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「……」
沈黙が続き、 藺連は、そのままの状態で固まる。父の着物の衣擦れの音が聞こえる。
……不思議に気持ちは澄んでいて、透明なのに、口の中はからからに乾いているようで、喉のあたりが、
熱く燃えるような気がした。
「…… 藺連、確かにお前には、この世界は向かないのかもしれないな……」
父の言葉に、自らが思っていた以上に衝撃を受けて、ぶるぶると両肩が震えた。……よく解らない失望と、めちゃくちゃな気持ちの中で、燃え立つような何かがあふれてくるような気がして、こみあがってくるなにかが、 藺連に涙を流させる。額を畳に擦り付けたまま、 藺連は、気を抜けば慟哭をあげてしまいそうな
何かを必死に抑えて。熱い塊が次から次へと喉奥から生まれ、目の奥が痛い程熱い。涙があふれた。声を抑えることが精いっぱいのそれに、藺連は、戸惑う。
……自分の感情が自分でもよくわからないままに。
そのような状態の藺連を目にしてすら、そのことについて何も言おうとしない父の様子に、藺連は、めちゃくちゃな気持ちになって、生まれて初めて、憧れてやまない父に向かって敵意の籠った目と、声を上げた。
途端、口から零れ落ちた、叩きつけるようなそれ。
「……お父さん、なぜですか……?ぼくに、はじめからきたいなどしていないくせに、このようなッ!」
まるで、喉が切り裂かれたかのように、鋭い声が喉元から、零れ落ちる。それを、頭のどこかで冷静に感じながら。
怒りの感情の赴くままに 父に向けた藺連の目。……すると、その時、初めて父が、藺連に向かって目を向ける。
——きっと、初めてだろう、自分を見てくれた人の目を、そういった父の目を、藺連は、きっと忘れられない。
父は、口を開いた。
「……やっと、私に向かってきた……その気持ちを大事にしなさい……今日の午後にでも、また私の部屋に来なさい。その方が私もゆっくりとお前に向き合える。お前が言いたいことは、解った、——その包みは、お前が創りあげた人形かい?……ゆっくりみたいから、それはここに置いて、お前は、一度、自分の部屋に帰りなさい。……今日はお前は作業場にいかなくてよいよ。私がそう言っておこう。今日は午後まで休みなさい」
呆然とした気持ちで、藺連は父の言葉を聞き、はい。と素直に応じると、静かに父の部屋を退出して。失礼しますと口にしながら、藺連はふわふわした気持ちのままに、そのまま自らの部屋へ続く廊下をぼんやりと歩いていた。