。トーマスはその姿を目で追う。
「ケビン君。動物たちに小さなチップが埋め込まれている事はわかった。しかし、彼らを操れるほどのチップなど、何処の国が作れるというのだ。」
トーマスは檻に入っていく緑色の猿を見ながら尋ねた。一匹、また一匹と少しずつ猿は檻に入っていく。
「日本ですよ。本来は別の用途で作られたようですけどね。」
ケビンの言葉にトーマスは驚き、彼を見る。しかし、すぐに檻に入っていく緑色の猿を眺めた。
「技術とは恐ろしいものだな。」
ソニアは森の中を走り続け、やっと森を抜けて村の端に到達する。
しかし、そこで彼女の足は止まる。目の前に人が倒れているからだ。ソニアはすぐに倒れている人に近づく。
「大丈夫ですか。」
しゃがみ込んで声をかけるも、反応は無く息もしていない。目を見れば白目をむいていて、体中が紫色に変色している。ソニアは驚き呼吸が荒くなる。
ソニアは周りを見ながら立ち上がる。目に見える範囲の人間の体はみな紫色で誰一人動いていない。まるで、人形のように全く動かず声も聞こえない。
「な、なんなのよ。これ。」
ソニアの声だけがあたりに響く。するとソニアは何かを思いだしたらしく、弾かれるように走り出した。そして、自分の家に入っていく。
ソニアは家の中に入ると、すぐにお婆さんを見つける。彼女も体中が紫色に変色していて全く動かない。
「お、お婆ちゃん。」
目を開いたままの彼女の姿に、ソニアは首を小さく振りながら後退りする。そして、ソニアは震えながらゆっくりと部屋の奥を見る。
そこにはソニアのお母さんが居る。彼女も同じく全身紫色で全く動かない。ソニアの呼吸はさらに荒くなる。
「お母さん。お母さん。」
ソニアはお母さんに近づいて触れようとする。しかし、ソニアはすぐに立ち止まる。ソニアの目とソニアのお母さんの目が合ってしまったからだ。
ソニアは首を大きく振りながら後退る。
「い、いやあ。」
つんざくような叫び声が部屋を満たす。ソニアはしゃがみ込んで必死に首を振った。
その時、鈍く大きな音が外から聞こえてきた。
ソニアはゆっくりと立ち上がり、家の外に出た。
「収容完了しました。」
ケビンやトーマスたちは、スーツの男にすべての動物が檻に戻った事を告げられるとヘリに戻った。
「よし、離陸してくれ。」
トーマスの指示でヘリが離陸を始める。そして、ヘリが空中で安定すると、動物たちの入った檻がヘリの下部に収納された。
「いかがでしたか。我々の商品は。」
ケビンがトーマスに尋ねる。トーマスは窓から村を見た。
「すばらしい。が、一人残っているようだな。」
ケビンはトーマスの言葉に驚き窓から村を見る。トーマスの言うとおり生き残りが一人いた。
「そんな。何処かに隠れて居たのか。」
トーマスは目の前にある現実を理解したく無いようである。しかし、すぐに笑いながら首を横に振る。
「いや、もし隠れていたのなら猿は捜索を続けていたはずです。先ほどまで目標範囲外に居たのでしょう。」
ケビンは落ち着いて窓から離れた。
「殺しますか。」
兵士の一人が、じっと窓の外を見るトーマスに聞く。
「生き残りは若い女のようだ。殺してもいいが、女一人に何が出来る。弾の無駄だな。」
トーマスは窓の外を見ながら兵士に告げた。彼は窓から顔を離すと操縦席に居る男を見た。
「基地に戻してくれ。」
操縦席に居る男は了解すると、ヘリを動かし始めた。
ケビンは窓から地上に居る女性を見た。すると、彼女と目が合う。その目は怒りに満ちていて、ケビンはすぐに窓から顔を離した。
「ケビン君。今回の商品だがね。」
トーマスの言葉にケビンはそれ以降窓の外を見る事は無かった。