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今日一日あったこと、今までのあったこと、記憶がなくなること、夜、気がつけば、知らない場所にたたずんでいること。
……不安に思っていること、怖いと思っていること、それを、藺連は、気づけば泣きながら吐き出していた。姉さんに向かって。
姉さんは、静かに話を聞きながら、ずっと、藺連の黒髪を優しい指先で撫ぜるように梳かす。いつしか、その指先に安心して、藺連は、眠ってしまっていて。
ふっと目が覚めた時、姉さんの部屋の床でそのまま眠ってしまっていたことに気づいて。姉さんが掛けてくれたのだろう毛布にくるまって。真向かいには同じように毛布にくるまった姉さんの寝顔があって、戸惑う。
慌てて、起き上がって、そのまま座り込む。
絨毯が敷かれていたとはいえ、硬い床で寝ていた身体はどこかぎくしゃくかたまっている気がしたけれど、気持ちはどこかすっとしているような気がした。
姉さんの部屋には、……きっと遅くまでそれに取り組んでいるのだろう、人形が立てかけてあった。
そのあまりの美しさに、藺連は目を見開く。それは白い髪をしていて、材質は藺連の人形と同じものでつくられているはずなのに、全く違う。まるで人形そのものが命をもっているかのように内面から光を放っているように見えた。
朝の光がカーテンの隙間から漏れて、人形を照らす。瞼を閉じた人形はまるで今にも目を開きそうに見えた。
——いきているみたい ぼくのとは……ぜんぜんちがうんだ……
藺連は、すごく透明な気持ちになって、知らず左目から涙を流していた。一筋流れ落ちる頃には、……心がきまっているような気がした。
姉さんに有難う御座いました。と姉さんのメモ帳に小さく書き残して、姉さんの勉強机に置くと、毛布をすみっこに畳んで、静かに姉さんの部屋を出る。
——きっと、連日連夜無理を重ねて、昨夜は自分の話に付き合ってくれて、
そんな姉さんを起こしたくはなかったから。