9.ずらした視線
わたしは、ユキの視線をのがれるように顔をそむけると、五月蠅い心臓の音をしずめようとする。
急激に熱くなる顔に戸惑いながら、脳裏に浮かびあがる幻影は、まだ幼かったあの頃。
……何故だろうか、ここ、ユキのこの場所にくると、きまって、わたしは、……心の底、奥底に沈めたはずの、幼かったあの頃のことばかり、脳裏に浮かび上がらせてしまう。
ずらした視線に、すっと映り込んだのは、ユキの黒いワンピースだった。黒いローヒールが小さなユキの白い足を覆っていて、かざりっけのない小さなそれがなんとなく目に入った。
リネン地のワンピースは少しふわっとした腰のあたりから膝小僧の方にすっと内側にいっていて襟元は丸く開き、袖口は中袖。ゆたっとした印象のワンピースは、小柄なユキの身体にやわらかく沿うように馴染んで。むき出しの白い膝小僧は何故だか少し、ユキらしい。
対面しているわたしとユキの様子を見つけた猫のロビンが、わたしとユキの間に割り入るように飛び込んできたのはその時だった。
白く豊かな毛玉が飛び込んできたかと思うと、あっという間にロビンは、ユキの腕の中に飛び込み、わたしを油断なくにらみつける。黄色の意地の悪い目が、まるで、悪さをしたらゆるさんぞとでも私に言っているかのようで、わたしは、思わず苦笑した。
おまえは、わたしの気持ちを読み取る天才かとそんな微苦笑に近いと思う。ロビンの豊かな真っ白のしっぽが落ち着きなくバシバシと叩くように動き、彼の目も耳もまるで臨戦態勢だ。
わたしは、すっ、とユキから距離を置く。
上手くいくかわからないけれど、今までのように違和感のない程度に、ユキとの距離を保たなければと、わたしの中のなにかが警告をしていた。
……深入りは、しては駄目なのだと、かならず後悔することになると、
――その時のわたしは、わかっているはずだった。……きっと、それは、本能のような、どこか、そういうもので。
そうでなければならなかった。