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藺連は、自らの部屋に引きこもって、ただただ、呆然としていた。数時間、ぼうっとしていた藺連は
、ノック音に我に返る。
部屋の時計に目をやると13時を指していた。
食事の時間に藺連が顔を出さないなど初めてのことで、そのことだろうと思い立って、藺連は不安そうにドアを見つめる。
すると、ノック音と共に、姉さんの控え目な声が聞こえた。
「……藺連、」
ためらっているようにそれ以上口にしない姉さんの様子に、藺連は、慌ててドアを開けた。
そこには今朝方見た姉さんが、驚いたように藺連を見つめていた。
””
「……昨夜のことがきになって……藺連とはお食事の時間もべつだけれど、女中の志津さんが、坊ちゃんはお食事もされずお部屋にこもりきりで……っておしえてくれたの」
食欲はないかもしれないけれど……と、姉さんがクッキーとホットミルクを持ってきてくれていて、藺連は、泣きそうになる。部屋にいつも常備しているガラスの水差しの水のみ口にしていた喉は乾いていて、ホットミルクが喉奥に溶けていくような気がした。……喉の渇きの問題ではなくて、きっときもちの問題なのだろうと、藺連は、ぼんやり思う。姉さんがきてくれて嬉しいから、きっとこんな気持ちになるのだろうと思う。
ホットミルクを口にする藺連を優しい目で見つめながら、姉さんは、口を開いた。考え考え言葉を発しているようでいつもの姉さんとは違う歯切れの悪さで
「……わたし、藺連があんなじょうたい、なの、知らなかったから、しんぱい、だったの。今朝も、なにもいわずに部屋を出たでしょう……しんぱいで……」
藺連は、姉さんの言葉が嬉しくて、にこりと笑みを浮かべて。
……お父さんには、あんな風に怒ってしまったけれど……、と、藺連は、考える。
——僕は、きっと……
一瞬だけ暗い顔をした藺連は、瞬間、穏やかな顔で姉さんと数分の楽しい話をする。
姉さんも、普段の藺連に劣らず忙しく、一日のスケジュールは、行儀作法のレッスンや勉強時間も含めると、分刻みの忙しさだ。そのわずかな休憩時間の合間に訪ねてきてくれた姉さんに心配はかけたくなかった。
そのままたわいのない話をして、姉さんは空のカップを手に部屋を出る。