第1話、出会い
私は携帯を見て日付を確認した。今日は日曜日だ。仕事はお休みだ。
「今日はお休みか」
そう、呟いてみたけど、なぜだろう、お休みなのにテンションが上がらない、私が教師になってもうすぐ1年が過ぎようとしていた。
今は3月、外に出れば桜の花は芽を開きお花見にちょうどいいくらいに咲き誇っていた。しかし、夢野姫には、友達がほとんどいなく、休日に連絡が来ることがない。
好きな仕事に就いたけど、何か物足りなさを感じている。その原因はわからない。楽しかったあの時に、無邪気だったあの時に戻りたい。そんな風に思っていた。
大学に通ってた頃は、頑張って勉強して、友達と遊んで、楽しんだ、無茶をしたあの頃に、戻りたい。
教師になってからは土日休みだけど、土曜日は部活の顧問として出勤しないといけないし、週に1度の休みと思うと無茶も必然的にしなくなっていた。自分自身が新しい一歩を踏めてない。
このままではダメだなと思い、どこかに出かけようと思った。私は着替えるためにクローゼットを開いた。
普段は仕事用のスーツしか着てないからあまり服がない。大学時代にもっとおしゃれしとけばなと思った。今更そんなこと思っても遅い、取り返しなんてつかないから。
私は迷うほどもない服から、いつも通り服を選んだ。ジーンズに白いTシャツを着てグレーの上着を羽織った。
今日は誰かと会うわけでもないしメイクもいいかと思ってそのまま出かけることにした。
自分には自信がなく、帽子を深くかぶり、メガネをかけた。自分でもこれじゃだめだなと分かっていながら外へ出た。
気分転換に可愛い服でも買いに行こう。そう思って歩くこと20分、商店街についた。周りを見るとすごいおしゃれな人が多い。
こんな服で着たことを少し後悔した。そういえばここに来るのも久しぶりだ。
懐かしい感じもあるが、あのころと違うことが一つある、それは休みが減った代償ともいえる、大人の力があるんだ。幸いにも忙しくてあまり手を付けられずに貯まっているんだ。
ブランドものとか値段とか気にしなくてもいいくらいにある。少し高い洋服屋に行ってみよう。そんな浮ついた考えをしながら歩いてた時だった。
向こう側からやってくる少女が可愛い、私はその姿に一目で惚れてしまった。そよ風が吹き、彼女の肩先より少し長くて黒い髪が揺らす。その姿はすごく大人っぽい奇麗さを兼ね備えていた。
膝上まで伸ばしたニーソ、鮮やかな赤のティアードスカートの間から真っ白な太ももがちらつくのは目が離せない。それに加えて黒いセーラーに赤くて細いリボンタイをしている。
胸は小さく、スラッとしていて着こなしている感じが私の感性をくすぐった。
純粋に可愛くて、そして羨ましく思った。このまますれ違ったら私はUターンしてそのままついていこうかと思うレベルだ。私はその子から目が離せなくなる、その時だった。
「きゃっ」
ゴンっと鈍い音が響いた。私はその勢いで思い切り、尻餅をついてしまった。見上げると目の前に電柱があった。犬も歩けば棒に当たるという言葉があるが、今の状況は人が歩けば電柱に当たるだ。
間違っても知り合いに見せたくない恥ずかしい姿だ。誰にも見られてないか途端に不安なる。
「あの、大丈夫?」
「うわあぁぁ」
私は思わず変な声をあげてしまった。だって振り返ったらさっきの美少女がいるんだもん。
まさか話しかけられるなんて思いもしなかった。
「ほら、ちょっと見せて」
そう言いながら私の前髪をあげて、覗き込んできた。顔が近いよ、キスとかしないよね?大丈夫だよね?
