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藺連は、妙にすっきりとした気持ちで、自らの創りあげた人形を目にしていた。姉さんに似せようと思って創りあげた人形は、……ただの可愛らしい目をしたお人形さんで、お行儀よく藺連の勉強机に座っている。小学校に上がる前に行われるお披露目には、数多くの方が来られると聞いている。
藺連は、俯いた。……姉さんの人形はお披露目をされないのだと母は、藺連に言って聞かせたのだ。
——それは、母が抵抗しているからだとも……そのような内容のことを言っていたような気がする。母は、口癖のように言う。あなたが跡を継ぐのだから、しっかりしなさいと。父は、藺連にそのようなことは言ってこない。父は自分に期待などしていないのだと思う。
影でささやかれる自分の出生の秘密も知っている。藺連は、母の言葉が信じられない。
……そして、
——姉さんのつくったものは、すごく、きれいだった。ぼくのよりもずっと
藺連は、自ら創った人形を包むと、そっと、廊下へ出た。そのまま、憧れてやまない父の部屋の前に立つ。すっと座って、
「お父さん、藺連です。……ご相談したいことが……あるのですが……」
と、声をかける。父は、この時間、一人で物思いにふけることを日課にしている。……それを藺連は知っていたから、声をかけるのはこの時間帯しかないと思った。
中から、静かだけれども深みのある声が応答する。着物の衣擦れの音。藺連は、つばを飲み込んだ。父と話すことなど数える程しかない。先に緊張してしまうのはどうしようもないことに思えた。
「藺連か……どうぞ、入りなさい」
「失礼します」
正座したままの状態で、襖に指をかけ、5センチ程開けると、その後、下側に添えて、半分程開ける。目線を下げたまま視界の端に見えた父は、やはり藺連の憧れるそのまま。
顔を上げて、見つめていると、父がいぶかし気な声を出す。
「……どうした?……早く入りなさい」
即されて、父の部屋に入ると、藺連は、俯き、そして、頭を下げた。畳に額をつけて、小さな指をきちんと揃えて。藺連の艶やかな髪が揺れる。
「お父さん、……ぼくは、お披露目でぼくのお人形を出すことはできません。ぼくのかわりに、姉さんのお人形を……それを、お願いに参りました」