「ちょっと腫れてるね、こんなものしかないけどないよりはマシかな」
そう言って、ハンカチをおでこに充てて、その上から保冷剤を当てた。
彼女を見つめると、優しい目で見つめ返してきた。まるでそれは運命と感じるような瞬間だった。
私は思わず彼女の手を握った。手から伝わるぬくもり、温かな視線、今までいろいろと生きてきたけどこんな素敵なことはなかったと思う。
こんな可愛い子に出会えるなんて幸せだ。女の手を両手で包み込み、そのまま自分の胸元に引き寄せた。
「ありがとう」
私はいつまでもいつまでもその手を握っていた。そして見つめあっていた。あなたの手は今、私の胸にある、この鼓動はあなたに届いてるのかな。そんなことを想像してると鼓動が早くなるのを感じた。
1度触れたら離したくない幸せな時間。そこはまるで2人だけの世界、時が止まっているような感覚、ケガをしたことなんてとっくに忘れていた。
やがて彼女は微笑みながら、私の目を見ていった。
「ふふっ、大きいんだねっ」
「えっ?」
私は何のことかわからずに聞き返した。すると彼女は笑いながら手を動かした。どうやら私が思っていたこととは違うことを彼女は考えていたようだ。
私の大きな膨らみを優しく手で撫で始めた。時折ムニュムニュと指を食い込ませてくる。私の顔は一気に真っ赤になった。さっき当ててもらった保冷剤が一気に沸騰するかと思った。
それを見計らって、もう片方の腕を伸ばしてきた。寸前のとこで白くて細い手首を握った。
「やっここじゃダメ」
言った後に気づいた。これではまるで場所を変えればいいみたいな言い方だ。私としても女の子とそういうことするのは嫌いではないから問題ない。
ただ一つ問題だとすれば、彼女が美しいことだ。奇麗すぎる故に傷つけたりしてはいけない気がした。
「そっか、じゃあまた場所改めてとかどう?」
彼女は手を休めるとそんなことを聞いてきた。どうやら一目惚れした彼女は少し変わっていたようだ
私がうなずくと再び手を差し出してきた。
「ところで、なんて呼べばいい?」
そういえばまだ、名前も聞いてなかった。首をかしげる姿もなんか可愛い。
なんだろう、なんか緊張しちゃう、すごい優しい人なのに、ドキドキし続けてしまう。
「えっと、姫でお願いします。」
「ふっ、全然姫っぽくないけどいいの?」
彼女は笑いながら聞いてきた。それは馬鹿にしてるわけじゃなくて優しい笑みだった
「むぅ本名が姫なんです」
私が少しむくれて返すと、私たちはまた手を握った。
「よろしくね、姫、私は藍、井ノ原藍だよっ」
「えっと井ノ原さん、よろしくです」
「藍でいいよ?ってかもっと気楽に話してよ」
そんなことを言われてしまった。まるで彼女は姉のような存在だ。
こんな姉がいたら思い切り甘えたい。同じ服を着てデートしたい、私は心の中でそう思った。
その思いが現実となった。藍は何も行こっかと明るく一言だけ言うと私の手を引いた。
私は藍に身を任せて、藍の思うがままに2人きりで楽しい時間を過ごせた。
「今日はいろいろありがとね、姫、私のわがまま聞いてもらって悪いね」
「いいって、藍と楽しい時間過ごせてよかった。また会えるよね?」
楽しい時間は刹那的に過ぎてゆく。また求めたくなるものだ。夕暮れ色の空を見ると少しだけさみしく感じた。
「うん、じゃあおまじないしよっか、姫、目を閉じて」
私は言われたとおりに目を閉じる。藍は両手の指を絡ませてきた。私より細くて柔らかい指、藍の手は小さくて握りやすい
かすかに唇からぬくもりを感じた。藍はおまじないと言って私にキスをしてくれてる。それを感じて思わず握られた両手を引っ張り、強く引き寄せた。
ほんの一瞬だった。重なった2人に風が通るだけの距離ができた。彼女は唇に人差し指を当てながら、去っていった。
「また会えるよ」
これが私たちの温もりあふれる、不思議な出会いだった。